目を覚ますと、そこは知らない神殿だった。

 見上げた天井には金色の紋章。足元には、召喚陣の光の残滓。そして周囲には、俺と同じ制服を着たクラスメイトたちが立ち尽くしていた。

「異世界召喚……マジかよ……」

 誰かが震える声でつぶやく。
 理解が追いつかないまま、白衣の神官らしき男が言った。

「では、勇者候補のステータスを確認します」

 次々と浮かび上がる光のパネル。
 神の剣だの雷帝の加護だの。チートまみれのスキルに、興奮と歓声が上がる。

 そして最後に表示された、俺のパネル。

 力:1
 耐久:1
 素早さ:2
 スキル:なし

 沈黙。
 そして、笑い。

「おいおい……これで戦えってかよ」
「いらねーだろ、こいつ」

 誰も、俺を勇者だなんて思わなかった。
 でもその時、床の隙間から黒い石が転がり落ちた。

 それに触れた瞬間、頭に直接、声が流れ込んだ。

 《スキル【アブソーブ】獲得。他者のスキルを、奪え》

 ……いいだろう。

 最弱だって構わない。
 奪って、喰らって、全部壊す。

ここが、本当の始まりだ。

儀式が終わると、勇者たちは一斉に歓迎された。

 神殿の扉が開き、まばゆい光の中に、騎士団や貴族らしき人々が並ぶ。
 クラスメイトたちは興奮と期待に目を輝かせ、次々とその中へ歩き出していく。

「ユウト、お前……来ない方がよくね?」

 クラスの中心にいた男が、口元に笑みを浮かべながら言った。
 彼の背中には、金色の剣が浮いている。スキル、聖剣召喚。
 圧倒的な強者のオーラが、そのまま格の違いを物語っていた。

 俺は何も言わなかった。

 笑われることにも、見下されることにも、もう何も感じなかった。

 皆が去った神殿には、もう誰もいない。
 ただ、冷えた空気と、石の匂いだけが残っていた。

 俺は静かに拳を握る。

 指先が震えていた。悔しさか、恐怖か、それとも⋯⋯

「……なあ最弱って、そんなに面白いかよ」

 呟いた声に、誰も答えはしない。

 でも俺は、もう知っている。

 この手にあるのは、スキル、アブソーブ。
 奪う力。喰らう力。そして、進化する力だ。

 最初に踏みにじられたからこそ、やり返す。
 ただじゃ済ませない。この世界ごと、ぶっ壊してやる。


 いつのまにか神殿にいたのは、もう俺ひとりだった。

 祭壇の火はすでに消え、石畳の隙間から吹き込む風が、床に残った光の粉をかすかに揺らしている。

 誰も振り返らなかった。
 俺を勇者失格と決めつけた連中は、笑いながら上の世界へと進んだ。
 貴族、騎士、王族。チートスキルを持つ連中の前では、俺の存在は空気と同じだった。

 だけど、それでいい。今は、な。

 俺はゆっくりと拳を握った。

 この手には、もうスキルがある。
 《アブソーブ》。他者のスキルを観察し、奪い、進化させる。

 正面からぶつかれば、どうせ瞬殺される。
 だけど、スキルは力そのものじゃない。使い方次第で、あらゆる格上を喰える。

 俺が選ばれたスキルは、そういう力だ。

 勝てない相手に、勝つ手段。
 それがアブソーブの本質。

 でも、条件はある。

 使えるスキルが近くに存在していなければ、何も始まらない。

 つまり、最初の一歩。
 俺はまず、奪うための相手を探しに行かなくてはならない。

 背後の祭壇を振り返る。
 薄暗い奥に、ひとつだけ開いた扉があった。

 そこから続いていたのは、神殿の裏側にある古びた回廊だった。
 雑草の伸びた床、壁に刻まれた意味不明の文様。外から隔絶されたような静寂。

 なぜか心が落ち着いた。

 他人の目がない場所。騒がしさも、優劣も、嘲笑もない。
 ここなら、思うままに動ける。

 進むほど、空気が変わった。

 腐った獣の臭い。湿った苔の感触。
 いつの間にか、回廊は森へと続いていた。

 そして、その先にいた。

 一匹のモンスター。
 獣のような四足の体に、濁った目を持つフォレストドッグ。

 低レベル帯の序盤モンスターだ。
 戦い方次第では、ステータス最弱の俺でも、なんとかなる。

 息を潜める。距離を詰める。

 《スキル分析開始》

 目の前に、薄い光のパネルが現れた。

▼対象:フォレストドッグ
スキル:嗅覚強化(ランクF)
    瞬発(ランクF)
    咬撃(ランクE)

(……これだ)

 頭の中にスキルが流れ込む。構造、発動条件、属性、応用。すべてが数値と文字に変換され、脳内に装填されていく。

 喰らえ。俺の最初の一撃。

 ガツンッ!

 足元の石に滑り、音を立てた。

 次の瞬間、フォレストドッグが跳ねた。

 速い。速すぎる。避けられない!

 反射的に腕をかざしたその瞬間。

《スキル【瞬発】強制適応》
《身体能力上昇。反応速度+60%》

 世界が、遅くなった。

 フォレストドッグの跳躍がスローモーションのように見える。
 その喉元めがけて、俺は拾った枝を突き刺した。

 ぐしゃ、という鈍い音。

 フォレストドッグが地面に崩れ落ちる。動かない。

 初めての戦闘。初めてのスキルコピー。そして、初めての勝利。

 全身が震えていた。痛み、恐怖、そして高揚。

 これが生き残るってことだ。

 呼吸を整え、俺はもう一度、スキルパネルを呼び出した。

《スキル獲得:咬撃(E)》
《スキル獲得:瞬発(F)》
《コピー適応率:安定》

「……なるほどな」

 これが俺の戦い方。

 喰らって、学んで、強くなる。
 もう誰にも笑わせない。踏みつけにはさせない。 森を抜けた先に、町が広がっていた。

 モイラン。小さくても活気がある交易の町。
 雑多な屋台の匂い、叫び声、鉄を打つ音。異世界の日常がここにあった。

 人々の視線が俺をとらえた。
 おそらくは異世界からの召喚者。でも、俺だけが特別ではない。
 ただの最弱だったから、誰も期待はしていない。

 ギルドは町の中央にあった。石造りの古びた建物。
 中に入ると、冒険者たちの熱気が壁を震わせている。

「初めての登録か?」

 受付の女性が目を上げた。鋭い眼差しに、どこか寂しさが混じっていた。

「そうだ」

 俺は淡々と答え、登録用紙を差し出した。

 彼女は俺のステータスを見て、眉をひそめた。

「……あなた、チートスキルとか持ってないの?」

 俺は黙って黒い石を握り直す。

 その時、背後から声がした。

「はは、最弱か。期待できねぇな」

 振り返ると、剣を背負った若い男が笑っている。
 彼は俺のステータス画面をチラリと見て、あざ笑った。

 だが俺は、何も言い返さなかった。

 そうやって嘲笑されるのは慣れている。

 必要なのは、結果だけだ。

 「最初の依頼は軽い仕事からだ。雑用か、簡単な討伐。」

 受付の女性が告げた。

 俺はその言葉を受け入れ、静かに歩き出した。



 依頼は簡単だった。
 町のはずれにある森の中で、小さなモンスターを駆除すること。
 危険な相手じゃないという説明を聞いていたから、俺は表情を変えずに頷いた。

 それでも、胸の奥はざわついていた。
 この戦いが、俺の進化の第一歩になる。そんな予感が、重くのしかかる。

 森の入口に立つと、空気はひんやりとしていた。
 木々の影が長く伸び、静寂が辺りを包む。
 遠くで鳥が鳴く声だけが響く。

 足音を殺して進んでいると、突然、藪の中から動く影が飛び出した。

 フォレストスパイアー小型の獰猛なモンスターだ。
 鋭い爪と牙を持ち、素早く獲物を仕留める。俺よりは遥かに強いが、倒せない相手ではない。

 闘志を燃やす俺をよそに、モンスターは唸り声をあげ、跳びかかってきた。

 反射的に身をかわすが、冷や汗が背中を流れた。
 速さが尋常じゃない。

 《スキル起動。アブソーブ》
 《戦闘モード:分析》

 俺の視界が変わる。
 モンスターの動きが数字や情報に変わり、体の筋肉の動きや攻撃パターンが詳細に表示された。

 《スキル:急襲(ランクD)》
 《防御力:低い》
 《弱点:後ろ脚》

 俺は静かに息を吸い込み、腕に力を込めた。

 「ここで、覚えた技を使う」

 藪の陰に隠れ、一瞬の隙を狙う。

 モンスターが突進してくる寸前、俺は枝を拾い上げた。

 《スキル:咬撃(E)》
 《スキル:瞬発(F)》

 強制適応で身体能力が上がるのを感じた。

 モンスターの背後を取るため、一気に駆け抜ける。

 その刹那。

 俺の腕が枝を後ろ脚に突き刺した。

 ぐにゃという感触が伝わり、モンスターは悲鳴を上げて崩れ落ちる。

 動かない。

 勝った。

 だが、安心はできなかった。

 俺はすぐに、倒れたモンスターのスキルをコピーし始める。

 《スキル獲得:急襲(D)》
 《スキル獲得:防御弱点察知(E)》
 《コピー成功》

 心臓が高鳴り、手が震えた。

 これが俺の力。森の中での戦いから戻る足取りは、以前より確かで軽かった。
 倒したモンスターの体はもう動かない。だが、その力は確かに俺の中に取り込まれている。
 
 黒い宝石が微かに光を放ち、まるで祝福するかのように俺の手を温めた。

 町の入口をくぐると、人々の視線が一斉にこちらに集まった。
 戦いの痕を感じさせる俺の姿は、無視できない何かを放っていたのかもしれない。

 だが、彼らの表情は変わらなかった。
 無関心、嘲笑、そして冷たい視線。

 ギルドの扉を開けると、あの受付の女性が顔を上げた。
 「戻ったのね」
 彼女の声は冷静だが、どこか期待を隠しきれていなかった。

 「討伐は成功した」
 俺は静かに報告した。

 彼女は用紙に何かを書き込みながら言った。
 「初めてにしては悪くない。でも、これからはもっと厳しい依頼もあるわよ」

 俺は何も答えず、ただじっと彼女の目を見つめ返した。

 その時、背後から笑い声が響いた。
 「ああ、やっと見返したか」
 剣を背負ったあの若い男が近づいてきた。

 「驚いたな、最弱だったくせに」
 彼の言葉に、俺は冷ややかに返した。
 
「力は見た目じゃない」

 彼は一瞬驚いた表情を見せ、やがて口元をゆがめた。
 「なら、次の依頼で証明してみろよ」

 受付の女性はそんな二人を冷静に見ていたが、俺に向かって小さく呟いた。
 「あなたなら、できるかもしれない」ギルドの薄暗い廊下を、俺は一歩一歩確かめるように歩いていた。
 雑踏の声が遠ざかり、頭の中でさざめいていた。
 なぜ俺だけ最弱にされているのか。
 何のために、こんな石を手に入れたのか。

 振り返れば、あの剣を背負った男の嘲笑がまだ耳に残っている。
 だが、言葉の重みはもはや何の意味も持たなかった。
 俺の内側で、静かに、しかし確実に何かが目覚めていた。

 闇の中で光る、黒い宝石の秘密。

 その小さな石は、ただの欠片ではなかった。
 神がかり的な存在からの贈り物か、それとも世界の歪みそのものか。

 「強くならなければ、ただ消えてしまうだけだ」
 俺は囁いた。

 そんな時だった。

 扉が激しく開かれ、騒がしい声と共に数人の冒険者が入ってきた。
 「大変だ!町の迷宮で異変が起きている!」

 受付の女性が眉をひそめ、俺に目を向けた。
 「これは……あなたにこそ挑戦してもらいたい依頼かもしれない」

 それは、普通の討伐依頼ではなかった。
 迷宮の奥深く、未知の敵が現れ、町の安全が揺らいでいるという。

 誰もが恐れ、尻込みするその依頼。
 しかし俺の心は、勝手に躍動していた。

 「俺が行く」
 俺の声は静かだったが、決意が込められていた。

 町の人々が見ている。
 仲間も、敵も。

 けれど、誰もまだ知らない。
 この最弱が、世界を揺るがす力の持ち主だということを。

 石壁に反響する一歩一歩の足音。
 暗闇の中、微かな光が揺らめき、死の気配をはっきりと感じさせる。

 「気をつけろ」俺は静かに呟き、黒い宝石を強く握った。

 突然、空気が震え、重低音の咆哮が轟く。
 闇の中から巨大な影が現れた。

「ゴルムリオン……」
伝説の迷宮守護獣。

鉄の鱗に覆われたその巨体は、一撃で岩を砕き、全身から放たれる魔力で周囲を焼き尽くす。

相手の動きを瞬時に分析する。
《スキル起動。アブソーブ》
《弱点:左後肢の鱗に隙あり》
《攻撃パターン:前方に強烈な一撃、周囲に火炎放射》

 奴の攻撃範囲を見極めながら、俺は距離を保つ。
「……よし」

黒い石の力で、瞬間的に高速移動をコピーし、敵の猛攻をかわす。
飛び込んで、左後肢を狙い撃ち。

「これでどうだ!」

攻撃は鱗の隙間を突き、ゴルムリオンが激しく吠えた。
反撃の火炎放射が迫る。

俺は闇に紛れながら、次々と吸収したスキルを駆使し戦略を練る。
相手のパターンを読み、罠を張り、体力を削る。

そして、勝機を見極めたその瞬間。

《スキル:融合》俺は今まで吸収したスキルを組み合わせ、一撃必殺の技を繰り出す。

火炎と衝撃を纏った一撃がゴルムリオンの胸を貫き、地響きが迷宮を揺るがせた。

巨獣は倒れ、闇に沈んでいく。

呼吸を整え、俺は静かに言った。

「これが、俺の答えだ⋯⋯」


ゴルムリオンの残骸から離れ、一歩ずつ慎重に足を進める。
暗がりの中、聞こえてくるのは自分の息遣いだけ。

そんな時、かすかな物音がした。

「誰だ?」
と声を上げようとした瞬間、影が現れた。

鋭い眼差しを持つ女性。腰には短剣が一本。
「お前……誰だ?」
彼女の声は冷たく、警戒心を隠さなかった。

「俺は……最弱だった少年だ」
正直に告げると、彼女は眉をひそめた。

「ふん、あのゴルムリオンを倒したのか?」
俺が頷くと、彼女の表情が一変した。

「驚いたな……私はリリス、この迷宮の探索者だ。だが、あんたのような奴がここで生きているとは思わなかった」

リリスは俺の前に一歩近づき、険しい顔で言った。
「協力しろ。この迷宮はこれからもっと危険になる。あんたの力が必要だ」

俺は考えた。
孤独じゃ、世界は変えられないそう思った。

「分かった、力を貸す」
俺の言葉に、リリスは初めて微かな笑みを見せた。

それが、俺の新しい冒険の始まりだった。


迷宮の奥深く。
空気はまるで重く、金属のように冷たく硬かった。
足元の石畳はひび割れ、壁の苔がうっすらと光を失っている。

この先に待つのは、誰もが恐れ、語り継ぐ「闇の帝王」
この世界のバランスを揺るがすと言われる存在だった。

一歩踏み出すたびに、心臓の鼓動が耳の奥で響く。
全身の毛穴が開き、体温が急激に下がっていくのを感じた。

「ここで終わりか……」
そんな弱気な考えが、一瞬頭をよぎる。だがすぐに振り払った。

「絶対に負けられない」
その思いだけが俺の支えだった。

暗闇から突如、黒い翼を広げた巨躯が現れた。
燃えるような赤い瞳が、俺の全てを見透かすように冷たく光る。

その体は筋肉の塊であり、全身から溢れる魔力が空気を震わせていた。

「愚か者よ、この場所で命を終えよ」
闇の帝王の声は、地鳴りのように轟き渡った。

一瞬の隙をついて俺は斬りかかった。
だが帝王の動きは信じられないほど早く、攻撃は寸前でかわされ、鋭い爪が俺の胸をえぐる。

痛みが全身に走り、血が口から溢れた。
「くっ……まだだ……」

帝王の攻撃が次々と降り注ぐ。
地面が砕け、空気が裂ける。俺は必死にかわし、反撃のチャンスを探した。

だが、力の差はあまりに大きかった。
一撃一撃が俺を地に沈め、意識が薄れていく。

「これが……限界か……」

倒れこむ寸前、俺はかろうじて黒い宝石に触れた。
体の奥で封じられていた何かが、揺さぶられ、解き放たれる。

《最終スキル。カオス・シンフォニー起動》

宝石が眩い光を放ち、俺の身体が黄金の光に包まれた。
全てのスキルが融合し、今までにない力が全身を駆け巡る。

痛みは消え、代わりに圧倒的な力が溢れ出すのを感じた。
目の前の闇の帝王が、一瞬たじろぐのがわかった。

「これが……俺の真の姿だ」
震える声でそう言い放ち、俺は立ち上がった。

帝王との間に残された距離を一気に詰め、融合した力で繰り出す一撃は、まるで星を砕くような威力を持っていた。

斬撃は帝王の胸を貫き、爆発が迷宮を揺らす。
帝王は苦しげに吠え、やがてその巨体は闇の中へと崩れ落ちていった。

勝利の余韻に浸る間もなく、俺の胸には新たな決意が芽生えていた。
「これからが、本当の戦いだ」


迷宮を出た瞬間、冷たい風が俺の頬を撫でた。
戦いの傷がじんわりと痛む。けれど、その痛み以上に心が熱く燃えていた。

「よくやったな」
リリスが声をかけてきた。彼女の瞳には、初めて見せる安堵と尊敬が浮かんでいた。

「お前の力は本物だ」

俺は無言でうなずいた。言葉では表せない感情が胸を満たす。

「でも……」
リリスが少し顔を曇らせた。

「力だけじゃ、この世界は生き抜けない。仲間が必要だ」

俺は深く息を吸い込み、確かにその通りだと感じた。

「お前と一緒に戦いたい」
リリスの言葉に、俺の心は一気に軽くなった。

その時、背後からもう一人の影が現れた。

「俺もだ」
鋭い目を持つ青年が現れた。彼の名はカイル。

「これからは、三人で進もう」

俺たちは自然と肩を組み、強い絆で結ばれた。

「どんな困難でも、俺たちなら乗り越えられる」


迷宮の最深部。
黒い霧が立ち込め、空気は重く、まるで時間が止まったかのようだった。

「お前、本当に大丈夫か?」
かつて俺を見下していたクラスメイト、カイが嘲笑交じりに声をかけてきた。

「最弱のくせに、何でこんなとこに来てんだ?」

俺は黙って拳を握った。
「見てろよ……」

戦いは始まった。

カイが真っ先に前に出る。だが敵の一撃で吹き飛ばされた。
「うそ……!」
仲間たちの目が見開く。

続けて次々と、かつて俺を嘲笑った連中が敵の圧倒的な力に次々と倒されていく。
叫び声と共に、仲間の血が迷宮の石畳に滴り落ちた。

アレンも必死に戦ったが、巨大な闇の敵の一撃で倒れる。

「アレン……!」
俺の胸は締めつけられ、怒りが爆発しそうだった。

死闘の気配が立ち込める。
倒れた仲間たちの叫びが胸を締め付ける中、静寂が訪れた。

「……もう終わりだと思ったか?」
かすかな声が闇を切り裂いた。

それは俺だった。
疲れ切った身体を引きずりながら、俺は立ち上がる。
息は荒く、だが目には決して消えない炎が宿っていた。

一瞬の静寂の中、クラスメイトたちの視線が一斉に俺へ向けられる。
かつて俺を見下し、嘲笑った連中の目には、疑念と驚きが入り混じっていた。

「お前が……立ってる?」
リーダー格のカイが呟いた。

「俺は……変わった」
声が震えながらも、確信に満ちている。

「最弱の俺が、ここで終わるわけがない」

闇の帝王が再び姿を現した。
「その小さな炎が、どこまで燃え上がるか見せてみよ」

俺は深く息を吸い込み、黒い宝石を握り締める。
「これが、俺の真の力だ」

光が体中に走り、膨大な魔力が解き放たれる。
仲間たちの視線は次第に恐怖と畏怖に変わっていった。

「どうだ、これが最弱から這い上がった力だ!」

俺は一気に距離を詰め、敵の攻撃をかわしながら、一撃一撃を的確に叩き込む。
闇の帝王は初めて本気の相手と認めたように、表情を険しくした。

激しい攻防の末、俺は秘めた技《カオス・シンフォニー》を発動。
一撃で帝王の防御を貫き、巨大な闇の塊を粉砕した。

敵は呻き、膝をつく。

「俺が……お前たちを守る!」

クラスメイトたちは言葉を失い、やがて俺に近づいてきた。

「すまなかった……お前を見くびっていた」

俺は無言で頷いた。

「お前たちが最後の希望か」
敵の声が冷たく響く。

だが、俺たちはもう恐れない。
一度は砕け散った絆を今、再び強く結び直したのだから。

「行くぞ!」

リリスが鋭く声を上げ、アレン、カイ、そして俺が続く。
クラスメイト全員が盾となり、剣となり、魔法となる。

俺は黒い宝石を握りしめ、体に溢れる力を解き放つ。
「カオス・シンフォニー、全開!」

光と闇がぶつかり合い、激しい閃光が広間を照らす。
仲間たちの攻撃が敵を追い詰め、敵の反撃を俺が防ぐ。

「これが俺たちの力だ!」

倒れそうになりながらも、互いを支え合い、最後の一撃を繰り出す。

巨大な斬撃が敵を貫き、闇が裂ける。
敵の呻きが響き、やがて静寂が訪れた。

俺たちは勝利を確信し、互いに笑みを交わす。

「これで終わったんだな……」
リリスの声が震えていたが、安堵に満ちていた。

「俺たちの絆が世界を変えた」

そう、最弱だった俺たちが、最強の絆で世界を救ったのだ。



戦いが終わり、闇が晴れた世界は静寂に包まれていた。
傷ついた大地も、青空を取り戻し、暖かな光が降り注ぐ。

仲間たちと共に勝利を噛み締める中、俺はふと空を見上げた。
胸の奥に、これまでとは違う何かが芽生えているのを感じた。

「終わりじゃない……」

そう呟きながら、黒い宝石を見つめる。

宝石が柔らかな光を放ち、俺の体を包み込んだ。
まるで新しい世界へと誘うかのように。

「次の世界へ、行く時が来たんだな」

仲間たちに別れを告げると、ゆっくりと光の渦に身を委ねた。

気づけば、見知らぬ空の下。
新たな命、新たな物語の始まりだった。

「これは、また違う冒険の始まりだ……」

そう思いながら、俺は歩き出した。

未来はまだ見えない。
でも、どんな世界でも、俺は俺だ。

まだまだ物語は続く。