【7話】


 動物園から、電車に乗って、家の駅まで帰ってきた。


「楽しかった! 碧斗、これ、ありがとね?」

 碧斗が買ってくれたペンギンを袋の上から抱き締めて、そう言うと、「可愛がってあげて」と笑う。もちろん、と頷いた。
 もうすっかり暗い道のり。
 ちょっと寒い。

 亮介と会ったあと。
 なんだか迷いが晴れたみたいで。

 よけいに碧斗にドキドキして、大変だった。

 ただ、まだ気になってる。
 碧斗は、オレが変わっていっても、好きでいてくれるかな。
 ほんとにモテて、これからもきっとモテるだろうし。

 友達として、側に居た方が、いいんじゃないかな。
 それなら、別れないで居られる。

 そんな気持ちも、オレの中には確かに、ある。
 あるのに、いちいちドキドキして、ほんと、感情って、思うようにはならない。

「碧斗、ちょっと下りてもいい?」
「え? あ、うん」
「話したい、ことがあって」

 川沿いの遊歩道を下に降りたところにある公園。子供の頃、よく遊んでた。今はもう暗いので、誰も居ない。
 碧斗とここに降りるのも、初めて。なんだかすごくドキドキする。

「あのね、碧斗。オレ、ずっと一目惚れとか、顔が好きって言われるのが嫌いだったんだけど」
「うん。知ってる」
「……でも、いろいろ考えて、ちょっと、変わってきてるんだけど……」
「そうなのか?」
「うん……」

 頷いて、言葉を選ぶ。

「オレね――碧斗のことは、好き、なんだけどさ」
「――――」

「……友達、でずっと居られたら楽しいかな、とも思ってて」


 あれ。ちがう、かな。……これは、嘘かもしれない。
 碧斗と離れたくないから。友達なら、居られるかもって。それはちがうか、これじゃないか、伝えたいのは。

 どうしよう、なんて、言ったら……。
 死ぬほど頭を回転させていたら、真顔で聞いてた碧斗が、ふと、声を出した。

「翠、ごめん。――触っても、いい?」
「触る……? うん。どこに……」

 言った瞬間、ふわ、と抱き締められた。
 碧斗との胸の間には、ペンギンが居て、密着はしないけど。

 ぶわ、と顔に熱が集まって、動けなくなる。


「翠」

 なんだか、熱っぽい、声がした。


「ごめん。このまま聞いて」
「……ん」

「オレ、やっぱり、翠が、好きだ」

 そんな言葉に、ドキドキはマックスだった。キーン、と耳鳴りがするくらい。頭、真っ白。

「一目惚れは撤回したけど……あれからずっと、翠のことが好きだった。顔も好きだけど、ぜんぶが好きだ。笑った顔とか、しゃべり方とか……頑張ってるとこも――英語を話せるようになったのだって、努力したからだろ。合気道だって努力して続けてきたからこその、あれだろ。最初から思ってたけど、翠の瞳がまっすぐで綺麗なのは、そういう風に生きてるからだと思う」

「――――」

 なぜだか、じわ、と涙が滲んだ。

「だから、オレは、お前がすごく好きだ――でも、友達でいられるかも、オレも、考えた――考えたけど、でもオレ、翠が誰かに恋するのは見ていられない。男でも女でも――翠が恋して、誰かを好きになるのを、隣で祝ってはやれないと思う」

「――――」

「オレを見てほしい。好きになってほしい。オレは、翠と――キス、したりもしたい。他の誰にも触らせたくない。だから、友達にはなれない。好きだから」
「碧斗……」

 かあ、と熱くなって、なんて答えたらいいのか、でも真っ白で何も言えずにいると、ゆっくりと、離された。


「……翠がオレを好きだっていうのは嬉しいけど。だから。これ込みで、考えて?」

 なんだか泣きそうになりながら。
 思い切って、聞いてみることにした。

「……あのさ、碧斗」
「ん?」

「オレ、今はさ、つやつやだけどさ。おじさんになったらおじさんだと思うんだよね。…………どうする??」
「どうするって……」

 いままでのしんみりした空気はどこへやら。
 碧斗が、ふは、と笑い出して、しばらくクックッと笑っている。

「ていうか、笑いすぎだし、碧斗!」

 むぎゅー、とペンギンを抱き締める。

「つか、それ、オレも一緒におっさんになってるからな?」

 笑いながら碧斗が言う。

「でも碧斗は、きっと、かっこいいおじさんになってるけど。オレは、別にもう、可愛くないおじさんになってるよ」

 また笑い出しちゃった。
 ……く。もう、言うんじゃなかった。

「もう、話の続きはまた今度にする。帰ろうよ」

 歩き出したオレの腕を、碧斗が優しく引いた。
 近くに引き戻されて、また、ドキッとする。ああもう。……このドキドキは、とめられないんだな、オレ。ため息をつきたくなっていると。

「じゃあ、こうしよう?」
「何?」

「その時に自分にできる出来るだけの努力をしてく。っていうのはどう?」
「努力?」

「んー。そうだな……睡眠とか食事とか運動とかさ。肌とか髪とかもさ。二人で気にして行けば、絶対、そこそこ綺麗なまま、行けるって」
「――――」

 うーん、と考えていると、碧斗はまた笑った。


「一緒に生きてくんだから、突然嫌になったりする訳ないと思う。その時には、お前と過ごしたたくさんの思い出があるだろ。オレは、それが絶対大事だから。思い出とか、ぜんぶ込みで、お前が一緒に居るなら。絶対大丈夫って、思うけど?」

「――――」

「……って、そういうことじゃなかった? オレ、言ってること、違う?」

 碧斗が、ちょっと眉を顰めながら、オレを見つめてくる。

「いや。たぶん、あってる……」

 そう言いながら、オレは頷く。しばらく黙ってると、碧斗は、オレの頭を撫でた。
 また、どき、と動く心臓。
 もうだめだな、これ。

「帰ろうか。今日は。また話そ」

 ふ、と優しく笑う碧斗に家まで送られて、帰ってきた。じゃあな、と微笑んで、碧斗が離れていく。その背中を見送ってから、鍵をあけて玄関に入った。なぜか靴を脱ぐ気に慣れなくて、ぼんやり玄関に座り込んだ。

「あれ、おかえり、翠ー。どしたの?」

 母さんが玄関まで迎えに来てくれた。

「あ、これ、おみやげ」
 買ってきたクッキーを渡したところで、父さんも「おかえり」と顔をのぞかせた。

「その袋はぬいぐるみ?」
「ああ、これは……碧斗が、オレに、似てるって買ってくれたペンギンで」

 袋の中から取り出して、手の中に抱く。可愛い、ペンギン。

 なんだかぼんやりと、したまま、ずっと、考えてる。

 碧斗が。
 オレに似てて、可愛くてかっこいいって。


 
 ――あれ、オレ。
 さっき。コツンて、しなかったな……。


 さっきオレ。……友達でいられないって。好きって。
 ――碧斗に、告白、されたんじゃ。

 ……最大限、努力して、ずっと一緒にいようって。
 言ってくれた。
 
 は、と気づく。碧斗の言葉に、答えてないってことに。

 何、してんの、オレ。


「母さん、父さん、あの……」
「ん?」
「……オレ……あの……碧斗が、好き……なんだと思う」

 え、と振り返った母さんと、こっちを見てた父さんは、オレをじっと見つめた。

「うん……それで?」

 母さんに促される。

「ちょっと……行ってきて、いい? 碧斗の、ところ」
「……ふふ。いいよ? ね、父さん?」

 母さんの微笑みに。父さんは真顔で、ん、と頷いた。「気を付けてね」と言われる。
 

「行ってくる……!」

 猛ダッシュで、碧斗のあとを追う。
 ちょうどアパートの前で、碧斗に追いついた。

「翠?」
「い、家、入れて」
「ああ、いいけど」

 碧斗が、鍵を開けて、オレを迎え入れてくれる。はあ、と息を整える。

「どうしたんだよ?」
「あの……」

 玄関で靴も脱がず。オレは、碧斗の二の腕を掴んで、まっすぐ、見上げた。

「……オレ……! オレも。ずっと。お前と居る。お前が、おじさんになっても。おじいさんになっても。きっと好きだと思う。ごめん、オレ、いろいろ、臆病すぎて、ごめん」
「――翠?」

「好き……! オレも、碧斗のこと、好き」

 言った瞬間、ぎゅう、と抱き締められる。
 今度はペンギンが居ないから、碧斗の体に、密着した。

 オレもドキドキ、だけど。
 碧斗の心臓の音も。めちゃくちゃ聞こえてきた。

 オレは、ぎゅう、と目をつむって、碧斗の背中に手をまわして、服をぎゅっと握った。


「まだ……会ったばかり、だし……心配も、あるんだけど、オレ」
「うん」
「好きだから。ちゃんと、好きって、言って、一緒にいる」
「ん」

 ぎゅう、と抱き寄せられる。

「碧斗」

 その顔に触れた。
 まっすぐな瞳が、なんだか潤んで見えて。

 胸が、きゅうっとして、たまらなくなって。


「――――」

 その頬に、キス、した。


 その瞬間、碧斗は目を見開いて、それから、ふ、と目を細めた。
 そのまま、そっと顔を寄せてきて。


 ちゅ、と頬にキスを返された。
 そのまま見つめあって、ふ、と笑い合った。



 なんだかふわふわ。
 困るくらい、幸せすぎた。

 



 ◆◇◆

 その後、衝動でバラした父さんと母さんには、付き合うことになったと、真っ赤になりながら説明。
 今度、碧斗と一緒に、時間を作って話にいくことになってる。碧斗は、なんだかすごく乗り気。

 陸には、学校に行ってすぐ、報告したけど、やっぱりね、と軽い反応。


 尊に、報告したら。

「だから、一目惚れしたんだろって言ったじゃん」と言われたので。
「一目惚れなんてしてないってば。もう見た瞬間に、ぜんぶ好きだったんだと思うもん」

 顔だけじゃないもん! そう言ったら。

「バカだな、それを一目惚れって言うんだろーが」

 と、言って笑われて。
 真っ赤になったオレ。



 あれから、変わったことといえば。
 グーだった合図が、パーになって。一瞬、手を触れ合わせるように、なったってこと。


 まだ、それくらいだけど。



 ――まだまだこれから、恋してく。

 もっといろんなこと、知って、話して笑って、喧嘩もきっとして、いっぱい、好きになっていけたらいいな。



「翠、おはよ」

 迎えに来てくれた碧斗の笑顔に。


「おはよ、碧斗」


 目いっぱいの笑顔で、答えた。








 Fin