(よし、まずはヴァンツァーが何を嫌がるのかを把握しよう)
 ベッドに突っ伏したまま、レオノールはじっくりと考え込んだ。
 ヴァンツァー・フォン・リズベルト――王国の第一王子にして、王妃を迎える立場の男。
 そんな彼が求める理想の婚約者とは、当然「王妃に相応しい高貴で聡明な女性」だろう。
 ゲームでのヴァンツァー自身はプライドが高く、完璧主義者である。
 成績優秀であり、武術や魔法の腕も申し分ない。
 そして何より、自分を称賛してくれる相手を好む傾向がある。
(ゲームで『すごいですね!』とか『尊敬します!』とか褒めるセリフ選ぶと好感度、めちゃ上がったもんな~つまり、オレが婚約者として評価されるのを防ぐためには……)

 レオノールは指を折りながら整理する。
 1. 王妃に相応しくないと判断されること
 2.ヴァンツァーが興味を失うような行動を取ること
 3.かといって、公爵家の品位を貶めないこと

(ふむ……意外と難しいな)
 単に無礼な態度を取れば「ツンデレ」と解釈される可能性が高い。
 それどころか「生意気なところも可愛い」とか思われたら最悪だ。
 無愛想な態度で距離を置こうとしても、王子にとって「手に入らないものほど欲しくなる」効果が働きかねない。
(くそっ……もしヴァンツァーが『俺様系ヒーロー』みたいな性格なら、余計に厄介だぞ……)
 レオノールはゴロリと寝返りを打ち、枕に顔を埋めながら唸った。
(要するに、王子に「こいつは面倒くさい」と思わせればいいんだよな?)
 問題は「どう面倒くさいと思わせるか」だ。
 そして、そこでふと気づく。
(そういえば、ゲーム内のレオフィアも、ヴァンツァーのいる場面では特に辛辣だった……)
 他の攻略対象にはそれなりに嫌味を言うものの、ヴァンツァーの前ではより一層ヒロインに厳しく当たっていた。
 それは、王子の婚約者として問題視されるためだったのではないか?
(……なるほど。ならば、オレもやるべきことは決まった)
 ヴァンツァーが求める婚約者は、知的で品のある女性。
 それならば、レオノールは「理想とは真逆の婚約者」になればいい。
 ただし、露骨に品位を欠いた行動をするのは逆効果。
 公爵家の評判を落とせば、今度は王家から圧力がかかってしまう。
(品位は維持したまま、ヴァンツァーにとって厄介な婚約者になる……か)
 ベッドから一旦、降りると机からペンと紙を持ってきて、またベッドに寝っ転がった。
 レオノールは具体的な作戦を練り始めた。
 ヴァンツァーが敬遠しそうな行動をいくつか考える。

① 過度な依存
 王子は自立した聡明な女性を好む。
 ならば、逆に「何かにつけてヴァンツァーを頼り、依存する婚約者」を演じればいい。
 例えば、わざと勉強でつまずいて見せたり、何かと「殿下、助けてくださいませ」と甘えてみたり。
 おそらく最初は耐えてくれるかもしれないが、次第に「面倒な女だ」と思うはずだ。

(オレだったら無理。そういう女だとわかったらひっそりとフェイドアウトする)

② 極端な世間知らずアピール
 知的な女性を好む王子なら、「物事を知らない無知な婚約者」には苛立つのではないか?
 例えば、わざとありえない勘違いをしてみせる。
 「王子様の使命は何ですの? 王族の方々は、お食事のたびに詩を詠まれるのですか?」などと、わざとズレた発言をする。
 初めは笑って流されるかもしれないが、続けば確実に王子の理想像から外れるはず。

(頭がお花畑な女って近づきたくねぇな、オレなら)

③ 王子の意見を全肯定しすぎる
 ヴァンツァーは自信家であるため、基本的に「正しく評価される」ことを好む。
 ならば、逆にどんな些細なことでも過剰に褒め倒してみたらどうだろう?
 「まぁ! 殿下は歩くだけでこんなにお美しい!」「殿下が息を吸うだけで空気が洗練されるようですわ!」
 こんなことを連日言い続ければ、さすがに嫌になるのでは……?

(ゲームのときは褒めれば好感度あがったけど、流石に過剰に褒めれば『嫌みか』って思うよな)

④ ヴァンツァーを異常に警戒する
 婚約者なのに、極端に王子を警戒し続ける。
 少し距離が近づくだけで、びくっとして「近寄らないでくださいませ!」と怯えるような態度を取る。
 社交の場でも、常にヴァンツァーの視線を避け、食事の席でも微妙に距離を取る。
 これを徹底すれば、さすがに「こいつ、オレのこと苦手なんじゃ?」と察してくれるかもしれない。

(正直、リアルで女子にやられたら、オレはメンタル、やられる……)

⑤ 周囲の目を気にしすぎる
 王妃には堂々とした振る舞いが求められる。
 しかし、レオノールが「他人の視線を異常に気にする婚約者」を演じれば?
 例えば、少しでも人前に出ると緊張しすぎて震えたり、王子の横に並ぶことを過度に嫌がる。
 「殿下の隣なんて、恐れ多くて立てませんわ……」と何度も辞退すれば、「王妃には向いていない」と思われるかもしれない。

(っていうか、ぶっちゃけ、無理!!だって、アレだろ!ひな壇の上に豪華な椅子が置いてあって、王様と一緒にそれに座って踏ん反りなんて、出来るはずがないっ!!)

 書き終えるとベッドにペンを転がした。
(……よし、こんなところか)
 レオノールはベッドから起き上がり、ふっと息を吐いた。
(この作戦を地道に続けていけば、ヴァンツァーが根負けして婚約破棄を申し出る……はず!)
 ただし、この計画には一つ問題がある。
(……失敗したら、余計に気に入られる可能性もあるんだよな……)
 特に、「甘え上手な婚約者」がツボだった場合は完全に詰む。
 また、「無知な婚約者」を可愛いと思われる危険性もある。
 さらに、王子の意見を全肯定することで「理解者」として評価されるリスクも高い。
(……なんか、どの作戦も成功する気がしなくなってきたんだけど)
 不安に駆られつつも、何もせずに待つわけにはいかない。
 レオノールは気合を入れて、決意を固めた。
(……まずは手探りでいこう。最初から全力でいくと不自然だし、少しずつ様子を見ながら試すしかない)

 こうして、レオノールの「婚約破棄大作戦」が幕を開けたのだった。