俺たちは辺境の地フロンド唯一の町に到着した。
 ちなみに町の名前も地名と同じくフロンドである。

 「ふぁ……クレイさん、この町なんだかモヤモヤしてます」

 モヤモヤか。

 ラーナの語彙力がおかしいというわけではない。

 「ちょっと嫌な感じのモヤですぅ」

 そうだな、なんとなくモヤの正体は予測がついているのだが。

 取り敢えず町に入ったらラーナの服をなんとかしてやらんとな。
 襲撃者から逃げる際にボロボロになってしまった修道着。胸元付近も破れており、けっこうきわどい感じになっている。

 「とにかく町に入るぞラーナ」
 「は~い。クレイさん。わぁ~~随分頑丈そうな門ですね~~」

 たしかに、田舎町には不釣り合いな門だ。
 恐らく魔物対策の門だろう。フロンドは周辺の森や山々に多数の魔物が生息している。
 魔物の襲撃に備えてこのようなゴツイ門にしているのだろう。そのゴツイ門の両端から木製の柵が連なっている。おそらく町をぐるりと囲んでいるのだろうな。


 「でも……なんかボロボロですね」

 「ああ、まあほとんど他の町との交流もないだろうしな」

 ゴツイ門ではあるが、辺境の地らしいボロ具合だ。
 俺たちがそんな会話を交わしていると、門の上からガンガン音が響いてきた。

 「わぁ~~うるさいですぅ~」

 なんだろう? どうやら鍋を叩いているようだが。


 「そこのおまえたち、止まれぇ! 何者ですぞ!」


 門の端についている櫓に人影が見える。守備兵かな? 

 もしかして俺が想像していたよりも、町としての機能を保っているのか?
 もっと荒れてるのかと思ってたけど。

 「俺はクレイだ! 俺が来ることは知らされているはずだが?」

 「なにぃ、ジャックだと? そんな名前は聞いておらんですぞ!」

 いや一文字もあっとらんがな。

 「さては野盗どもだなぁ~ここを通すわけにはいかんですぞ!」

 「だから、クレイだと言っているだろう! 王都から聞いてないのか!」

 「なにぃいい、マルゲリータだとぉ? そんな名前は聞いておらんですぞ! 早々に立ち去れぃ!」

 おいおい、もはや性別すら合ってねぇじゃないか。

 困ったな……去れと言われても、フロンドにはここ以外に町なんかないし。

 もう好きなところに行ってもいいのか?

 だが、あの狡猾な兄のことだ。他の町には俺の手配書みたいなものを出しているかもしれん。元第七王子はフロンドに追放された。よって他の町で見かけた場合は即刻通報せよ。みたいな。
 今回の追放は、辺境の地フロンドで惨めに死ねということだろうからな。

 そんなことを考えていると、ラーナが大きな声をあげた。


 「なに言ってるんですかぁあ! クレイさんはグレイトス王国の第6王子ですよぉお! 今すぐ門をあけなさ~~~い!!」


 「な、なんだと! 第8王子ですと! た、たしかに、それならこちらに来ると王都から手紙が来てましたぞ!」

 そしてしばらくすると、ギィ~と門は開いた。

 2人とも細かな間違いはあったが概ねの内容は合っている。第なに王子だろうがどうでもいい。深く考えるのはやめよう。

 町の中に入ると、さきほど話していたおっさんが櫓から降りて来た。

 「これこれは第8王子殿下ようこそお越しくださりました~~私はこの町の領主代理であるマットイでございますぞ」

 領主代理だと? そこそこなポジの人だったのか……なんで門番してんだ?

 「ふむ、出迎えご苦労と言いたいところだが、俺はもはや王族でもなんでもないただのモブだ。王都からの手紙にも書いてあっただろうが俺は追放された身だ。だから敬語もなにもいらない。今後は気にしないよう空気として扱ってくれ。ひとつだけお願いがあるのだが、住む場所を確保したい。空き家はあるか?」

 俺は伝えなければならないことを一気に話した。
 ここの住民と身分は同じだし。王族や貴族ぶる気はさらさらない。

 町の住民たちだって、追放された俺となど絡みたくもないだろう。

 住む場所が決まれば、あとは互いに干渉しない。

 これが一番いいだろう。

 領主代理には元第7王子は慎ましやかに細々と暮らしています。と王都に報告してもらえればそれでいい。

 「な、なんと! ながらくこのフロンドにはびこっている魔物を討伐しに来たと! 数年前に逃げ出した領主の代理を務めていたかいがありましたぞ! つまり王子殿は救世主といわけですな!!」


 いや、なに言ってんの? このおっさん。


 「討伐の為に作戦本部が必要と! 承知しましたぞ、このマットイ、最高の本部へご案内いたしますぞ!」

 ダメだ、耳がいかれているのかまったく会話が成り立っていない。

 俺たちはいったんおっさんの家に行くことにした。
 こんな門の前で訳の分からん会話をしていたら、日が暮れてしまう。



 ◇◇◇



 「で、マットイさん」
 「なんですかな、第2王子殿下。あ、殿下にお茶を出しますぞ!」

 俺はマットイさんの腕をグイっとつかんで言った。

 「お茶はいいから、とりあえずそこに座っていてくれ」
 「ですが第3王子殿下、いま我が家のお手製ラベンダークッキーを披露せずしていつ出すのですか!」

 なんだそれ、ちょっとうまそうじゃないか。

 って、違う! 

 俺は、ぐっとマットイさんの耳元に近づいて、ハキハキと言葉を発した。

 「マットイさんは毎日なにをしているんだ?」
 「はっ! 私めは、毎日門番です。毎日鍋を叩いておりますぞ!」
 「なぜ領主代理のマットイさんが門番をしているんだ?」
 「かつての守備兵は全員逃げたか死んだかで、私とさきほど門番を交代した息子のみなのですぞ」

 まあ辺境の地だからな。本来の領主も逃げ出したらしいし。
 組織だった守備兵がいるわけもないか。

 「しかしマットイさんも毎日大変だな」
 「いえ、領主代理として領民を守るのは当然の義務ですぞ! 魔物や流れ者が来た際には、ガンガン鳴らしますぞ」

 ああ、さっきの鍋を叩くドデカイ音か。

 「僭越ながら鍋叩きには自信がありまして、ブラックウルフなどはガンガン鳴らせば嫌がって去って行きますぞ」

 ふむ……それはまあいいんだが。この人の耳が機能していないのは―――

 耳元でデカい音を聞きすぎたのだろう。

 俺の手持ちに耳を改善するポーションはない。

 ないならどうするか?

 そんなの決まっている。


 ―――新しく作ればいい。


 さてと、ではやりますか。


 辺境の地での初ポーション作り、はじめるぞ。