「私、水を出すのは得意なんです!」

 いやいやいやいやいや!

 まてまてまてまてまて!

 この世界に水を出す魔法はある。ウォーターボールとかだ。
 あとは氷系の魔法も元は水である。

 だが、ラーナの手からあふれ出た水はそれらとは全く違う。

 これは聖水だろう。

 本来聖水とは神官が清水に長時間祈りを捧げたのちに、祝福を与えて完成するもののはず。
 祈りとか祝福にはそれ相応の魔力を必要とする。

 ちょっと冷静になろう。聖水を出す魔法なんて聞いたことがない。
 見た目が聖水なだけでただの水かもしれん。

 俺はラーナからこぼれた水を少し口に含んでみた。

 「やっぱ聖水じゃねぇか!!」

 「え? これ聖水なんですか?」

 ラーナに問いかけられた。

 いや、俺が問いかけたいんだけど。

 「そっか~~聖水だったんだ。なんか青いな~って思ってたんですよね~~私がシチュー作ると真っ青になってましたから」

 なにぃ……聖水のシチューだと。聖水何本ぶち込まなきゃいけないんだよ。

 「ちなみに~~グッってやるともっと青くなるんですよぉ~~」

 「お、おい、ラーナ。それちょっとやってみてくれないか」
 「は~~い」

 ラーナが少し力んだ表情をすると、その手からドバドバと溢れ出す聖水の色が少しづつ変わっていく。

 「くぅ~~~~」

 オイオイ、ラーナの聖水がさらに強い輝きを帯びはじめたぞ。
 この青の輝き……深い色味を帯びながらも透き通るよううな透明感。

 まじかよ……神青の聖水じゃねぇか……どんだけ軽いノリで作ってんだ。もしかしてラーナはなんかのスキル持ちなのか?

 「す、凄いな……」

 「え、なんかクレイさん目がキラキラしてません? これ前にいた教会じゃ気持ち悪いっていわれていたから、ほとんどやらなかったのに……」

 何言ってやがる……「神青の聖水」は聖女クラスの神官が祝福を与えてもできるかできないかって代物だ。まあ教会関係者でもごく一部の者しか知らないから、ラーナのいたような小さな教会だと変わった水魔法とでも思われていたのかもしれんが。

 俺だって、王国の書庫とか教会とか調べまくってその存在を知ったからな。

 にしても、「神青の聖水」か。

 俺の素材コレクションにもないぞ。


 「亡くなった大司教さまだけは良く褒めてくれたんですぅ~~でもあまり人前ではやらないようにって~」


 なるほど、これか。
 彼女が聖女に認定された理由だな。

 聖水を直に生み出せる人間なんて聞いたことがない。
 ましてや「神青の聖水」を生み出すなど。

 だが、これはリスクも伴う。たぶん神聖国でもラーナの力はごく一部の者にしか知らされていないはず。
 やろうと思えばいくらでも金儲けの元にできるからな。教会内部やそれ以外の勢力がラーナの取り合いを始めるかもしれない。
 はじめに出会った大司教とやらは、ラーナのことをちゃんと考えてくれる人物だったようだな。教会のトップ連中の一人にしては珍しい。

 俺は再びラーナに視線を向ける。

 あれ?

 ラーナが両膝を地面について、へたーってなってる。

 「ふあぁ~これやりすぎると頭痛くなるんです」

 なるほど、「神青の聖水」を出すには大量の魔力を使うのだろう。さすがに湯水のごとく出せるわけではないようだ。

 するとラーナが立ち上がり、急に俺に近づいてきた。

 俺の手をギュッと握りその小さな口を開く。

 「私、もうどこにも行くところがないです……」

 「ラーナ、確かに教会や神聖国にはもう戻れないだろう。でもな、ものは考えようだぞ。過程はどうであれ君は自由だ。他国で好きな事をして暮らせばいい」

 たしかに教会の庇護下から離れれば、生活は大変かもしれない。だが、自身で好きな事をやって切り開くことはできるはずだ。俺がやろうとしているようにな。

 「クレイさんについていきたい……です」

 少し頬を染めながら、ボソッと呟く小さな聖女。

 まあ、追放されたあげくいきなり襲われてひとりぼっちだ。不安になるよな。

 だが……

 「やめとけ」

 「ふぇ……な、なんで! やっぱり私が役立たずだからですか! でも聖水出せますよ、ほら!ほら!」

 「こらぁ、貴重な素材を垂れ流すなぁ!」

 「じゃあ連れてってくださいよ~~」

 「違うんだラーナ。俺が今から行くところは過酷な辺境の地だ。ラーナにとっては辛い事がたくさん起こるかもしれないぞ」

 俺は気ままにポーション作りに明け暮れることができれば、多少の苦難はどうってことない。でもこの子は違う。
 あえて過酷な地に行かなくてもいいんだ。

 「嫌です……クレイさんと一緒が良いです」
 「ラーナ、俺の話を聞いてたか。だからまともな町に行って、仕事を探した方が……って、聖水垂れ流すんじゃねぇえ!!」

 「ふっふっふっ~~OKが出るまで垂れ流し放題ですよぉ~~ほら、ほら~~」

 クソっ! なんだ、この新手の脅迫は!

 俺としてもラーナと一緒にいるメリットはかなりある。聖水はポーション作りの元になるし、こんな美少女と一緒にスローライフとかアリかもしれないとも思う。だがそんな理由でこの子を辺境の地フロンドへ連れて行くのは違うだろ。

 ……!?

 ラーナは聖水を出しながらも、その綺麗な青い瞳を涙で埋めていた。

 そんな目で見るなよ……


 しゃーないなぁ。


 「ふぅ……行くとこないならついてくるか?」

 「はい! 行きます!! やた~~フフ~クレイさんはやっぱり優しいです」

 「ばか、おまえの聖水目当てだ! こんな男に着いてきたことを後悔させてやるからな」

 「またまた~~照れちゃって~~最初から私と一緒にいたいって言えばいいのに~」

 くっ、調子のいいやつめ。
 でも自分の調子に乗れるのも芸の内だけどな。

 「それに……私クレイさんの魔力ポーションが無いと……満たされないです……」

 そうだよな。魔力切れ状態は体調不良の原因にもなる。魔力欠乏による頭痛が延々と続くのは辛いだろう。

 「ああ、俺と一緒にいる限りはその心配はないぞ」
 「ほんとですか! あのポーション、美味しくてクセになりそうで、ていうかぶっちゃけ無い生活とかもう無理だから! やた~~~!!」

 依存しまくりそうな発言してるけど……まあいいか。

 ってことで。

 俺のスローライフに一人仲間が増えた。本人たってのご希望だ。それにぼっちてのも味気ないかもな。そして……なにより俺の趣味に相棒は必要不可欠なのだよ。一緒に来ると決意した以上はグフフ……

 「あ~~なんか今、悪い顔してましたね~メッですよぉ!」


 こうして、俺と聖女ラーナは辺境の地フロンドに足を踏み入れるのであった。