魔の森から帰ってきて、数カ月が経った。
 俺もだいぶフロンドでの生活に馴染んできたし、好きな事をやっている。

 「ご主人様、行ってくるです」
 「ああ、気をつけてなリタ」
 「ハイです! フェル、行くです」
 「キャンキャン」

 リタは屋敷のメンテに加えて、ちょっとした生活魔道具を作っている。
 簡易型魔導コンロとか、携帯ランプとか
 これがけっこう売れるのだ。

 今日は、馴染みの客に頼まれて家の修繕に向かうとのこと。
 朝の散歩も兼ねてか、フェルもついていく。

 フロンドで、修理や変わった魔道具といえばリタ。となりつつある。

 自分の好きな事を存分にやれているようで、俺も嬉しい。


 ポーション屋敷の方もフロンド内で完全に認知されており、売り上げも順調に伸びている。

 「ユリカさん、これください」
 「はい、リラックスポーション2本ですね。ありがとうございます」

 ユリカは屋敷の家事全般に加えて、ポーション店員としてもおおいに役立ってくれている。
 気が利くし、頭のまわりも早い。毎日のレジ締めも正確で、うちの立派な経理部長だ。
 また、元令嬢としての綺麗な所作は辺境の町では珍しく、ユリカファンが増えつつある。


 が、人気度でいうならば―――


 「ラーナちゃん、いつものくださいな」
 「ラーナおねえちゃん、きたよ~」
 「ラーナさんや、今日は2本おくれ」
 「おう、ラーナちゃん。あれくれよあれ!」
 「はぁ、はぁ……ラーナたん治療……ぼくのここ治してん、ごっきゅん……」

 さすが看板娘だ。慕われるにもほどがある。

 男女問わずにもちろんのこと、老人から子供、ごろつき、変態などなど、フロンド中のありとあらゆる人に人気がある。

 また彼女が開設したポーション屋敷内にある治療院も、けっこうな賑わいを見せていた。
 1人にかける治療がめっちゃ時間かかるので、もう予約制になったようだけど……

 とまあ、ポーション屋敷の住人たちは各自性格や特技を活かして、楽しいライフを送っているのだが。


 「クレイ殿! お客人だぉ……うわっ!」

 エトラシアが、店舗ドアを突き破って入ってきた。

 「おい……大丈夫か?」

 一応声をかける。エトラシアの頑丈さはこの数カ月でさらに身に染みてわかっているので、一応だ。

 「あ、ああ。くっ……またドアを壊してしまった……」

 その通りだ。もう何回目かわからんぐらいぶっ壊している。

 女騎士は先の黒服たちとの戦闘において、だいぶ落ち着きをおぼえたはずなんだが、まだまだテンパりクセは抜けていない。

 ちなみに彼女専用の【ポーション(女騎士鎮静)(エトラシアどうどう)】は効果が30分ほどしか持続しない。そのかわり効果は他のリラックスポーションの中では強めだ。
 ただし、これは常飲するものではない。四六時中飲めば、さすがに身体に悪いし。

 というかリラックスポーションとは、一時的に安らぎを与えるものだ。だから、その後のことは自分の力で徐々に変えていくしかない。

 きっかけを作る補助剤みたいなもんだ。

 「く、クレイ殿。旅の商人殿だそうだ」

 「どうも、旅商人のラズアンと申します。急なご訪問をお許しください」

 ドアの前に立つ男は、帽子を取って丁寧に頭をさげた。

 「ああ、構わない。俺は店主のクレイだが、なにか用かな」

 俺はカウンター越しに男に問いかける。

 「はい、クレイさんが作るポーションが大変素晴らしいと、商店街の人から聞きまして」
 「旅商人ってことは、王都からきたのか?」
 「いえいえ、わたしは国境付近を渡り歩いております故、ここにも寄らせて頂いているのです。数カ月前に瘴気が無くなったので来やすくなりましたよ」

 「ああ、ならポーションは店内の棚にあるから。自由に見てくれ」
 「はい、そうさせて頂きます」

 フロンドの瘴気が無くなって以来、商人がちょくちょく町にやってくるようになった。
 町の商店街に新たな商品を卸していくので、俺としても望ましいことだ。

 ラズアンは店内のポーションをひととおり手に取ってから、こちらに戻って来た。

 「どの商品も素晴らしい。この回復ポーション、純度が桁外れですね」
 「ああ、俺が作ったポーションだからな」
 「素晴らしいです。こちらは美容ポーションと書いてありましたが?」
 「ああ、それは主に保湿成分を付与する効果があるんだ。女性に人気だな」
 「おおぉ……ふむふむ。これは……男性にも需要があるぞ……」

 ラズアンの鼻息が荒くなってきた。

 「クレイさん、ぜひともお宅のポーションを一部、私に仕入させて頂けないでしょうか?」

 ああ、卸売りしたいってことか。

 「悪いが、契約を結ぶ気はない。というかこのポーションを広めるつもりはないんだ」

 「な、なんと……これほどのポーションがありながらもったいない……」

 「すまんが、自分が使う分のみ買っていってくれ」

 俺はあくまで趣味レベルでのポーション作りを楽しみたい。
 だから、契約などで縛られるのはあまり望むところではないのだ。

 売上はフロンド内である程度確保できてるしな。

 それに広まりすぎると、王族時代のように悪目立ちする可能性もあるし。

 だから俺の目の届く範囲内ぐらいがちょうどいい。

 残念そうに肩を落とすラズアンさん。
 まあ俺のポーションを評価してくれた気持ちは嬉しいがな。

 「どうしてもダメですか? 10本単位の小ロットでもいいのです」
 「気持ちは嬉しいが、諦めてくれ」

 しばらく顎に手をあててウンウン唸るラズアン。
 何かを思いついたのか、急に眼を大きく見開いた。

 まあ、何を言われてもダメなもんはダメだけどな。


 「う~~~む。――――――ところで、面白い素材を見つけたのですが」

 「え? どんな素材?」

 ほ、ほう……まあ見るだけだけどな。

 「はい、これなんですが……」

 ラズアンさんから手渡された袋の中を覗くと、小さな実が数個入っている。


 おいおいおいおい、これ……


 「ラックの実か?」

 「はい、そうです入手難易度Sクラスの素材なんです」

 それを早く言ってくれよ!!


 「ふぉおおお……ら、らっくのみ……はじめて、みた」


 素材自体の効能は「運」に作用すると言われている。
 本当かどうかはわからんけど……俺としてはこういう素材にワクワクする。

 「ふはぁ……これがぁ……これがぁ……ハァハァ」

 「ああ~もう。クレイさんよだれ」

 横でラーナがハンカチを俺の口に当ててくるが、それどころではない。


 マジか……これは欲しい。なんとしても欲しいぞ。


 「いや~~わずかでもお取引が出来れば、お近づきのしるしにとでも思ったのですが。どうやら難しそうですね」

 ぬぐぐぐっ……背に腹はかえられん。

 「よし、大量には卸せないが、多少であれば取引ができるぞ」
 「おお! 素晴らしい。では契約成立ということですね」

 こうして俺はラズアンさんと契約を結ぶこととなった。
 まあ、彼は大きな商会でもなく個人商店だし、販売量も小量なのでそんな広まりすぎるということはないだろう。
 それにやろうと思えば勝手にある程度購入して転売するという手口もあるが、彼は拒否られたのにも関わらず、それをやらずに正攻法できた。ここが、ちょっと気に入った。

 「良かったですね、クレイさん」

 「うむ、定期的に変わり種の素材を持ってきてくれるぞ!」

 「こちらも素晴らしいポーションが手には入りました。ときにお美しいお嬢さんですね。クレイさんの奥方さまですかな?」

 ラズアンさんが、俺の隣にいるラーナに視線をむけた。

 「ふぇ! お、奥方って……奥さんってことですか!?」
 「ええ、クレイさんも男前ですし。美男美女でお似合いかと」

 「ですって! あなた!」

 だれがあなただ。

 俺はラズアンさんに事実を話し、誤解を速攻で解いた。

 「なんとか女性にも興味をもってもらいたいんですぅ」
 「ふむふむ」

 誤解は解けだたが、なんか楽しそうに談笑をはじめる2人
 まったく。誰とでも仲良くなるやつだな。まあそれがラーナの一番の長所なんだが。

 「ああ! 新聞ありますよぉ~~」
 「おや、ラーナさんは新聞に興味がありますか? よければこれは差し上げますね」

 「わぁあ~~ありがとう、ラズアンさん」

 「最近はフロンドにも定期的に来ますので、新聞は商店街に卸しております。あと娯楽商品も少々。また商店街にもよってみてくださいね。ではわたくしは次の町へ向かいますので」

 「は~~い、またね~ラズアンさん」

 旅商人であるラズアンさんが帰ったあと。

 「にしてもラーナ、新聞に興味があるのか?」

 こう言っちゃ失礼だが、俺としては意外だった。

 「ふふ~~文字の読み書きは教会で教えてもらったし、新聞配達のご奉仕をしてたんですぅ~そこでつまみ読みしてたからぁ~~」

 つまみ読み……つまりつまみ食いみたいなことか。

 さっそく貪るように新聞を読み漁る聖女。
 目がキラッキラに輝いている。

 ま、好きな事に異論は挟まんので存分に楽しんでくれ。

 「ふぁ~第8,第9、第10の王女様3人、王国建国祭式典に出席せずだって~」

 ラーナが記事を読みながら独り言を呟いた。

 王女3人か……俺の妹だな。

 なんだろうな? そろって風邪だろうか。
 気にならないと言えば嘘になるが、俺が心配しても仕方のないこと。

 懐かしいが、もはや俺は王族でもないしな。