「よし、じゃあこれで!」

 「いやいや、じゃこれでじゃないですよ!? 私を助けてくれたイケメンはどこいったんですか!」

 ええぇ……もういいじゃん。

 取り敢えずピンチは去ったんだ。

 「いやぁ、だってこれ以上はな。なんか俺たち訳あり同志っぽいし。触れずに別れるのがいいかなって」

 「ふぇ……そ、そんなぁ」

 やだ、この子俺の袖ギュッと持ってる……かわいいじゃないの。

 しかしなぁ。俺は辺境の地でこじんまりとポーション作って、気楽にスローライフを送りたいからなぁ
 今ならキレイサッパリ別れて新たな道にいけると思うんだよなぁ、俺たち。

 でも……この子の青い瞳が眩しくも儚げで、19歳だが中身おっさんの俺の心を揺らしてくる。
 しゃーない。とりあえず話を聞くか。

 「わかったよラーナ。なにがあったんだ?」

 「クレイさん……私、追放されたんです」

 「そうか」

 「ちょっと反応薄くないですか!? けっこう重めなワード出たのに!」

 「いや、俺も追放されたから」


 「ああ、なるほどって―――ええぇ! クレイさんも追放! なんで被ってるんですか!?」


 知らんがな。

 「ううぅ、なんか話の出鼻くじかれましたぁ」

 「いや、悪かった。なんとなく対抗してしまったが、俺のことはひとまず置いといてくれ。さあ話を続けてくれよ。さあさあ」

 ジト目でふぅと一息もらしたラーナ。
 キュッと小さな手を握りしめて、口を開く。

 「じつは私、聖女なんです」

 「……」

 「えと? 驚かないんですか?」

 「ちなみに俺は王子だ。元だけど」

 「ふえぇえ!クレイさんが、お、王子様さま!? なんで私に明かすんですか!」
 「いや、なんとなくだ。聖女ってワードに対抗して」
 「なんとなくで明かす内容じゃないですよ!?」

 いや、なんでだろ。

 理由なんか分からない。ラーナを見ていたらなんとなく。
 俺も自分の事をこの子に聞いて欲しかったのだろうか。

 「で、でも王子様かぁ……フフフ、やっぱり私の王子様なんだ……運命なんだ……」

 ヤバイ、なんか不穏な単語がたくさん聞こえて来た。
 勢いなんかで元王子とか言うもんじゃないな。

 「こ、コホン。話を戻します。衝撃の事実でちょっと霞んでしまった聖女ですが―――」

 彼女の話によると、グレイトス王国の隣国である神聖国で普通に一般修道女として暮らしていたら、ある日大司教なる人物がやってきていきなりラーナを聖女認定したらしい。

 大司教と言えば神聖国でも上位の人間だ。トップである教皇にも近い。
 それがいきなり来て、ノーマル修道女のラーナを聖女にするだと? どういうことだ?

 「そしてなんで私がいきなり聖女なの?ってアワアワしていたら、いきなり追放されちゃたんですぅ! んでんで、辺境の地に馬車で向かっていたら、いきなり襲われたんです! もう意味が分からないですよぉ!」

 いや、意味わからんのは俺の方だ。
 とりあえず、いきなりの多い人生だな、この子。

 辺境の地か……

 俺が向かっているのは、グレイトス王国辺境の地フロンドだ。
 だが、辺境であると同時にここは他国との国境でもある。
 つまり隣国の神聖国にとっても、ここら一帯は栄えない不毛の地なのだ。

 神聖国側にもフロンドのような流刑の町が存在するのだろう。

 「しかし、なぜ聖女認定した大司教はラーナを追放したんだ?」
 「私を聖女にした大司教様は亡くなりました。追放したのは別の大司教さまなんです」

 おっと、怪しさプンプンじゃないか。

 「大司教は寿命でお亡くなりになったのか?」
 「いえ、殺されました……私に……」
 「なるほど、ラーナに……って! んん? どういうことだ?」
 「私も良く分からないんです。朝起きたら、血がべっとりついたナイフが置いてあって……それから聖騎士の人たちがズカズカ入ってきて縛られて……」

 ラーナが、小さな体を寄せてきた。

 「わ、私……なにもやってないのにぃ……ふぇえ~~」

 震えながらも、その青い瞳は俺をまっすぐに見つめていた。

 「クレイさん―――信じてくれますか?」

 この目は演技じゃできない……と思う。
 彼女の言葉に根拠なんてない。この子がウソをついていると考える方が普通かもしれない。でも、俺にはこのまっすぐな瞳を向ける少女を信じたくなる気持ちが湧いてきた。

 そんなに難しく考えるなよ。

 自由気ままのスローライフを満喫するんだろ。俺が納得すれば根拠などいらん。

 「そうか、辛かったな。よく頑張った」

 俺はそれだけ言うと、彼女の体をそっと抱きしめてやった。



 ◇◇◇



 「よし、今度こそじゃあこれで!」

 「ふぇえ! なんで行っちゃうんですか! さっきのいい感じなシーン返してください!」

 くっ……たしかに聖女ギューしてしまったけど。
 力技で押し切るには無理があったか。

 ラーナが手を握ってくる。
 良い感じのじゃなくて、メキメキ音がしそうな感じの掴み方。離さないぞの意志が強いやつ。

 「クレイさん、手……ケガしてます」

 「ああ、まあ大したことないよ」

 さっきの戦闘で負った傷だ。だが致命傷でもなんでもない擦り傷である。

 「ダメです! 小さな傷でも、そこから悪化して死んじゃうこともあるんですよ! 教会でもそんな人いっぱい見ました!」

 ああ、教会での治癒活動か。
 修道女や神官たちは治癒魔法が得意だ。どの国でも教会に行けば簡単な治癒をしてくれる。価格設定は無償から有料まで国や地域によってピンキリだが。


 「動かないでくださいね―――
 天の慈愛よ。安らぎをもたらし、傷を癒せ―――回復魔法(ヒール)!」


 そうかこの子、聖女だったな。

 ラーナの手から青い光が溢れていく。
 青か……珍しい色だな。普通ヒールは緑色だが。

 にしても天の慈愛か。

 女神様は元気かな。まあ神だから元気もクソもないだろうけど。


 ………。


 「なあ、ラーナ」

 「な、なんですか、今集中しているんです! あとポーション出そうとしましたね! それ禁止ですから! 私が治すんですから!!」

 いやラーナさん、さっきから10分ぐらいはたってると思うけど……

 ずっと光っているけど、大丈夫かな。

 「ラーナ、無理してるんだったらいいんだぞ」

 「し、静かに! いけそう! あ、今かさぶたちょっとできた!」

 何言ってんだ? 

 もしかしてかさぶたから始めているのか?

 いや、斬新すぎるだろ。そんな回復魔法。

 「あ、ああ魔力が……」

 ラーナの手の光が輝きを失っていく。

 「ふぁ…………」

 その場にへたり込むラーナ。ズーンという効果音が背後で鳴っているかのように落ち込んでいる。
 回復魔法が苦手なのか。魔力をやたらと無駄使いしているっぽい。

 「私、魔力が全然足りないんです。いつも足りてないって感覚と頭痛が……」

 まあそうだろうな。初級回復魔法に何時間かけるんだってぐらい無駄使いしてる。

 だがそんな何時間も魔法使用などできない。

 んん? 待てよ……足りていない感覚? それに頭痛だと。

 魔法が下手くそなのは置いておくとして、ラーナの魔力量自体が膨大なんじゃないのか?
 俺は魔力がそもそもないから、そんな感覚はわからんけど。
 そして頭痛は著しく魔力を欠乏すると現れる症状だ。

 なら―――

 俺はポーチに手をつっこんで、必要素材を取り出した。
 ルーンフラワーと魔草根。これは多量に魔力を含む薬草である。

 あとは……んん? これは聖水のビンか、今回は使わないな。
 女神さまからもらったポーチは大容量で便利なんだが、中身が多くなるにつれて目的物がすぐに出せなかったりする。
 聖水のビン、中身カラじゃねぇか。補充するのを忘れてたよ。

 ま、今はいい。
 俺はお目当てのオリジナルポーション水を取り出して―――


 「―――【ポーション生成】!」


 俺の手にした小瓶と薬草が輝きを放ち、1つのポーションが生み出される。


 「ラーナ、こいつを飲んでみろ」

 「え? これポーションですか?」

 「ああ、魔力ポーションだ」

 「ええぇ? ポーションってそうやって作るんですか!」

 「まあ俺のは特別だ。そんなことより飲んでみろ」

 ラーナは俺から受け取った緑色のポーションのフタを開けて、覚悟を決めたように目を閉じた。
 まあ予想通りの反応だ。

 顔を若干しかめつつポーションを口に含んだラーナ。


 「――――――ふぇええ! な、なにこれ、おいしいっ!!」


 たりめぇだ。味は俺のこだわりだ。

 「ってあれ……う、ウソ……わたし魔力が……なんか満たされた気分になってく!」

 「そりゃそうだ、ラーナが飲んだのは俺特製のポーション
 ――――――【ポーション(魔力全回復)(マナフルリチャージ)】だからな」


 「ふわぁ~ほかの魔力ポーションを飲んでもこんな感覚にはならなかったのに……」
 「市販の劣悪なやつでも飲んだんだろう?」
 「ち、違いますよぉ~私を聖女認定した大司教様が買ってきたいいやつですぅ~~苦くて全然おしくなかったけど~~10本も飲んだんですよ~~」

 大司教が買った魔力ポーションだと。ならば味はともかく質はかなりいいはず。
 それを10本でも全回復しなかったのか。

 一般的な魔法使いであれば、一晩寝れば魔力は全回復する。
 某RPG的な宿屋に泊まればHP/MP回復と一緒だ。まあ身体を休めているからこそ回復しているってことである。

 ただし、高位の魔法使いは消耗し尽くした状態だと一晩では全回復しない。
 これは、保有できる魔力量が常人よりも大きいからだ。体の回復機能が一晩では魔力を補完しきれないのだ。だが高品質の魔力ポーション10本ならば、さすがに全回復するはずだ。

 10本でも全回復しなかったラーナの魔力。

 俺のオリジナルポーションだからこそ、全回復したのだろうけど……


 「ふぁああ~~凄いぃいい! 気分爽快ぃいい! あたまスッキリですぅううう!!」


 どんだけの魔力を秘めているんだよ、この子。

 おそらく生まれてこのかた魔力を全回復したことが無いんじゃないか。そりゃスッキリだろうな。

 ラーナって、もしかしてとんでもない子なんじゃないか。


 「さあ~~魔力が完全回復しましたよ~~見せてあげますよ~~聖女のち・か・ら」

 ラーナが小さな腕をブンブン回して、張り切りまくっている。


 「――――――って! クレイさん! なにポーション飲んでるんですかぁああ!!」


 「悪いな、ラーナ」

 ウキウキしながら俺に回復魔法をかけようとしていたラーナだが、俺は傷癒しのポーションをゴクっと飲んでいた。

 膨大な魔力量を誇ろうとも、あの下手くそな回復魔法が良くなるわけではないからな。

 「わぁあ~~ん、せっかくラーナの活躍シーンだったのにぃ~~飲まないって約束したのにぃい~~」

 いや、そんな約束してないだろ。

 「ふぇ~~ん、せいじょのいみぃ~~」

 ああ、ふてくされてしまった。
 ちょっと悪いことしたか……しかしヒールで数時間とか地獄がすぎるからな。

 「ううぅう~~どうせ私は役たたずですぅ~~ゴクゴク~~」

 んん?

 「ラーナ、なに飲んでるんだ!」

 「え? 水ですよ。私~~水出すの得意だから」


 おいおいおいおいおい、それって……


 「クレイさんも喉乾いてるんですか? 飲みます? これならいくらでも出せますよ」

 聖女の両手からあふれ出る輝く青い水。


 ――――――それ聖水じゃねぇか!!


 マジか! ラーナは貴重なポーション素材を無限に出せるってこと?


 なにこの子……ヤバすぎなんですけど……