―――ズザァアアアア!


 この地を這うスライディングの音。
 めっちゃ聞き覚えがある。

 俺の視界に、綺麗な髪と後頭部がフェードインしてきた。

 「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさいぃい!」

 スライディングからの土下座。

 「うわぁ……でた!」

 「でたってなんですか! 女神ですよ! 見目麗しいピチピチの女神ですよ!」

 「ああ……はい」

 てことはここはまた……

 「天界かよ……」

 「はぃ! クレイさんの懐かしき故郷、天界ですよ!」

 まったく懐かしくないし、故郷ちゃうし。

 「とりあえず、これ」

 俺はポーチから1本のポーションを出した。擦り傷治療ポーションだ。
 前回と同じく顔面スライディングで登場したもんだから、女神の綺麗なお顔が赤い斜線まみれになっている。

 「わぁ~~い。クレイさんのポーション~ゲットですよ~」

 満面の笑みで、グイっとポーションを一気飲みした女神。
 スライディングで傷ついた顔が、綺麗に戻っていく。

 「わぁ~~ん。クレイさんごめんなさいぃいい! また魔力をつけ忘れてましたぁ~~」

 笑顔から一転、大粒の涙を出して泣き出した。
 喜怒哀楽が激しい女神だな。

 それはもうマンガみたいな大量の涙である。


 「で、俺を呼んだ理由はなんだ?」


 「ギクッ……だから魔力をつけ忘れたから来てもらったんですぅう……う」

 「本当か?」

 「な、なんですか! 女神を疑うなんて、クレイさん変わりましたね! こんなにウソ泣き……じゃない号泣しているのにぃいい!」

 勢いで誤魔化すかのように、一歩二歩と距離を詰めてくる女神。

 また厄介ごとに巻き込むつもりだな。

 だが……

 「おい、その足どうしたんだ? なんか歩き方が不自然だぞ」

 「さすがクレイさん、良く気付きましたね~~これです」

 外見は絶世の美女である女神が、片足を可愛らしくあげて足裏を見せてきた。

 んん~~これ……

 「魚の目じゃないか」

 「そうなんです。もう痛くて痛くて……何回芯とっても、すぐに出てくるんですぅううう! きぃいい!」
 「女神なのに魚の目とかできるのか?」

 「できますぅ! わたしデリケートなんです!」
 「あんまり歩いてなさそうだけどな」

 「まえに歩きました! 素材探しとか言って、神の森を散々歩き回りました!」

 「そ……そうか。大変だな……」

 どうやら前回のポーション作りで、女神の足裏はかなりのダメージを負ったようだ。

 「ううぅ痛いですぅ……チラチラ。あのポーションないかなぁ……チラチラ」

 女神が上目遣いでこちらにチラチラと視線を送ってくる。
 あのポーションとは、魚の目に効く【ポーション(足裏角質軟化)(スキンステップ)】のことだろう。

 「見てたのか?」

 この女神、またストーカーのぞきしてたな。

 「だって見ちゃうんだもん! わたしの唯一の趣味なんだもん!」

 天界から俺の行動を四六時中見るのを趣味とは言わん。

 とは言え……この不自然な歩き方は流石に可哀そうだ。

 「しょうがないな」

 「はっ! クレイさんのその顔! わぁ~~ん、また素材から探すとか言い出しそう~~!」

 「その足でそんなことさせないよ」

 「え?」

 「ほら、これを飲んで」

 「え? え?」

 ジト目でこちらをみる女神.

 「本当にいいのですか?」
 「ああ、痛いだろ。俺も前世で苦しんだからな」

 「本当に飲んじゃいますよ?」
 「おお、てかはやく飲んでくれ」

 どんだけ疑うんだ。
 魚の前の辛さは俺も良く分かっている。

 俺からポーションを受け取り、グイっと飲んだ女神。

 「プハぁ~~やっぱり美味しいぃ! 良かったあ、クレイさんのことだから無理難題地獄に落とされるかと思ったぁ」

 「無理難題……俺をなんだと思ってるんだ」

 「え? ポーション狂いのイケメン君かな。でもそこも含めてファンですよ」

 ファンならストーカー行為をやめてほしいんだが。

 「それで効果はどうだ?」

 「ふぁああ~~魚の目、無くなってます! 痛くないよ~やった~~ほらほら~」

 ふむふむ、神の類にも効果ありと。

 その場でぴょんぴょん跳ねる女神。良かったな。


 「で、俺を呼んだ本当の理由はなんだ?」


 「ギクっ……えっと……」

 「いや、さすがに魚の目取るために天界に呼ぶとか、無茶苦茶がすぎるぞ」

 「ううぅ……実は……」

 女神は観念したように、一枚の書類を俺に見せてきた。

 なになに、見習い女神定期試験だと。
 うん、意味がわからん。

 「試験ですぅ。一定の点数取らないと、女神から天使に降格なんですぅ」

 「なんだそりゃ……」

 え、女神って試験制なの? 点数取ってなるもんなの? ていうか神は存在した時から神なんじゃないの?

 「わたし嫌です! じゃまくさい羽はやして、頭上におめでたい輪っかなんか浮かせて、あくせく天界と地上をいったりきたりなんて!」

 「良く分からんが、とりあえず天使の皆さんに謝ろうな」

 天使さんたち、大変な仕事をしてるんだと思うぞ。

 「ええぇ……でもでもでも~~わたし女神なんですよぉ~~」

 なんか駄々っ子みたいになってきた。

 「試験で落ちなければいいんだろ」

 「まあそうですけどぉ……」

 「む……まさか頭の良くなるポーションくれとか、言うんじゃないだろうな」

 「違いますよ! わたしやればできる子なんです。でも……」

 急に今までの勢いがなくなる女神。
 そのブルンと張っていた大きな胸が、シュンとしぼんでいくような。

 「その……わたし本番に弱くてですね」

 消え入りそうな声で呟き、さらに言葉を紡ぐ。


 「あがっちゃうんです……」


 なるほど、緊張しいか。
 まあ度合いにもよりけりだが、人前や事の前であがってしまうことはあるものだ。神々にも、恥ずかしがり屋さんとかいるのかもしれない。

 「そういう場合は、いちど目を閉じて深呼吸とかすると良いぞ」

 「ダメなんです。わたし試験が始まるとエンピツも持てないぐらいに手が震えて、なんども答案用紙を破いてしまって。それで破けたまま試験終わっちゃうんです」

 深呼吸うんぬんの話ではないようだ。

 「しかし、今までよく試験に落ちなかったな」

 「いえ、すでに99回連続不合格です」

 「はい? ならなんで……」

 99回って……天使どころか虫畜生レベルに降格なんじゃ……

 「赤点(不合格)100回以上取ったら降格なんですぅ!」

 それ試験する意味あるのか?

 いや、神々だから俺のような人間とは感覚が違うのかな。
 永久の時を生きる神たちにとっては、99回なんて少なくて厳しすぎる基準なのかもしれん。

 「いずれにせよ、今回は絶対合格が必要というわけか」

 「そうなんですぅ~~わたしどうしようどうしようって! お守りこんなに買ったんですよ~」

 女神の懐から、合格祈願のお守りがどさっと出てきた。
 おい、神が神だのみするなよ。

 「でぇ~~ここからが本題なんですが~んふ♡」

 急に猫なで声で俺にすり寄って来る女神。

 なるほど、俺をずっとストーキングしていたなら知っているはずだ。

 「【ポーション(女騎士鎮静)(エトラシアどうどう)】だな」

 「それそれ~~そのリラックスポーションです」

 エトラシアのポーションは、ポーション屋敷で売っている一般リラックスポーションよりも効果が強い。
 女神の話を聞く限りでも、そのぐらいのものでないと十分な効果は見込めないだろう。

 「あれがあれば! 本来わたしは出来る子なんです!」

 そう言いながら、女神が俺の手に腕をからめてきた。
 俺の腕にあたる立派な膨らみがもにゅっと変形する。

 まあ、このポーションはあくまで補助剤だ。
 試験不正ってわけでもないし。

 「しゃーない。ちょっと待ってろ」

 「ええ! なんの条件もなしにいいんですか!?」

 「ああ、いいぞ。えっと……ここらへんに」

 まあいいよ。試験自体は女神の力で勝負しなきゃいかんのだ。
 今回のはちょっとしたサポート程度のものだからな。

 ポーチの中をまさぐるのだが……んん?

 「女神よ」
 「わぁ~~い。1本でいいですよ~試験前に飲みますから」
 「いや、違う」
 「え? 違うって?」

 「残念な報告がある」
 「なんですか~ちょっとぐらい古くても大丈夫ですよ~」

 「ない」
 「またまた~クレイさんたら~ポーションジョークですか」

 「いやマジでないぞ」

 「うそ……ですよね?」

 今日俺が風呂に入ってる時だ……エトラシアがどうしても飲みたいと言うから、ポーチから取っていいぞと言った気がする。
 一本もない……エトラシアのやつ、全部飲みやがったな。

 「でもでも、クレイさんなら素材から作れますよね」
 「だからその素材もないんだ」

 さすがの俺も、無からポーションを作るのは無理だ。

 「ということで」
 「やだぁ……」

 「もう分かっていると思うが」
 「やだやだぁ……足痛いんだもん」

 「もう足は治っただろ? 痛くないていってたじゃないか」

 あきらめろ。試験合格のためだろ。

 「よし、素材探しからだな。行くぞ女神」


 「うそうそうそぉ~~うわぁああああん~~またぁああああ!」


 こうして俺たちは前回と同じく、女神とポーション作りの為に素材探しに出発するのであった。