クレイさんがまた頑張ってくれてる。

 いつも素っ気ない返事が多い彼だが、ここ一番のピンチでは必ずといっていいほど助けてくれる人。

 さっきエトラシアさんには、無理して冗談めいた言葉をかけたけど。
 やっぱり無理だった。途中から不安がどんどん高まっていって。

 危険な事に巻き込んでごめんなさいと、謝っていた。

 怖い……

 攫われるのが怖いというのもあるけど、私のいまの怖さの本性は違う。

 クレイさんが心配……

 クレイさんはとても強い。
 でも黒服の人たちもすごく強い。

 前も無理して戦ってくれた。
 今回は黒服の人たちもなにか対策を立ててるようだし……だから。

 クレイさんはもっと無理をする。

 「ラーナ、大丈夫です?」
 「ラーナさん……」
 「キャンキャン!」

 「リタちゃん。ユリカちゃん。フェルちゃん。うん、大丈夫だよ。ありがとう」

 「さあ、フェルは行くです。ラーナはあたしが守るですから」
 「キュゥ……」

 ハンマーを肩にかついで、フンスと力こぶを作ってみせるリタちゃん。
 それに対してフェルちゃんは迷っているような素振りをみせる。

 「フェルちゃん行ってきて。クレイさんの力になってね」

 小さな頭を撫でながら、フェルちゃんのお尻をポンっと叩いた。
 そう、私にできるのはフェルちゃんを快く送り出すことぐらい。

 「キャウッ!」

 尻尾を振りながら、黒服へテテっと走り出す子犬。


 「キャンキャン!」
 「……? なんだ、犬?」

 「おい、そんな子犬に構うな! 隊長の作戦通りにやつにデバフ魔法をかけ続けるんだ!」

 黒服のうち2人がフェルちゃんの登場に少し気を取られたようだが、すぐにクレイさんに視線を戻した。

 でもその子は、ただの子犬じゃない。

 「キュゥウウウウウ!」

 フェルちゃんの体がブルブル震えだして、その体がどんどん膨れ上がっていく。

 「なっ……! こ、これは!」
 「おい、なにをよそ見している! 作戦をぞっこ……うおぉおおお!」


 「―――グルゥウウウウ!!」


 「な、なんだこいつはっ!!」
 「なぜ急に魔物が!?」

 黒服2人がいきなり現れたオオカミの魔物に、驚愕の声をだす。

 ていうか……

 「デカっ!」
 「大きいです!」
 「キャッ! ギャップありすぎですよ……」

 忘れてた。元のサイズはこんな大きかったんだ。
 小さいフェルちゃんに慣れちゃってた。

 「た、隊長! 緊急事態! 魔物です!」

 「―――なんだと! おまえたち2人はその魔物を速やかに排除しろ! 完了次第、作戦に戻れ!」

 「「了解!」」

 やった、これで2人はクレイさんの攻撃に加われない。
 さすがフェルちゃん。

 「クソ……どこからきたんだこの魔物」
 「どうでもいい。さっさと片付けるぞ! うぉおおお!」

 黒服の1人が勢いよく剣を構えてフェルちゃんに迫ったが、そこにはすでにフェルちゃんはいなかった。

 「ぐっ……速い! ―――が、移動先ぐらいは予想がつく!」

 「よし! ―――中級火炎魔法(ミドルファイアーボール)!」

 もう1人の黒服が、合わせたようにフェルちゃんに魔法を放った。


 「グルゥ―――フシュゥウウウウ!」


 フェルちゃんに放たれた火球は、進行方向が大きくずれていく。

 「ぐぬぅ、火球の軌道が逸らされた……風属性の魔法か!」

 あ、そういえばクレイさんが言ってた。フェンリルは風魔法が得意って。
 たぶん、風を使って魔法の方向を変えたんだ。

 「凄いよ、フェルちゃん!」

 「……フェルだと?」
 「まさか、フェンリルか!?」
 「しかし、伝説の魔獣がなぜこんなところに……」
 「フロンドだからな、あり得るかもしれん。まだ成体ではないようだが」

 黒服2人がすごく焦っている。
 やっぱり子供でもフェンリルって凄いんだ。

 「くそ、こんな時にやっかいな。おい、あれを使え!」
 「ちっ、こっちも喰らうから嫌なんだがしょうがない……」

 黒服が何かを懐から出して、フェルちゃんの方に投げた。

 ボール? みたいなものは、フェルちゃんの真上でポンという軽い音をたてて弾ける。

 え? それだけ? 

 爆発するとか。炎が出るとかじゃないの? 
 私の頭に?がついたが、フェルちゃんの様子が変わった。

 「ギャギュウウウゥゥ!」

 「フェルちゃん! どうしたの?」
 「なんだかフェル、苦しそうです」

 おかしい、急にその場でバタバタしはじめるフェルちゃん。

 その原因は、フェルちゃんから少し遅れていた私達の鼻にも襲い掛かってきた。

 ん……なにこの臭い……!?

 「なにこれ……くっさいぃいい!」
 「凄い臭いです!」

 あのボールみたいなのが、この臭いをまき散らしたんだ。

 「ギュンギュンウウウゥゥ!」

 そっかフェルちゃんの嗅覚は、人の何十倍もあるから……


 「やっぱ動物系魔物には効果てきめんだなぁあ! うおらぁあああ!」
 「――――――中級岩弾丸魔法(ミドルサンドショット)!」

 「ギュアッ!」

 苦しむフェルちゃんに、黒服たちが剣と魔法で猛攻をかけはじめた。
 うまい具合に連携して、ひとつの場所にはとどまらず、攻撃しては移動を繰り返す2人。

 黒服を良く見えたら、頭からすっぽりかぶっている頭巾を鼻まで上げている。マスク代わりにしているのだろう。

 なんとかしないと!

 ギュッとリタちゃんに作ってもらった聖杖に力が入る。

 でも私じゃ戦闘力不足だし。そもそも前に出てしまうと、みんなの頑張りが無駄になっちゃう。
 私にできることといえば、聖水を出すぐらい……。

 聖水……!?

 クレイさんが言ってた。浄化効果や癒しの効果があるんだよね、私の聖水って。

 てことはこれをフェルちゃんに……ちょっとぐらいなら前に出ても……!!

 「危ないですっ!」

 黒服が乱発している中級岩弾丸魔法(ミドルサンドショット)の破片がこちらに飛んできたのを、リタちゃんがメイスで叩き落としてくれた。

 「なにやってるですラーナ。もっとうしろに下がるです!」
 「ご、ごめんリタちゃん」

 ダメだ、あんな激しい戦闘の中になんか入れない。

 でも……

 考えるのラーナ。クレイさんだったら絶対に何か考えて、ポーションを作る。
 私だったら……

 う~~~~ん。

 ――――――あっ!

 思いついた。

 上手くいくかなんて分からないけど。

 私は全身全霊で、ギュッと体に力を入れる。
 いつもなら、ジャ~っと聖水が出ているのだが、グッと堪える。

 もう手のひらから漏れ出そう……でも、まだ!

 もっと、もっと、もっと……まだまだまだ!

 「ら、ラーナどうしたです? 顔色が悪いです?」

 「リタちゃんちょっと前をあけて……」
 「ダメです! あたしはラーナを守るです!」
 「うん……わかってる。前には出ないよ……でもそこにいると当たっちゃうから」
 「当たる? 良く分からないですがちょっとだけです」
 「うん……ありがと。リタちゃん……」

 もう限界……っ!

 私は両手をフェルちゃんにむけて、溜まりに溜まったものを開放する。


 「聖なる――――――放水ぃい(セイントブルーシャワー)!!」


 ブシャアアアア―――という音ともに、私の手のひらから聖水がフェルちゃんめがけて噴射された。

 聖水がシャワー状に放出されて、フェルちゃんの体全体を洗い流す。

 「キャワ~~~ン♪」

 フェルちゃん、にこやかに鼻をブルブルさせている。

 やった~~臭いの流れ落ちたぁ!

 本来の動きを取り戻したフェルちゃんが、黒服2人に反撃を開始する。

 「な、なんだ! これは……聖水か!?」
 「ばかな! におい玉の効果が! ―――グハァ!!」

 黒服の1人がフェルちゃんの体当たりで、うしろに吹っ飛ばされた。

 なんとかできた! 私も役にたった!


 「ふっふ~~そこの2人! 絶対クレイさんのところへはぁ~~いかせませんよぉ~~!」
 「――――――ギュルアアアア!」