クレイ殿が「黒服1人いけるか?」と問いかけてきた。

 当然ながらワタシの答えは「イエス」だ。

 なんか呼ばれる順番が、ペット(フェル)より後だとか、ワタシだけ語尾が疑問形だったとかは関係ない!

 相手はラーナ殿を狙う痴れ者たち。
 黒い服に身を包み、悪人のごとき言動と立ち振る舞い。

 またその醸し出す雰囲気にたがわぬ実力。

 間違いなく強敵だ。

 クレイ殿はこいつらの作戦に苦戦している。
 だからこそ、ワタシに直々に指名が入ったんだ。

 くっ……

 とにかく剣を抜かないと……

 だがワタシの相棒は鞘の中でガチャガチャと音を立てる一方で、一向にその刀身を現してくれない。

 「エトラシアさん」

 くっ……また心臓の鼓動が大きなっていく。なぜだ!
 は、はやく参戦せねば……

 「エトラシアさん!」

 「う、うわ! 急に大声出さないでくれラーナ殿。それに護衛対象がこんな前に出てきてはいけない」
 「いや、前って言うか。私たちの位置は一向にかわってないですけどね。じゃなくて、はいこれ」

 「ん……ポーションではないか?」

 「クレイさんに頼まれてたんです。エトラシアさんがアワアワしてたら、この2本目を渡してくれって」
 「そ、そうなのか。クレイ殿が……」

 「いつものより濃いめだそうですよ」

 「―――わかった」

 ワタシは速攻でポーションを喉に流し込む。

 すぅ~~と息を吸う。


 「――――――ふぅ」


 優しい気分になるな。このポーションは。
 バクバク跳ねていた私の心音が、ゆったりとした音に戻っていく。

 「もう大丈夫だ。ラーナ殿」

 「エトラシアさん……ごめんなさい。私のせいでみんなを危険な目に合わせて……」

 ボソッと呟いたラーナ殿。
 さっきまではいつもの口調だったが……そうか。

 ワタシはなにをやっているんだ。

 いま一番怖くて怯えているのは、ラーナ殿ではないか。
 なのにワタシは自分のことで頭がいっぱいだ。

 「ラーナ殿。謝る必要はない。今度はワタシが助けになる番だ」

 鞘をつかむ手に力が入る。

 相棒の剣を抜き放ち、一番近くにいた黒服の1人に言い放つ。


 「――――――貴様の相手はワタシだ!!」


 ワタシの言葉にわずかに視線をずらした黒服。
 まるで値踏みしているのかのような視線。

 抜いた剣の刃先が震えている。

 だ、大丈夫だ。
 クレイ殿のポーションを飲んだのだから。

 「はぁ~~!」

 ワタシは気合の一声とともに、前に飛びだした。
 クレイ殿に無駄に跳ぶなと言われていたのを思い出し、地に足をつけて駆ける。

 あ、なんかいい感じに走れているかも。

 心の焦りも普段よりは少ない気がする。

 このまま走り抜けざまに剣を振りぬいて―――!?

 って、いない!

 ワタシが走りぬことうとした先には黒服はいなかった。

 かわりに、横からすごい風切り音が迫ってくる。

 「うわっ―――っ!」

 いつの間にか敵が横から斬撃を放っていた。
 ワタシは無我夢中で斬撃を受け止める。

 剣を握る柄に、強烈な振動が走った。

 何だ……全然見なかった……

 「むっ、いまのを片手で止めるか……ただのザコではなさそうだ」

 何が起こったのかまったくわからいが、敵の注意をこちらにひけたようだ。

 「そ、そうだ! 貴様の相手はワタシだと言っただろう!」

 ワタシがそう言い終わる前に、黒服から次の斬撃が放たれる。

 「勘違いするなよ。ザコではないが、おまえごとき片手間でじゅうぶんだ。
 ――――――身体能力減少(フィジカルアビリティダウン)!」

 なっ! ワタシに攻撃しつつ、クレイ殿にデバフ魔法を……!!

 クソ!

 さらに追加の斬撃がくる!

 ダメだ! なんとか攻撃を防ぐので手がいっぱいだ。

 やっぱりダメなのか……

 抜け出せない病気から奇跡の回復をして、毎日筋トレと剣の素振りばかりして。

 たしかに以前クレイ殿から頑丈さを褒めてもらったことはある。

 だが、今求められるのは騎士としての強さ。この危機を脱する強さ。

 やっぱり無意味だったのか……

 実力差が歴然ではないか。
 クレイ殿は凄いな。こんなすご腕5人を相手にするなんて。

 だが……
 もう一度自身の心を問いただす。本当に無意味だったのか?

 ワタシの役目は1人でいいから、黒服の注意を逸らすことだ。
 そうすればクレイ殿の負担が減るし、それがラーナ殿を助けることに繋がる。

 せめてクレイ殿への攻撃をやめさせないと!

 ワタシも成長しているはずなんだ。

 「うぉおおおお!!」
 「くっ……なんだこいつ!」

 ワタシは敵の斬撃を受け止めたと同時に、渾身の力を振り絞って相手の体にしがみつく。

 「な、なんだこの馬鹿力は……!?」

 「―――クレイ殿! こつはワタシが身を挺して足止めしてみせるぞ!」

 ワタシは空気が震えるほど大きな声で、戦場全体に自分の意思を叫んだ。


 「エトラシアぁあああ!」


 「く、クレイ殿?」

 クレイ殿がこたえた。黒服たちと激しい戦闘中だというのに。

 「足止めだとぉ! 剣を正眼にかまえろ! 深呼吸しろ! 何も考えるな!
 ―――――――――思いっきり振ってみろぉ!!」

 クレイ殿の言葉を聞いて、黒服を掴んでいた手を離す。

 「クソ、この馬鹿力女騎士が。魔力はすべてやつに使う予定だったが、仕方ない」

 敵が詠唱を開始する。

 ワタシはこの間に深く息を吸い込み、剣を敵の真正面に構えた。

 「――――――身体能力上昇(フィジカルアビリティアップ)!」

 黒服は自身に強化魔法をかけたようだ。

 「ククっ……まずは女騎士、おまえから始末してやる」

 その言葉に先程までの怖さや迫力がいまいち感じられなかった。
 クレイ殿の言う通りに、頭を空っぽにしたからかもしれない。

 剣先も震えていない。

 剣を上段に振り上げる。

 「ど素人がぁ! 隙だらけだぞ!」

 黒服が何やら言いながら迫ってくるようだが、関係ない。

 今までで一番いい気分だ。

 ―――いくぞぉおおお!


 「はぁあああ~~~~!!」


 ワタシは無心で剣を振りおろした。

 ブオン!!という今まで聞いたことのない風切り音が鳴る。

 そして、剣と剣が交差する音が後から聞こえてきた。

 「…………!?」

 どうなった? 

 すくなくとも、ワタシは斬られていないようだぞ……?

 というか黒服はどこにいる!? またワタシの横に高速移動したのか? それとも別の攻撃を仕掛けてくるのか?

 違った……


 「ばかなぁ……強化されたおれの攻撃もろとも一撃で……ありえん……」


 少し離れた場所に剣を持つ右手を抑えながら、苦悶の表情を浮かべる黒服。

 なんであんなところにいるんだ??

 「よし、良くやった! それがおまえの斬撃だ、エトラシア!」


 え? え? ワタシの一撃??


 ワタシの攻撃で、黒服が吹っ飛んだのか。

 「ほらな、鍛錬は無駄じゃなかったろ! 
 足止めなんてせこい事言うな。騎士の力を見せてやれ!」

 そ、そうか。ワタシのやってきたことは無駄ではなかったんだな。
 クレイ殿はまらワタシを認めてくれたんだ。


 「ああクレイ殿! こいつはワタシに任せておけ!」


 ワタシは剣を正眼に構えた。