え? マジでどういうこと?

 俺の目の前で、子犬がキャンキャン鳴いている。

 「ふっふ~~解説しましょう。クレイさん」

 聖女ラーナがその大きな膨らみをブルンと震わせながら、自慢げに口を開いた。

 「これは~~フェルちゃんの魔法です!」

 「なに?」

 「フェルちゃんはその内包するかわいい魔力で、小さくかわいくなったのです!」

 うん、ちょっと良くわからない。

 「うわっ、見てくださいお姉さま! ちっちゃい前足で顔かこうとしてコテンって……!」
 「……っ! な、なんだこれは! きゃわいすぎるではないか!」
 「小さな尻尾ピコピコ振ってるです!」

 女子たちの興奮具合が半端ではない。
 その様子を見て確信を得たかのように、ラーナがズイっとドヤ顔を近づけてきた。

 「ふっふ~~どうですかクレイさん? このきゃわいさ。さすがに連れて帰りますよね」

 「え? そうか?」

 「ああ、フェルちゃんしまった! クレイさん、かわいいの感性置いてきた人だった~~」
 「な、なんだと! クレイ殿! フェルを見てなんとも思わないのか! それは何かの病気ではないのか!」
 「キャンキャン!」

 失礼な。どう思うかは人それぞれだろ。
 それに俺だってちょっとはかわいいと思ってるんだぞ。

 「あ、クレイさん。フェルちゃんまたキノコ生えてます」


 「――――――なんだとぉおお!!」


 キノコって、レア素材のスキンマッシュルームじゃないか!!

 「すげぇ……もしかしてフェルは定期的にキノコが生えるのか……」

 俺はフェルに生えたキノコをプチっと取ってみた。

 「ちっちぇけど、なんかかわいい」

 「そこで発動するんですか! クレイさんのかわいい!?」
 「やはり貴殿は変わっているな……」

 何を言っているんだ? 君らは素材のかわいさがわからんのか?

 「よし……まあなんだ。キノ……じゃないフェルもラーナに懐いているようだし連れていくか」

 じぃ~~~

 女子たちの目が一斉に俺の方に向いた。
 疑惑と呆れが混ざったかのような瞳をする美少女たち。

 「なんだその目は! 俺だってちゃんと世話はするぞ! 愛情もって毎朝キノコむしるんだ!」

 「じゃ、フェルちゃんうちで飼っていいんですね?」
 「そうだな。フェルもそれでいいんだよな?」

 「キャン!」

 「やた~~良かったねフェルちゃん!」

 こうして俺たちの仲間にペットが加わった。
 外見子犬の中身がフェンリルという、とんでもないペットだが。



 ◇◇◇



 さらに歩くこと数時間。

 「町まではあと半分ぐらいか」

 俺がひとり呟くと、ラーナが俺の袖を引っ張ってきた。

 「クレイさん、そろそろ」

 ああ、ポーションか。
 そういえば今朝は色々あって飲んでなかったな。

 俺はラーナとリタ。そしてユリカにポーションを手渡した。

 「く、クレイ殿。ワタシの分はないのか?」

 「え? だってエトラシアは常に飲む必要はないだろ」

 ラーナは失われる魔力量回復(頭痛回復も兼ねる)、リタは物質化、ユリカは重傷回復後の経過期間の為に飲んでいるんだ。

 だがエトラシアに作ったのは、定期的に飲むポーションではない。

 「【ポーション(女騎士鎮静)(エトラシアどうどう)】は、なにか重要な局面が起こった時に飲めばいい」

 「そ……そうか……」

 俺の言葉にガックリと肩を落として答える女騎士。

 今回の一件に対するポーション飲みまくりの報酬は、すでにしてもらったからな。
 無理に飲む必要はないんだが、エトラシアが俺の袖を掴んで離さない。

 「しょうがない。今回だけだぞ」

 「おお! クレイ殿、恩に着る!」

 ポーションを俺から受け取るなり、速攻で飲み干すエトラシア。顔が緩み切っている。
 まあ美味そうに飲んでくれるのは、作り手としても嬉しいけどな。

 「キャンキャン!」

 今度はなんだ?

 フェルが俺の周りをくるくる走り回って、正面に鎮座した。ちろっと舌を出してる。

 「クレイさん、フェルちゃんもポーション欲しいみたいですよ」

 おまえもかよ……

 「フェルのポーションといっても、おできはもうないんだろ?」
 「キャン!」
 「てことは、【ポーション(静寂の吐息)(リラックスブレス)】が欲しいのか?」
 「キャキャン!」

 ポーションのフタを開けると、フェルは器用に瓶をくわえて飲み干した。
 上機嫌になったのか、フェルはおれの足にその小さな体をスリスリ擦り付けてくる。

 あれ? ちょっと待てよ。もしかして俺、フェルと会話してた?

 「ふふ~~クレイさん、フェルちゃんと心通じ合えたようですね」

 ラーナがニヤっと俺の方に視線を向けてきた。

 そうか、俺も多少ではあるが会話できるようになったのか。
 前世でもペットなんて飼ったことなかったが。なるほど、悪くはないな。

 「フェル、キノコをたくさん生やすんだぞ」
 「キャン?」
 「レア素材のスキンマッシュルームだ。それ以外のも生やせるならどんどんやってくれ」
 「キュ~~ン……」

 「おお、快く了解ということだな。うむ、フェル語わかってきたぞ」

 「全然違いますよ。クレイさん……」

 ラーナが呆れ顔してしている。

 どうやら違うらしい。フェル語ムズイな。

 「クレイ殿、ワタシはかつての屋敷で大型犬を飼っていたんだ。だからフェルの気持ちがわかるぞ」

 女騎士が、自信満々で胸を張る。

 「―――さあフェル、食後の運動だ! とってこい!」
 「キャンキャン!」

 エトラシアが何かを投げた。
 それをフェルが楽しそうに追いかける。

 「犬は木の棒が大好きなんだ。懐かしいな、昔は良くこうやって遊んだからな」

 へぇ~~これ実際に見るのは初めてだな。
 前世だったら、こんな光景は見れなかったかも。

 それはいいとして。

 その木の棒は、おまえの手にあるんだが……

 「あれ? 木の棒はまだここに……あああぁ! あれはワタシの剣じゃないか!」

 剣をくわえる子犬を追いかける女騎士。

 「わぁああ~返してくて~フェル!」

 剣を木の棒のごとく投げられる腕力は凄いと言えるな。

 「ふふ~エトラシアさんかわいい」
 「もう、お姉さまったら」
 「みんな仲良しです」

 そうだな、こういう緩いのもいいな。魔の森に入ってから緊張感ある場面が続いたし。
 のんびりしてるのが一番だしな。

 これでようやくポーション屋敷に帰れる。

 が、次の瞬間、緩くなった俺の気が一瞬にして張りつめた。


 ――――――!?


 この気配……!! 5人か……

 このまますんなり帰してはくれんようだ。

 「クレイさん……この人たち」
 「ああ、どうやらラーナを諦めきれないようだな」

 俺たちを黒服に身を包んだやつらが取り囲んでいた。