◇女騎士エトラシア視点◇


 オークの巣に足を踏みいれたワタシたち。
 恐らくここに妹のユリカがいる。

 ようやくたどり着いた。


 「ユリカ……どこだ! どこにいるんだ!」


 「エトラシア、気持ちは分かるがあまり大きな声を出すな。ボスは仕留めても他のオークがいるかもしれん」

 「あ、ああ……すまないクレイ殿」

 私の肩にそっと手をかけて、小声で話しかけるクレイ。
 彼は常に冷静だ。

 特に魔の森に入ってからは、全てにおいて的確な判断をしている。
 クレイ殿はたしか19歳のはず。17歳のワタシと2歳しか違わないというのに大きな差を感じる。

 元王子らしいがそれにしても落ち着いているし、自身のペースを常に保っている。

 ワタシもクレイ殿のようになりたかった。
 冷静さと判断力、そしてチームをまとめる能力を備えたリーダー。


 「みんな止まれ―――」


 クレイ殿がみなの前進を止める。

 「うっ……クレイ殿。これは……」
 「オークだな」

 私たちの目のまえに広がった光景は、血と肉片まみれのおぞましいもの。
 そこにはオークの死骸が散乱していた。

 「ひっ、ひぃいいん。クレイさん……」
 「ご、ご主人様……」

 ラーナ殿とリタ殿は死体に目を背けて、クレイ殿の手を掴んでいる。

 「な、なんだこれは? 共食いでもしたのだろうか?」
 「いや、オークは同種族を食べない。恐らくは反乱をおこしたんだろう。失敗におわったようだが」
 「反乱だと?」
 「ボスであるアイスオークに勝負を挑んだのだろう。あいつは特殊個体としてもかなり強かったからな、群れの独裁がすぎたのかもしれん」

 「そんなことがあるのか……」
 「強すぎる個体がリーダーとなると、獲物を痛めつける際に加減ができないことが多い。そうなると部下たちに獲物が回らなくなる。反乱の原因はこれが多いな」

 加減が出来ない……

 ワタシに嫌な予感が走る。

 「恐らくこの巣にはもうオークはいないだろう。急ぐぞ」
 「あ、ああ。クレイ殿」

 頼む! 無事でいてくれユリカ!

 だがワタシのその思いは無残にも打ち砕かれた。
 しばらく前進したワタシたちのまえに現れた大きめの空間。その冷たい地面に……


 「――――――ユリカ! ユリカぁああ!」


 遂に見つけたワタシの妹。

 だがその姿は目を背けたくなるようなものだった。

 体中があざだらけで、至る所に出血のあとがある。
 その綺麗な瞳は虚ろで、ワタシを見ているのかも分からない。

 「こんなの……ひ、ひどい……クレイさん」
 「か、可哀そすぎです、ご主人様」

 クレイ殿が妹の胸に耳をあて、さらに手の脈拍を計っている。

 「ユリカ! ユリカぁあ! ユリカぁああああ!」

 ワタシの問いかけに応えてくれ! お願いだ!

 「エトラシア落ち着け―――まだ息は」


 クレイがなにかワタシに声を掛けてるようだが……もうなにも聞こえない。



 なぜこんなことになってしまった……

 全部ワタシが悪い。ワタシの責任だ。

 父上と母上が事故死して、当家はワタシと妹だけが残された。
 初めは周りのみなも優しかったが、少しずつその雰囲気は変わっていく。

 ワタシがしっかりしていなかったから。

 なにが騎士になるための鍛錬だ。筋トレばかりして剣を振るばかり。そんなことをしても人をまとめることも、ひきつけることもできない。

 そしてある日、最悪の事態が起こった。
 もっとも信頼していた執事と我が家をサポートしてくれていた男爵が結託して、我が家を乗っ取ったのだ。

 ワタシと妹は……犯されそうになったが、命からがらなんとか逃げることができた。

 逃げたはいいが身体が頑丈だったワタシはともかく、大人しくて普通の女の子である妹に長旅はきつい。

 どこにも行くあてがなく、限界を感じたワタシはやむなくフロンドへ向かうことにした。あそこならば身を隠しつつ細々と2人で生きていけるだろうと。
 だが町へ向かう途中で、あのオークに襲われた。

 必死で抵抗したが、ワタシは吹っ飛ばされて木の上で気を失っていた。頑丈だけが取柄だったから死ななかったのだろう。
 しかし、妹はオークにさらわれてしまった。

 もう嫌だ……なんど間違えればいいんだワタシは。

 ワタシのせいで妹はこんな姿になってしまった。

 エリクサーさえあれば。

 あれば……救えるのに。

 エリクサー。幼少の頃、病気がちだったワタシの体を治してくれた奇跡の薬。
 父上と母上が苦労して手に入れてくれた奇跡の薬。

 エリクサーを飲んだから、ベッドから外の世界に出ることができた。
 エリクサーを飲んだから、ずっと鍛錬を続けられた。
 エリクサーを飲んだから、ワタシは安心して生きていけた。

 信頼する人から裏切られたワタシは、他人を信用できなくなっていた。

 でも、エリクサーは裏切らない。

 そのエリクサーは、ここにはない……

 腹を括ってこの巣に入ったはずなのに……ダメだ……おかしくなりそうだ。


 「うわぁ~~~ユリカぁああああ! クソぉおお! エリクサー! エリクサーさえあれば!!」


 ワタシの肩に誰かの手が触れた。

 「クレイか……」
 「なんて声を出してるんだ。妹の前だぞ」

 「だって……妹はもう……エリクサーはないんだ……」

 その男はワタシの目をまっすぐに見て口を開いた。


 「あのな、エリクサーなんかいらん」


 何を言っているんだ?

 「ど、どういうことだ」

 「妹は死んだわけではないだろう」

 「そ、そうだ! だが! だがぁああ!」

 「なら何も問題はない。ちょっと待ってろ、お前の妹は必ず助かる」

 だから何を言っているんだ?

 エリクサーはないんだぞ! どうやって助けるんだ! 最上位のヒーラーもいないんだぞ!
 こんなボロボロの妹を。もう今にもこと切れそうな妹を。

 ワタシはクレイが何を言っているのか理解できない。

 「エトラシア、俺を信じろ。俺はな―――ポーションにだけはウソはつかん」

 やはり何を言っているの分からない。

 でも……彼の目をみて、本気だということだけは分かった。
 アイスオークと戦っていた時よりも真剣な眼差し。


 ワタシは理解は出来なかったが、クレイを信じることにした。


 「わかった。クレイ殿――――――ユリカを救ってくれ」


 「ああ、まかせろ」