「ふぅ……終わりだ」

 俺は剣を鞘におさめて一息もらした。

 額の汗を拭い、【ポーション(体力回復)】をぐっと飲む。

 このポーションの組み合わせ、戦闘力に火属性を足して使い勝手はとても良いのだがやはり暑い。

 それと体力の消耗が激しいな。
 戦闘ポーション単体ですらかなりの体力を持っていかれるが、合成となるとその倍以上疲れる。
 しょーがないことではあるのだが、好き好んで使いたくはない。


 「ふぁ~~クレイさんってやっぱり凄い……」
 「ご主人様、火の剣カッコいいです!」

 ラーナたちがこちらに駆けつけて来た。
 みんな無事のようだな。良かった。

 「な、なんだ……あの剣は……!」

 女騎士は荒い息を整えながら、目を大きく見開いて俺を見つめている。

 どうしたんだこの子。それ以上開くと目玉が地面に落ちるぞ。

 「クレイ殿……あれはただの剣ではないな。いや、そもそも貴殿自身がただ者ではない!」

 ええぇ……単に剣に火をつけただけだけど……

 「く、クレイ殿……貴殿は伝説の騎士とかなのか?」

 「エトラシア、俺はそんな大層なもんじゃない。ただの追放されたモブ王子だよ」

 「だ、だが……あんな炎の剣など見たことが無いぞ! 魔法剣とも違うようだし! というか全身燃えてたし!」

 エトラシアは俺の手と鞘に収まった剣を見つめ、震えた声で続けた。

 「まるで……伝説の騎士そのものではないか! 炎を纏い、敵を焼き尽くすその姿……私は今、この目で英雄を見たのだな!」

 いや、モブですけど。

 たく、大げさなやつだな。

 「ただの剣だよ。ポーションを使ってちょっと派手になるだけさ」

 「そんなことができるのは伝説の騎士だけだ! これからは貴殿を【煉獄の炎帝】と呼ぶしかないな!」と、彼女は笑顔を浮かべながら言い放った。

 なんだそのイタそうな名前は……

 「いや、俺は単なるポーションオタクだよ」
 「む、むぅ……」

 エトラシアは俺の言葉に納得がいかない様子だが……

 単にポーションの効果だよ。
 俺は伝説の騎士なんかじゃない。今からそれが、よ~~~くわかるさ。


 「―――よし、3人ともしばらく向こうに行ってくれ」


 「ど、どうしたんだ? クレイ殿? もしかしてワタシの言葉が気に障ったかのか?」

 「エトラシアさん、全然違いますよ。クレイさんは今からある儀式をはじめます」
 「ラーナ殿? 儀式とはなんだ?」
 「ご主人様、儀式なんかしたことないです?」

 ラーナがそれとなく2人を俺から遠ざけてくれる。
 気の利く子じゃないか。恩に着るぜ。

 「ら、ラーナ殿。そんなにグイグイ押さなくても。本当になにをするんだ?」
 「ご主人様どこか具合悪いですか?」

 「しょうがないですね、2人にだけ教えますよ。クレイさんは戦闘ポーションを使用したあとにちょっとアレになるんです。具体的に言うと~~アキャの儀式ですね」

 おい、なんだその儀式名は。

 そんな情けない声は流石に出ないぞ、俺。


 「は~~い、だからみなさん~もうちょっと離れましょうね♪

 クレイさ~~~ん。もう大丈夫ですよ~~存分にアキャしてくださ~~い」


 だからそんなアホみたいな声は出ないって。

 ぐっ……きた……!

 今回は合成ポーションだから前よりもキツイ……
 お決まりの戦闘ポーション使用後の激痛が、俺の体を駆け巡り始めた。

 「……ぐぬっ!」

 それから数分間、俺の悶絶ショーは続いたのであった。

 ちなみに「アキャ」は…………言ってた……。



 ◇◇◇




 「すまなかったな。すぐにでも動きたいところだったが、こればかりはどうにもならん」

 「フフ~~クレイさんが頑張ってくれたあかしじゃないですか」
 「はいです。ご主人様お疲れ様です」

 「みんなの言う通りだ。クレイ殿のには助けられた」

 ということで、探索を開始する俺たち。
 時刻はちょうどおやつ時の3時を過ぎたあたり。
 あのオークは朝に妹をさらったあと、再び巣から出てきたのだろう。とすれば……

 「アイスオークは巣から出てそれほど経っていないはずだ。おそらくは近くに巣があるだろう」
 「そ、そうかクレイ殿。わかった―――」

 と言いながら、歩を速めるエトラシア。

 「焦る気持ちは分かるが、見落としのないように全体に視野を広げろ」

 うむと頷く女騎士。


 アイスオークを仕留めた俺たちは数時間周囲を探索し、小さな丘のふもとに来ていた。
 ふもとには洞窟の入り口がポッカリとあいている。

 「ようやく見つけたぞ」


 オークの巣だ。


 夕暮れの光が森の隙間から差し込んでいる。

 「エトラシア。心の準備はしておけよ」
 「ああ……クレイ殿」

 ここで安易に楽観的な事は言えない。

 エトラシアの妹がさらわれて、半日以上が経過している。

 オークが獲物を楽しむのは夜が多い。
 そういう意味では、まだ妹が無事である可能性はかなりある。

 ただし、オークはお楽しみのまえに獲物を痛めつける。
 獲物が逃げないようにするためだが、巣に持ち帰った時もあれば交配直前にすることもある。

 それに俺の言っていることは全て可能性の話で、実際どうなるかなんてオークの気分次第だ。
 俺が斬ったアイスオークが巣のボスだろうが、あいつがすでに手を出していたら……ただでは済まない。

 俺は一度だけ現場を見たことがある。
 完全に地獄絵図だ。その犠牲者が愛する妹だとしたら……

 残酷だが、心の準備だけはしておかなければならない。

 希望だけを胸に現実を見た時に、エトラシアの心が壊れてしまうかもしれないから。

 だから僅かでも軽減できるよう。たとえ無駄であったとしても俺はエトラシアに再度言う。

 「エトラシア。全てを背負い込むなよ。俺もいるからな」

 「ああ……クレイ殿。だが……妹は無事だよ」


 女騎士の瞳は強く輝いていた。そんな目もできるのか……


 「そうだな、おまえが言うなら無事だ」

 俺のおせっかいはいらんかったかもな。

 こいつはすでに腹を括っていたようだ。