「なんで魔の森に入りたいんだ?」

 俺は女騎士のエトラシアに問う。

 「……妹がオークにさらわれたんだ」

 なるほど、そういうことか。

 オークは雄の個体しかおらず、他種族と交配して子孫を残す魔物だ。
 獲物を巣に持ち帰り、孕ませる。

 基本的に交配に移る前に獲物を酷く痛めつける。抵抗させないためなんだが、これがさじ加減もわからず交配するまえに殺してしまうことが多々あるのだ。それほど脳の大きな生物では無く本能から動いていることもあり、オークの巣に連れていかれた時点で手遅れな事が多い。

 「さらわれたのはいつだ?」

 「今朝だ。森の付近を歩いていたらオークが現れて……」

 今朝か……今すぐ行けばあるいは……いや。

 「ワタシは殴られて気付いたら近くの茂みで気を失っていたんだ。でも……妹の姿はどこにもなくて」

 おいおい、オークの力は並の人間をはるかに凌駕するんだぞ。
 それでいて気絶程度で済むとは、殴られどころが良かったのか……それともこの女騎士自体が頑丈なのか。

 「都合のいいことを言っているのはわかる。だが貴殿の言うようにワタシが実力不足なのはたしかだ……だから一緒に来て欲しいんだ」

 「なにか勘違いしているようだが、ここはポーション屋だぞ?」

 「貴殿を男として見込んでいるんだ!」

 勝手に見込まれてもな……フロンドに来るからには訳ありなんだろうが、ここはそういう町だからな。
 それに、この女騎士が真実を言っているかもわからん。

 「か、金が足りないなら……だったら、そ、その報酬はワタシのからだ……とか」

 「体だと!」

 「うぉ……急に食いついてきたな。ああ……そ、そうだ」

 「なんでもありか!!」
 「え? あ、ああ……どんなプレイにも耐えて見せる――――――騎士として!」

 「たくさん飲む(ポーション)のもOKか?」
 「くっ……飲ませるのか……貴殿のやつを。しかも大量に……」
 「ああ、そうだな。しこたま飲んでもらう(試作ポーションを)」
 「くっ……外道め! だがこれもかわいい妹のためだ。甘んじて受けようではないか!」


 「ちょっと! 2人ともあきらかに話かみあってないですよ!?」


 ラーナが俺たちの会話に割って入り、プンプンしている。

 「変な会話しちゃメッ!ですからね! まったくもう~~」

 なにを怒ることがあるんだ? ポーション飲むだけなのにな。


 「ところで、エトラシアさんはなぜフロンドに来たんですか?」
 「父上も母上も事故で亡くなってしまってな」

 「そ、そうなんですね……」

 「ワタシと妹は、マスクスから逃げて来たんだ……領内で反乱がおこってしまって」

 なるほど、マスクス領主の娘か。一度だけ晩餐会かなにかで会った記憶があるような気があるな。

 「ワタシが不甲斐ないばかりに、父上から預かった領地を守り切れなかったんだ」

 領主が突然死に後継者であるエトラシアがまとめ切れなかったんだろう。
 まあ、よくある話ではあるな。


 「―――妹が最後の家族なんだ」


 拳を震わせながら、俯くエトラシア。

 家族か……俺にも父やたくさんの兄弟がいる。
 といっても濡れ衣きせて追放させるやつらだが。家族らしいのは妹たちぐらいか。
 いや、もはや俺には関係のないことだったな。

 だが……この子にとっての妹は―――


 ふぅ、しゃーないなぁ。


 「魔の森か……いい素材がありそうだな。ラーナ、午後は臨時休業だ」

 「く、クレイ殿……!?」

 「ふふ~~クレイさんそう言うと思って~もう閉店の看板を出してますよ~~」

 「いいのか? クレイ殿!」

 「ああ、魔の森にはいつかは入るつもりだったからな。丁度いい機会だ」

 「恩に着るクレイ殿! ありがとう!!」

 「ふふ~クレイさんは根はいい人ですよ。ちょっとひねくれているだけですから♪」
 「そ、そうか。ひねくれた変態というわけだな!」

 おい、誰が変態だ。

 「目的達成のあかつきには、おまえにはたっぷり飲んでもらうからな(ポーションを)」
 「くっ……目的はそれか……好きにするがいい」

 ポーション飲むのがそんなに嫌なのだろうか?
 くっころみたいなセリフをやたらと出すやつだな。

 さ~~て、やる以上は全力でやるとしよう。



 ◇◇◇



 店を閉めて、魔の森へと足を踏み入れた俺たち。

 メンツは、俺と女騎士のエトラシア、それにラーナとリタだ。
 ようするに全員。

 リタは泊りがけになった場合のテント設営などで活躍してくれそうだ。
 ラーナは……どうしてもついていくというので連れて来た。

 「わぁ~~い。聖女ぽいですぅ~~ありがとうリタちゃん!」
 「ラーナに喜んでもらってよかったです!」

 そのラーナは絶賛浮かれている最中だ。
 リタがみんなの専用武器を作ってくれていたのだ。

 ラーナが持っているのは聖杖だ。
 白い修道服に聖杖。たしかに聖女ぽい。っていうか一応聖女だろ? 自分でぽいって言うなよ。

 リタは、自分用にメイスを持っていた。大槌とでも言ったほうがいいだろうか。
 小さな体に似合わない大きめの武器だが、苦も無く肩にのせて歩いている。
 ドワーフは力持ちの種族だからか。でもぶちゃけゴーストなんだけどな。

 俺は新しい剣をもらった。
 さっき振ってみたが、軽いし強度も十分ある。

 リタは修繕リフォームも素晴らしいが、道具作りの才能もあるようだ。

 「エトラシアさんはその剣でいいんですか?」
 「ご主人様のスペア剣ならあるです!」

 「ラーナ殿、リタ殿、お気遣い感謝する。だが、こいつはワタシが騎士になった時からの相棒なんだ」

 そう言ってくたびれた鞘に収まった剣をポンポンと叩いてみせるエトラシア。

 「おっと、また鞘に雑草が絡みついいる。何度も引きちぎったんだが、しぶといやつだ」

 エトラシアが無造作に草を摘み取ってポイっと捨てようとするが……

 「むっ……エトラシア、それ見せてくれ!」

 俺はエトラシアからその雑草を受け取って、震えが止まらなくなった。


 「これ、超レア素材じゃねぇええか!!」


 「ええ、そうなのかクレイ殿。だだの雑草にしか見えないが?」

 何言ってやがる。

 「こいつは不滅草(ふめつそう)だぞ!」

 ちぎってもすぐに元に戻る驚異的な再生能力をもつ薬草だ。
 俺だって書物でしかみたことがない。

 「へぇ~~そんなにすごい草なんですね~」
 「そ、そうだったのか。すまん、ただの雑草だと思っていた」
 「ご主人様は物知りです!」

 ラーナといい、エトラシアといい。なんでこいつらはレア素材に恵まれているんだ?
 そういう星の元に生まれているのか。

 俺なんか魔物の森に入ったり、死の海に行ったりして必死で探していたのに。

 エトラシアからもらったレア素材をみながらそんなことを考えていると―――


 ―――むっ……きたな。


 「さて、おしゃべりの時間は終りだ。―――くるぞ!」


 「「「グルゥウウウウ!」」」


 茂みをわけて俺たちの前に飛び出してきたのは、ブラックウルフ数体だ。
 ブラックウルフはその名の通り狼型の魔物だ。噛みつきやひっかきといった攻撃をしてくる。
 単体ではそれほど強くないが、群れると想像以上に手こずる魔物である。

 さて、とりあえず実力を見せてもらうとするか。


 「エトラシア、剣を抜け―――女騎士Go!」


 「クレイ殿! Goってなんだ!」

 「軽くぶっ飛ばせって意味だ!――――――エトラシアGo!」

 「……えっ、ちょっと待て。そういうの聞いてないんだが……」

 「この程度の魔物におくれを取っていたら、とても妹は救えんぞ!」

 「わ、わかった! くっ……抜けん」

 剣の柄をもってなにやらガチャガチャしている女騎士。

 おいおい、ネタみせやっている場面じゃないぞ。マジで。


 「――――――抜けたっ!」


 力任せに抜いたエトラシアの剣が、彼女の手を離れて宙を舞う。

 「フっ、クレイ殿! いくらワタシが実戦不足とはいえ、流石にこんな犬コロどもなら余裕だ! あれ? ワタシの剣は??」

 そりゃ無いだろうよ。
 おまえの剣はブラックウルフのまえに落ちてるからな。

 「くっ……武器が奪われてもワタシの騎士道までは奪えんぞ!―――さあこい!!」

 なんか相撲みたいな構えをみせる女騎士。


 うわぁ……想像以上にポンコツだぁ……