「この店にエリクサーは置いてあるか?」

 俺の前に現れた女騎士。

 年齢は17~18歳ぐらいか。

 赤い髪が部屋に入る太陽の光を浴びて輝き、燃えるような赤い瞳が俺を見据える。
 鍛え抜かれたであろう身体は甲冑の下でも隠しきれず、均整の取れた曲線に出るとこは出ていいるボディライン。スカートとマントが僅かに揺れるさまはまさに麗しい女騎士って感じだ。

 ただし、鎧もマントも随分とくたびれていた。ところどころ破けているし。
 ここフロンドは訳アリが集まる町だ。だからそこまでおかしくもないが。

 「店主、聞いているのか?」

 俺が脳内で詮索していると、均等のとれた美顔が正面からグッと近づいてきた。

 おっと、あれこれ考えすぎたな。

 「エリクサーはないぞ」


 「そ、そうか……」


 凛々しい姿から一転、シュンとなる女騎士。

 「あ、ご新規さまですね~~いらっしゃませ~~」

 ラーナがこちらのやり取りに気付いてやってくる。

 「あれ、どうしたんですか? お目当てのポーションがなかったんですか?」

 「あ、ああ……」

 なんだろうか、この女騎士はエリクサー収集マニアなんだろうか。
 だが、佇まいこそ凛としているものの見た目はそんなに潤沢な資金を持っているようにも見えない。

 「知っていると思うがエリクサーは希少な最高級品だぞ。そんなポンポン売ってるわけがない。ここのポーションは通常ポーションだが品質はかなり良い。たいていのことはそれで事足りると思うが?」


 「いや……それじゃダメなんだ!」


 「エリクサーなんて見たこともないですよぉ? お客さんそんな凄いものをなぜ欲しいんですか?」
 「それは……ワタシは、魔の森に入らないといけないんだ」

 「まのもり? クレイさん知ってますか?」
 「たしかフロンドの北に広がる森だな。魔物がウヨウヨいるらしいぞ」

 「ふえぇ~ウヨウヨ! だから凄いポーション持っていきたいんですか?」
 「ああ、そうだ」
 「えっと……お客様のお名前は?」
 「エトラシアだ。見ての通り騎士だ」
 「エトラシアさんですね。私はラーナ! こちらはクレイさんですよ」

 エトラシアか……どっかで聞いたような気もするが。

 「でも~それなら誰かに同行を依頼したほうがいいんじゃないですか? 騎士さんとはいえ、1人じゃ危ないですよ」


 「それは……他人は……とくに男は信用できん……」


 スカートをキュッと握りしめ、なにかを思い出したかのように顔を歪める女騎士。

 「そ、そんな話はいいんだ! この店最高のポーションを出してくれ! 金ならここにある!」

 カウンターにドンっと置かれた薄汚れた革袋。

 「ふぇ! こ、これ金貨ですよ! こんな大金……」

 「体力即時完全回復のポーションとなると、オーダーメイドになるぞ」

 「お、オーダーメイド? 店主はこのポーションをどこかから仕入れているのではないのか?」

 「ふふ~ん、ここにあるポーションはすべてクレイさんが作ったものですよ」
 「こ、これだけの量を店主が作ったのか? な、なら最高のポーションもできるだろう!」

 「作ることはできるが、君は1人で魔の森に入るつもりなのか?」

 「そうだ、どうしても入らなけばならないんだ。今すぐにでも!」

 この女騎士はなにを焦っているんだ?

 ―――ちょっと試してみるか。

 俺は立ち上がり、伸びをしながら女騎士の背後にゆっくりと回りつつ言葉を紡ぐ。

 「1人で魔の森に入る実力はあるのか?」
 「む、無論だ! ワタシは騎士だぞ! 今まで毎日鍛錬を欠かさなかった日は無い……だから……」

 「騎士ってのは騎士学校でも卒業したのか? 鍛錬と実戦はまったくの別物だぞ?」

 この国は騎士学校なるものが存在する。正規ルートは学校卒業後にどこかの騎士団に所属するパターンだ。
 が、そうでないルートもある。たとえば貴族などは騎士の称号を金で買うことができる。あとは、学校に行かなくても騎士団に直接雇われる者もいる。これはある程度実力のあるやつだ。それから、勝手に騎士を名乗る奴もいるな。


 「が、学校は行っていない。だ、だが……その鍛錬はしっかりしていっ―――!?

 ――――――っ! 貴様! なにをする!」


 俺は女騎士の背後から金貨を投げたのだ。
 思いっきり殺気を込めて。

 金貨は女騎士の鎧に当たり、カーンと音を立てて地面に落ちた。

 「やめとけ、おまえじゃ森に入っても帰ってこれん」

 「―――なっ! 騎士たるワタシを侮辱する気か!」

 「ふぅ……あんな攻撃すら避けられんでどうする」
 「それはお前が卑劣な不意打ちを……!」

 魔物に卑劣もクソもあるか。
 今ので完全にわかった。この女騎士には危機察知能力が無さすぎる。

 素材探しの為に魔物の森や山に何回も入った俺だからわかる。
 これがない奴が、魔の森なんて入ったら確実に死ぬ。

 「俺は思いっきり殺気をこめて投げたぞ? すご腕なら俺が投げる前に反応するはずだが?」

 「そ、それは……!?」

 女騎士はそれ以上の言葉を続けられなかった。
 なぜなら彼女の首に俺の剣がピタリと止まっていたからだ。

 俺は彼女の真正面から抜刀して、首で寸止めした。

 「今度は卑劣じゃないぞ。言っておくが俺の剣は並の上程度だ。こんな奴は世の中ゴロゴロいる。俺におくれを取るようじゃ無理だな。悪い事は言わん、やめとけ」

 「くっ……」

 その場でガックリと項垂れる女騎士。

 「もう~~クレイさんやりすぎですよ! クレイさんは並じゃないですからね!」
 「ラーナ殿、そ、そうかなのか?」

 「ふふ~クレイさんはポーションの素材取りで、魔物ひしめく場所にしょっちゅう行っていたらしいですよ~」

 「そ、そうなのか! やはり只者ではないんだな!!」

 「女の子よりポーションの方が好きなんですよ~」
 「おお! オンナに興味のないすご腕の変態というわけか! そっち方面の変態ならば……」

 おい、だれが変態なんだ。

 「店主殿! いやクレイ殿! 貴殿をすご腕の変態と見込んで頼みがある!
 ――――――私と一緒に魔の森に入ってくれ!」


 いや、変態に頼み事するなよ。