「はぁ……はぁ……クレイさん、まだ歩くんですか?」
 「なにを言ってるんだ? まだ森に入ったばかりだぞ?」
 「ふへえぇぇ~もう無理ぃ……足がもげちゃうぅぅ……」
 「寝ぼけた声をだすな! ポーション作りの基本は一に歩き二に歩きと知れ!」

 「はいぃいい! 教官!」

 俺と女神はポーション素材採取のために、天界の森に入っていた。

 「あ、でも素材って、クレイさんのポーチに入ってるような気が……」
 「天界のことは天界のもので補う! 楽してポーションが出来ると思うな!」

 「はいぃいい! 教官!」

 まったく、この女神は文句ばかりだな。
 これは性根から叩きなおさないといけない。

 まあブツブツ言いつつも、必死に俺についてきているのでやる気はあるようだが。

 「ん? あれは?」

 前方に何かが視界に入ってきた。魔物か?

 「ふあぁ! 天界の神獣ですよクレイさん、ここはマズいです! たぶん神獣の縄張りですよ! 逃げましょう!」


 なにぃ? 獣ごときでポーション作りを諦めるだと?


 「元より素材探しに危険はつきものだ!―――女神Go!」

 「なんですか~~Goって!!」

 「速やかに障害を排除せよって意味だ。―――女神Go!」

 「やだやだ~~」

 おいおい、なんの覚悟もなしにこの森に入ったのか。

 「ならばポーション作りは諦めるんだな。無理強いはしない、帰るぞ」


 「ううぅうう……やりますぅうう! やればいいんでしょ!」


 そして1時間後……


 「ぶひゃあ……な、なんとか。なりましたぁ……。力じゃ敵わないので、お菓子で釣りました~~今日は森に入ってもいいって。うぅ~あたしの大事な三時のおやつだったのにぃ……」

 「うむ、そうか」

 よし、考え方に柔軟性が出て来たぞ。
 俺たちは森で素材を取りたいだけだ。すべての魔物を駆逐する必要なんてない。
 女神のように餌付けするというのもひとつの方法だ。

 「私、頑張ってます?」

 唐突に女神が俺の顔を覗き込んできた。
 いや、相変わらずビビるぐらい綺麗な顔だな。

 「ああ、良くやってるよ。この調子だ」
 「ふぁ!? まだ歩くんですか?」
 「当然だ、素材があるであろう森に入ったばかりだぞ。これからが本番だ」

 ガックリと肩を落とす女神。

 まあここが頑張りどころだからな。根性を出してもらうしかない。

 「ううぅ……ラストエリクサーさえあれば……こんな目に合わないのにぃい」

 「―――ちょっと待て」

 「ひっ! きょ、教官殿! 決して楽したいわけではありませんでして……」
 「別に怒っているわけじゃないぞ。それよりも、伝説のエリクサーってやはり存在するのか?」

 「ええ、ありますよ」

 王城の禁書庫で文献をあさってた時に読んだが。

 「そっか~~実在するのか~~」
 「もちろんです。クレイさんのいる世界にも、神のエリクサーはあったはず。たぶんですが」


 おお、俺のいる世界にもあるのか!


 伝説のエリクサーとは、神々が作ったとされるエリクサーだ。
 エリクサー自体は人間の手によって作られたり。ダンジョンの宝箱に入っていたりする。
 希少価値があり、市場に出るとけっこうな高値がつく。

 基本的に万能薬なのだが、エリクサーをもってしても治せない病はあるし、無限の力を与えるものでもない。

 ただし、市販のポーションに比べれば性能は段違いだが。

 俺は元王族だから、見たこともあるし飲んだこともある。
 王家ぐらいになると、緊急用にエリクサーを多少備蓄しているのだ。

 そして、伝説のエリクサーとはそんなものを超越した存在だ。

 俺も見たことはない。というか存在するかも怪しいと思ってた。

 「なんか嬉しそうですね。クレイさん」

 「ああ、伝説のエリクサーが実在するなんてワクワクするじゃないか。種類も色々あるのかな?」

 「ええ、バトルエリクサー、エターナルエリクサーなど私も全部は知りませんけどね」


 おおぉ……なんだよその興奮するワード。


 「そして、ラストエリクサーは神のエリクサーの頂点にたつ一品。あらゆる病を治し、死者をも蘇生し、いかなる力も復活させることができる。というものです」

 マジか、なんだよそのチートポーション。

 「やはり神が作ったのか?」

 「そうですね。でも作ってた神が誰だかわからないんですよね~1,000年まえあたりからあまり天界でも見かけなくなりました。おそらくは作っていた神が消滅したのでは、とか言われています。ラストエリクサーって呼ばれるようになったのもその頃からですね」

 「っていうかそんなエリクサーを、じいさまの耳に使おうとしてたのかよ……」

 「ふふ、その昔はけっこうありましたからね。おなか下した時とかに使ったりしてましたよ。もう数千年まえのおはなしですけどね」

 どんだけ贅沢な使い方するんだ……。いや、ここは天界だしな。しかも時間感覚のスケールも違いすぎる。
 供給が無くなってもそんな使い方をしていたから、現存しているものはほとんど無くなってしまったんだろうな。

 「俺たちの世界にもあるってのは、下界にも持って来たのかな?」
 「そうですね、主にはダンジョンの宝として入れたりとか。当時は市販ポーションみたいな感じで、軽く入れてたようですし」

 うわぁ、市販ポーション感覚かよ。それはそれで凄いな。

 「てことは、迷宮ダンジョンのどこかに」
 「そうですね。まだ残っているかもしれません」

 そっか~~あるかもか~~

 いっぱしのポーション作りとしては、一度でいいから拝んでみたいものだ。

 そして、俺のポーションもいつかは神のエリクサーを超えるものを。
 ま、これは夢だけどな。

 そんな妄想を浮かべていたら、女神が急にしゃがんだ。

 「あぁ! く、クレイさん……これ!」
 「おお、よくやった響き草だな」

 「はい、私やりました! 教官!」

 下界のものとほとんど同じだな。
 さて、これであらかた素材は揃ったな。

 「ふぁ~~疲れたぁ~~見つかって良かったぁ」

 「お疲れで満足感満載のところ悪いが……まだ素材が揃っただけだぞ?」


 「え、これで終りですよね? あとは教官がば~~っといい感じでポーション作ってくれるんですよね!ね!ね! ねぇえええええ!!」


 …………必死やな。


 ――――――だが断る!!

 そこから女神のポーション作りが始まった。

 「やり直し!」「ダメ!」「もっと配合に気を使え!」

 何度も何度もやりなおす。

 そして数時間後……

 天界でスポ根マンガみたいなことをしていたら、ようやく完成した。

 「むぅ……少し粗削りだが。合格っ!!」

 「わぁ~~ん、やっとできた~~」

 うむ。なんだかんだで根性みせたな。よくやった。

 「私さっそく、じじぃ……じゃない上位神さまのところに行ってきます~~」

 「ああ、成果のほどを試してこい!」
 「はい、教官! じゃあ~~ここでお別れです~いつでもどこにいても毎日見守ってますからね~~」

 いや、普通にストーカー行為はやめてくれ。


 だが、ストーカー苦情を言うまえに、俺は頭に痛みを感じてぼんやりとしていった。



 ◇◇◇



 目が覚める。知らない天井だ。

 いや、ちょっと見覚えのある天井か。

 そして俺の顔面に艶やかな太ももが。

 ラーナの足だった。これが俺の脳天に当たったのかよ……

 聖女は頭と足が逆になっている。そしてリタはなぜか俺の腹の上に乗っていた。
 2人とも寝相が凄いな。このままだといつか頭を割られて三度目の転生になたったりして。

 なんて冗談はさておき、取り敢えず起床した俺は庭に出る。

 もちろん朝一のラジオ体操をする為ではない。


 さあ―――いくぜぇ!


 「ファイヤボールぅううう!」
 「ウインドカッタぁあああ!」


 広い庭に俺の声がむなしく響いただけだった。

 ガラっと2階の寝室の窓があいて。ラーナが顔を出してきた。

 「朝からうるさいですよ~クレイさん。朝の発声練習とかですか? ああ~もしかして魔法ごっこですか~なつかしい~」

 「…………」

 けっきょく魔力はつけ忘れるんかい……


 安定のボケ力だ。さすが女神である。