「クレイ。おまえは王族の地位をはく奪のうえ、辺境領のフロンドへ行ってもらう」

 俺はクレイ、このグレイトス王国の第7王子(19歳)である。
 そして、目の前で俺に追放宣言したのが国王。つまり俺の親父殿だ。

 「ギャハハ、フロンド行きとは良かったなぁ。父上の寛大な処置に感謝するんだなぁ。本来なら打首ものだからなぁ」

 このニヤニヤと口角を上げて俺を見下しているのは、俺の兄である第2王子のカルビンだ。
 こいつが俺に国庫使い込みの濡れ衣を着せて、追放までお膳立てした。

 辺境領フロンド。魔物がウヨウヨいて、人が住んでいる地はわずかしないと言われている辺境かつド田舎領地。

 そんなところへ追放か。

 「はい、父上。仰せのままに」

 そう言うと俺はスッと玉座の間から退出した。

 はぁ~~やっと終わった~。

 玉座の間って昔から苦手なんだよね。
 なんか堅苦しいし。

 俺は王城の広い廊下を歩きながら、グッと大きく伸びをした。

 もう王族に未練はない。


 ―――なぜこんなことになったのか。


 ここは剣と魔法の異世界である。
 そして俺の前世は日本人だ。

 俺は日本のどこにでもいるサラリーマンで、けっこうブラックな会社のいわゆる社畜だった。
 毎日早朝から深夜まで働くだけの人生。

 たまの休みには、ちょっとした料理を作ってそれをつまみながら延々と好きなゲームをする。
 楽しみと言えばこれぐらいだった。

 だが、そんな日々も突然終わりを告げる。

 過労がたたって、道路で意識を失いトラックにひかれて死んでしまったのだ。



 ◇◇◇



 「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいぃい」


 目を覚ますと、俺の眼前で土下座平謝りする美しい女性がいた。この人は女神さまで、ここは天界とのこと。
 どうも俺は手違いで死んでしまったらしい。

 「書類を間違えちゃったんですぅうう~ゴミクソ極悪下劣野郎が自業自得で死ぬ予定だったのにぃ~~間違えてあなたをやっちゃいました~~」

 なんか凄いワードがいっぱい出てきた……

 女神さまが言っちゃいけないと思うんだが。

 にしても。

 やられちゃったのか、俺。

 「あなたは、あのあとブラック会社から解放されて、バラ色のルンルン人生になる予定だったんですぅ~~」

 そうなん? 
 とてもそんな未来は予想できなかったけどな。

 「お詫びとして、あなたには異世界に転生して楽しい人生を送って頂きます。魔力が存在する世界なので、ありったけの魔力をつけときます。これで魔法無双するなりスローライフを送るなり出来ると思いますが、他に転生時の特典はなにかつけますか?」

 「え~っと。じゃあ、ポーションに関するスキルってありますか?」

 「ぽ、ポーション……え、それってスキルである必要性……もっとこう瞬間転移とか未来視とかわかりやすいチートスキルじゃなくていいんですか?」

 「あ、ですよね。俺、変な事言ってしまったな」

 「い、いえ! そんなことないです! ポーションもアリです! 全然アリです! ちょっと待っていてください! んんん~~~」

 なぜポーションなんて言葉が出たのか。

 それは―――

 俺は「RPGポーションクリエイト」というゲームが大好きだった。このゲームは様々なポーションを作って、その効果を他プレイヤーと競い合ったり交換したり、実際の提携RPGゲームでアイテム使用できたりと、知る人ぞ知るちょっとマニアックなゲームである。

 それがポーションが存在する異世界にいって、しかも本物のポーション作りができるとしたら。

 めちゃくちゃワクワクするじゃないか。

 少しばかり心を躍らせていると、なんか唸り声が聞こえてきた。


 「んんん~~~」


 女神さま?

 え?なに? そのポーズ。
 なんか我慢してるのか? あ、もしかして……

 「えっと、中断していいので我慢せずに行ってくださいね」

 さすがに見目麗しい女神に「さっさとトイレ行けよ」とは言えん。だが俺の言葉は十分伝わっただろう。

 「大丈夫です! いま出しますから!」


 ―――出すだとっ!? 


 ええぇ、天界だと文化の違いとかなのか! 普通のことなのか! いや文化の違いで片づけていいのか!!

 「ぷはぁ~~~」

 ああ……まじで出しやがった……

 と思ったら違った。

 女神さまの手元に書類がバサバサといっぱい出てきた。

 どうやらこれを出すために気張ってたらしい。
 紛らわしいポーズを取らないでくれ。


 「ふぅ……さぁ~~始めますよ~~!」


 女神さまが書類の束を猛烈な勢いでめくり始める。
 どうやら、俺の希望したスキルを探しているらしい。

 にしても、凄まじくアナログだな。
 WEB検索的なことできんのかいな。これじゃあ、今回の俺のように間違いが起こるのもなんとなくわかる。


 そして、待つこと小一時間。


 「ぜぇぜぇぜぇ……なんとか見つかりました」


 女神さまの眼球が真っ赤である。どんだけ書類に集中してたのだろうか。

 「【ポーション生成】【ポーション合成】というスキルがありまして……」

 おお! なんだそのワクワクの予感しかしないスキルは!!

 「そ、その、様々な素材からポーションを作ったり、ポーションとポーションを掛け合わせて新たなポーションをつくるみたいな……ど、どうでしょうか?」


 最高じゃないか! 俺はグッとサムズアップしてみせた。


 「良かった~~ふうぅ。では次は転生先ですね」

 「え? そんなことまで選べるのですか?」

 「はい、私の手違いが原因ですから! サービスマシマシでいかせてもらいます!」

 女神さまがその豊満な胸をブルンと揺らした。

 う~ん、どうしよっかなぁ~?

 俺は悩んだ末に王族を選んだ。なぜなら前世は社畜人生だったからだ。転生先でも社畜になるのは嫌だ。好きな事をしていたい。
 ならばある程度好き勝手しても、生活できる身分が欲しいと思った。

 ただし王族と言ってもそんなに目立たないポジション、第7王子あたりだ。
 俺の勝手な妄想になるけど、いてもいなくても良いぐらいのポジだが、まあ王族扱いはされる人。
 そう、モブ王族ならばいいのではないか。そう考えたのだ。


 「わかりました。探しましょう。んんん~~~」


 女神さまはふたたび唸り出した。

 あ、さっきの流れをもう一回やるのね。

 再び待つこと数時間。

 「はぁはぁはぁ……や、やっと見つかりました、だいななおうじ」

 ボロボロやん、女神さま。
 足元には書類がこれでもかというほど散乱している。

 俺が「第7王子」と言ったので、律儀にそこにこだわってくれたらしい。正直なところ、俺の求めるポジなら第5でも6でも8でもよかったんだが、目にがっつりクマができている女神さまにそんなことは言えなかった。

 「で、では幸多き人生を――――――私は陰ながら見守らせて頂きます!」

 こうして俺は異世界へ転生した。



 ◇◇◇



 第7王子として生まれた俺は順調に育ち、ある日魔法を使ってみることにした。
 魔法かぁ……ちょっとドキドキ。

 「ファイヤーボールぅう!」
 「ウインドカッタぁあ!!」

 俺の声がむなしく響いただけだった。

 女神さまは俺に魔力を与えることを忘れていたのである。


 ……女神さまぁぁ。


 まあでも、あんだけ頑張ってくれたし。俺は見事に第七王子という王位継承にかすりもしないモブ王族ポジションに生まれることができた。

 当初は魔力なしで大丈夫なのだろうか……と不安もあったが。

 そんな不安はすぐに吹き飛んだ。
 なぜならポーション作りはとても楽しかったからだ。

 女神さまから与えられたスキルは俺にとって最高の贈り物だった。

 ということで、好きなポーションを作りまくりの日々が続く。
 しかも働かなくてもご飯が出る、寝るところもある。
 王族としての剣や座学の教育はあったが、それはきっちり受けるようにした。はじめから完全ニートだとそれはそれで目立つからな。それに教育もそこそこ面白い。

 これ全然ありじゃないか! 


 こうして俺は、自由気ままにポーションライフを楽しんだ。

 ところが……

 兄たちには特に絡みも無く、危険視もされておらず、最高のモブムーブしていたのだが何故か妹たちに懐かれてしまった。

 もちろん超かわいい妹たちだ。懐いてくれる分には俺も嬉しかった。
 普段は人を入れない俺のポーション工房に入れたり、体調を崩したときは最適のポーションを作ったり、さらに色々と便利なポーションを試飲してもらったり。

 ポーション作りはとても楽しいのだが、作ったあとにどうしても効能のほどを見たくなってしまうのだ。

 これがいけなかった。

 初めは妹たちだけだったが、彼女のうしろに立つ護衛騎士に色々試してしまった。

 その騎士たちが感動してしまい……
 良質な回復ポーションが、兵士たちに広まってしまい。
 さらに水虫用ポーションが兵士たちに爆受けしてしまい。

 そして妹たちが俺の名を勝手に広めてしまった。

 俺はモブムーブとは言えない状態になりつつあった。

 さらに悪い事は続き、第一王子の王位継承間違いなしだった優秀な長兄が、演習中に落馬して死んでしまった。

 次の王位継承者は第二王子のカルビンなのだが、こいつがぶっちゃけクソだった。
 性格がいびつで、他者を攻撃することによって自分を上げるという、なんともはた迷惑な性格の持ち主だったのだ。

 モブだったはずの俺が、ジワジワ注目されはじめたのが気にくわなかったのか、はたまた頭角を現してきたとかあり得ない勘違いしたのだろうか。
 脅威でもなんでもない俺を凄まじく妬んで、国庫の使い込みという濡れ衣をきせてきたのだ。

 たしかに素材を多少は買ってたけど、王族の与えられた金額の範疇だった。
 だが、第二王子の兄は素材を提供していた商会からなにから、俺との関わりのある人のほとんどを買収して俺を犯人に仕立て上げた。

 俺は懸命に身の潔白を訴えたが、一向に聞き入れられなかった。
 これまでモブに徹しすぎたがゆえに発言権のある味方がほとんどいない。
 妹である第8王女、第9王女、第10王女は俺の味方だったが、所詮は政権に関わる発言はできない娘たち。

 さらに兄は狡猾だった。
 俺が反論すれば、妹たちも共犯だったことにしようと画策してきたのだ。

 うわぁ……こいつだったらやりかねん。

 仮に兄の鼻を明かしたとしても、今度は俺が注目を浴びすぎてしまう。3男の第4王子はすでに病死している。ってことはその次の男子は俺になっちゃう。国王なんて責任重大な超ブラック職業だぞ。そんなん絶対に嫌だ。

 それにかわいい妹たちを巻き込む訳にもいかん。


 あ~~もう疲れた……


 なんか色々やっても、疲れる結末しか見えない。

 ってことで。俺は追放されることにした。
 モブ王族好きな事しまくり計画は潰えてしまったが、切り替えよう。


 俺は決めたぞ、辺境の地で今度こそ好きなことだけして暮らす。


 そう、好きなポーションを自由気ままに作って、スローライフをしてやる。

 そう思い、馬車に乗りこんだら兄が来た。

 「おい、なにやってんだ?」
 「はい? だから辺境の地に行くんですよ?」
 「んなこたぁわかっている! てめぇはもう王族じゃないんだよぉ~王族の馬車は使えないんだよぉ~」

 ああ、そういうことか。

 俺は馬車から降りて、徒歩で王城を出た。

 辺境まで歩いて行けということらしい。
 たぶん兄の独断だろうが、まあいいや。

 ゆっくりいこう。


 これが第二のポーションライフの始まりだと思えば、俺にとってこの歩みもそれほど苦しいものでは無かった。