目を開けたとき、真白は山の斜面に横たわっていた。救助隊のライトが揺れ、毛布の匂いがした。警察は「夜の山で道に迷ったのだろう」と言い、病院のカルテには〈遭難〉と記された。
 遊園地は地図にある。検索すれば広告も出る。けれど、あの夜の行方不明者の記録はどこにもない。蓮の名前も、八乙女凛音の名前も照合できないと言われた。

 ポケットにはひとつだけ、現実の重みが残っていた。小さな額に収められた、観覧車のゴンドラで頬を寄せ合う二人の写真。日付も位置情報も記されていない。指先でなぞると、青い輪の反射がかすかに見えた。――確かに、ここにいた。



 数日後、真白は凛音の妹・優璃に会った。玄関で立ったまま、彼女は子どものように泣き続けていた。理由も順番もなく、ただ涙だけがとめどなく落ちる。真白は何も言えず、額の写真を胸に抱いた。
「届いたんだね、凛音さん」

 春が来て、真白は編集部の仕事につけた。校正紙のインクの匂い、納品日の赤ペン、月末の静けさ。
夜になると、机の前に座る。ノートPCの無地のファイルに、タイトルを打ち込む。

 ――《笑わない遊園地》。

 書くたびに、指が止まる。最後のアトラクションは、見つけられなかった。花火の順番、英語の頭文字、マスコットのずれたヒント、あの一本の白い通路。糸は手の中にあるのに、結び目だけが視界の端へ逃げていく。
 それでも、記す。誰も覚えていなくても、物語は残る。残れば、いつか届く。

 写真立てを手の届く場所に置く。ガラスの向こうで、蓮は少し照れて笑っている。真白は声に出さずに呟いた。

「私は忘れない。だから――」

 画面のカーソルが明滅する。最後の段落に、ゆっくりと言葉を置く。

『もし、この話を読んだあなたが、最後のアトラクションを解き明かせるのなら。どうか、解いてください。それだけが今の私の願いです――。』

 真白は上書き保存を押した。窓の外の空は黒く、花火の気配はもうない。それでも耳の奥で、あの声だけが小さく揺れる――

「ようこそ、遊びの国」。

 彼女は小さな額を両手で包み、目を閉じた――。