その場所に、行かないでください。

【映像:湖畔の駐車スペース。車のライトは落とされ、スマホ用ライトで二人の顔だけが浮かんでいる。背後には黒い湖面が広がり、隔てるように柵が走っている】

コウ「……みなさんこんばんは。境界線ラボです」

アキ「こんばんは……えっ、後ろ、真っ暗すぎてやばいっすよ」

【コメント:暗すぎwww/声震えてるぞ】

コウ「えーと。ドライブ中は録画で記録してました。その動画は改めて公開します。さぁ! いまからが本番、生配信スタートです」

アキ「……いや、本番とか言わないでほしい。俺、ガチで怖いんで」

【二人が苦笑する】

コウ「……でも、まずは改めて報告しないとですね。チャンネル登録者数、ついに……?」

アキ「……100万人っす!!」

【コメント:おめでとう/すげえ/泣いた】

アキ「いやマジでありがとうございます……でも、こんな真っ暗なダムで言うことじゃないっすよね」

コウ「まあ、そうですね。……でも、とりあえず無事に帰って、改めてみんなで乾杯しましょう」

アキ「だから! そのフラグやめろって……」

【小さく笑いが起きるが、すぐに沈黙。背後から風が吹き抜け、マイクにノイズが走る】

コウ「では改めて。ここは●●県境にある●●ダムです。あまり知られてない場所ですが、1960年代……日本の高度経済成長期。建築ラッシュの時期ですね。日本各地でも、多くのダムが建築されてます。有名な黒部ダムとかも同時期ですね。この●●ダムですが……完成時に、沈められた集落があるという噂が残っています。中には立ち退きを拒んだ住民もいたとか……」

アキ「強行して沈められたって、ほんとエグいっすよね……」

コウ「公的には否定されています。当時の証言で、最後まで抵抗した住民がいると語る人もいました。
真実はわかりません。ですが、地元の方から湖底に灯りが見えた。という証言が複数あるんですよ」

アキ「それって、沈められたって……こと?」

コウ「もし事実だとしたら、彷徨ってる何かがいてもおかしくはないでしょう」

【アキは手に持つカメラで湖面をパンする。ライトの反射が揺れ、窓の灯りのようにも見える】

アキ「……ちょっと、今の。灯りっぽく見えません?」

コウ「たぶん反射だよ。波で光が揺れてるだけ」

アキ「……いやでも、ほら、四角く……えっ? 消えた?」

コウ「では、先に進みましょう」

【数秒間の沈黙。風の音に混じって、小さな声のようなノイズが入る】

アキ「……まって! 今、“うわっ”って声しましたよね」

コウ「……風だよ。アキ、今日ビビりすぎ」

アキ「いや、風じゃないって。はっきり聞こえたって」

コウ「(かぶせるように)気のせいだって」

【コメント:……私も、今聞こえた/マジで声した】

アキ「みんなも聞こえたよな? ほら、コメントでもきてる……」

コウ「(少し早口で)風がマイクに入ると、そう聞こえるんだよ」

【二人が柵の近くに移動する。足音がコツコツと響き、湖面の闇が迫る】

コウ「このダムには、もうひとつ有名な噂があります。白い車でこの場所に来ると、何かが起きる」

アキ「え? ……それ、いま言います?」

コウ「この場所を白い車で訪れると、必ず事故に遭う……。実際、過去に起きたブレーキ故障や転落事故を調べると、しっかり記録として新聞に載っていました」

アキ「だから俺ら、今日わざわざ白い車をレンタルしてきたの……!?」

コウ「そう。検証のためです。ただし本当に危険なので、安全を第一に。出発前に入念に点検もしてもらいました」

アキ「いや、もう十分危ないっすけどね」

【カメラに一瞬ノイズ。画面が静止し、コメント欄がざわつく】

アキ「……あれ、映像止まった……?」

コウ「電波かな……。あ、直った。見れてます? 大丈夫ですか?」

【背後をカメラが映す。水面に一瞬、白い点のような光が浮かび、すぐに消える】

アキ「コウ……今、なんか光……そこっ」

コウ「また反射したんでしょ?」

【コメント:いや、なんか浮遊してた気が/白い点見えた】

アキ「な? コメントも……映ったって」

コウ「(遮るように)次に行きましょう!」

【風が止まり、水音が消える。異様な静寂。二人の呼吸音だけが聞こえる】

アキ「……音、止まった?」

コウ「……うん」

【視線を交わす二人。しばし無言】

コウ「……次、行こうか」

アキ「えっ、まだ行くんですか!?」

コウ「そう! ダムに続く旧道に残された廃橋です。今からそこに向かいます」

アキ「……マジで行くの?」

コウ「行きます。……そして皆さんに見届けてもらいます」

アキ「いや、大丈夫かな……」

【映像は湖面をもう一度映し、暗闇にフェードする。コメント欄はざわついたままだった】