放送日:1995年8月14日
制作:某民放系列
[番組ナレーション]
「続いて向かったのは、●●地方の山間にある●●ダム。地元では“沈んだ集落”として知られ、夜ごと湖面から声が聞こえるという……」
[映像]
ダムの湖面を背景に、白い衣装を纏った有名霊能力者・●●●●(当時人気を博した女性霊能者)が佇む。
スタッフがカメラ越しに問いかける。
スタッフ「先生、ここはどうでしょうか?」
霊能力者「……この湖、静かに見えますけどね。すごく重たい“思念”が沈んでいます。誰かがまだ、この下で暮らしているように感じます」
[映像・テロップ]
水面にカメラが寄る。小さな波紋が広がり、「カエセ……」というようなノイズがマイクに入る。スタジオ観覧席からざわめき。
[番組ナレーション]
「湖底に取り残された“声”──それは一体、何を訴えているのか」
霊能力者「……一番気をつけなきゃいけないのは、あの旧道です。橋が途中で切れてますよね? あそこは“境界”なんです。こちら側と、向こう側を分ける。もしもあそこを越えてしまったら……戻れなくなりますよ」
[映像・テロップ]
霊能力者が橋の前で足を止め、目を閉じる。
突然、同行していた若手芸人が耳を押さえてしゃがみ込み、「子供の声が聞こえる!!」と叫ぶシーンでカット。
[番組ナレーション]
「お分かり頂けただろうか? この地で収録された心霊特番。未放送部分は数分に及び、いまも局の倉庫に眠っているという」
私はその動画についたコメントのひとつにゾクリとした。それがこれだ。
動画コメント(再アップロード動画より)
投稿者:S(50代・当時は地元中学生)
投稿日:2023/11/02
「この回、リアルタイムで観てました。当時は夏休みで、家族で夕飯のあとにみんなでテレビの前に座ってたのをよく覚えています。今みたいに動画で何度も見返せる時代じゃなかったから、ただただ“怖い”って印象しか残ってなかったんですが……今こうして見直すと、背筋が凍りました。
●●先生が『橋の向こうは戻れなくなる』と指差した場所、映像に一瞬だけ映り込む鉄骨の形、あれは間違いなく●●ダムの旧道の廃橋です。私は地元なので場所を知っているのですが、あの場所は工事のあとも何年か残されていて、子どもたちの間では“行ってはいけない橋”って呼ばれてました。夜になると橋の奥に灯りが見えるとか、声がするって噂がずっとありましたから。
番組では芸人さんが『子供の声が聞こえる』って叫んで終わってますよね? 放送されなかった部分で本当にトラブルがあったという話も耳にしたことがあります。収録の日、橋の手前でスタッフの機材車が動かなくなったとか……。これは近所の大人から聞いた話なんですけど、どこまで本当かわかりません。ただ、あの時の収録以来、あの橋に近づく人はほとんどいなくなったのは事実です。
“名前の消えた道”っていう呼び方も、実はここから広まったんじゃないかと私は思ってます。当時はそんな言葉はありませんでしたから。
若い方にはただの怖い映像にしか見えないかもしれませんが、地元の人間にとっては、これはただのテレビの演出以上のものなんです。正直、今でもあの道の手前を通るだけで嫌な感じがします。……どうか、興味本位で近づかないでほしい。あの場所は、もう“集落”じゃない。けれど、確かに“誰か”がまだいるんです。」
♢
「田中さん、この場所、なんか気になりません?」
コウが真剣な顔で呟いた。
「普通、心霊スポットって調べれば、まとめサイトとか●●チューブとか山ほど出てくるじゃないですか。なのに●●ダムって名前、検索してもほとんどヒットしないんすよ。地図も、途中で案内が切れるし」
アキも苦笑しながら続く。
確かにそうだった。私もその場で検索を試みた。まるで、誰かが意図的に「触れるな」と言わんばかりに情報が少ない場所だった。
「危なくないか……? ネタはいいが、身の安全を第一に考えろよ。数字より大事なものがある」
私は、彼らに釘を刺した。
「だからこそ、逆にいいんじゃないですか? 他の配信者も行ってない、情報もない。生配信にうってつけですよ」
アキは食べかけの唐揚げをつまみながら、軽く笑ってみせた。
「大丈夫っすよ田中さん。俺たち、これまでも何度もヤバいとこ潜ってきたじゃないですか……」
そう呟いたコウは、無言でグラスを握りしめていた。彼の目は、どこか遠くを見つめているようだった。
「……そういう慢心が一番怖いんだ」
「いやぁ、でも今回のは本気で神回っすから!まあ、俺はビビり役で頑張るだけっすけどね」
彼らの決意は固まっていた。しかし、コウが「……あの場所が、頭から離れないんですよ」と、ぽつりと呟く彼の横顔を、私は今でも忘れられない。
そして数日後、境界線ラボの公式アカウントは、次の告知を出した。
【境界線ラボ100万人記念・生配信予告】
挑戦するのは、未だ語られぬ最強の心霊スポット
かつて番組で紹介され、その後誰も触れなくなった禁断の場所──特定を避けるため場所は伏せます。
9月×日(土)夜22時、現地から完全生配信を行います。
みんな、いいねと拡散よろしくね!
※安全には十分配慮して撮影を行います。
♢
9月×日(土)
私はその日、深夜まで別件の編集作業に追われており、肝心の生配信をリアルタイムで視聴することができなかった。
翌朝、会社の机に突っ伏したまま目を覚ますと、仕事用アドレスに一通のメールが届いていた。件名を見た瞬間、胸の奥がざわめいた。
制作:某民放系列
[番組ナレーション]
「続いて向かったのは、●●地方の山間にある●●ダム。地元では“沈んだ集落”として知られ、夜ごと湖面から声が聞こえるという……」
[映像]
ダムの湖面を背景に、白い衣装を纏った有名霊能力者・●●●●(当時人気を博した女性霊能者)が佇む。
スタッフがカメラ越しに問いかける。
スタッフ「先生、ここはどうでしょうか?」
霊能力者「……この湖、静かに見えますけどね。すごく重たい“思念”が沈んでいます。誰かがまだ、この下で暮らしているように感じます」
[映像・テロップ]
水面にカメラが寄る。小さな波紋が広がり、「カエセ……」というようなノイズがマイクに入る。スタジオ観覧席からざわめき。
[番組ナレーション]
「湖底に取り残された“声”──それは一体、何を訴えているのか」
霊能力者「……一番気をつけなきゃいけないのは、あの旧道です。橋が途中で切れてますよね? あそこは“境界”なんです。こちら側と、向こう側を分ける。もしもあそこを越えてしまったら……戻れなくなりますよ」
[映像・テロップ]
霊能力者が橋の前で足を止め、目を閉じる。
突然、同行していた若手芸人が耳を押さえてしゃがみ込み、「子供の声が聞こえる!!」と叫ぶシーンでカット。
[番組ナレーション]
「お分かり頂けただろうか? この地で収録された心霊特番。未放送部分は数分に及び、いまも局の倉庫に眠っているという」
私はその動画についたコメントのひとつにゾクリとした。それがこれだ。
動画コメント(再アップロード動画より)
投稿者:S(50代・当時は地元中学生)
投稿日:2023/11/02
「この回、リアルタイムで観てました。当時は夏休みで、家族で夕飯のあとにみんなでテレビの前に座ってたのをよく覚えています。今みたいに動画で何度も見返せる時代じゃなかったから、ただただ“怖い”って印象しか残ってなかったんですが……今こうして見直すと、背筋が凍りました。
●●先生が『橋の向こうは戻れなくなる』と指差した場所、映像に一瞬だけ映り込む鉄骨の形、あれは間違いなく●●ダムの旧道の廃橋です。私は地元なので場所を知っているのですが、あの場所は工事のあとも何年か残されていて、子どもたちの間では“行ってはいけない橋”って呼ばれてました。夜になると橋の奥に灯りが見えるとか、声がするって噂がずっとありましたから。
番組では芸人さんが『子供の声が聞こえる』って叫んで終わってますよね? 放送されなかった部分で本当にトラブルがあったという話も耳にしたことがあります。収録の日、橋の手前でスタッフの機材車が動かなくなったとか……。これは近所の大人から聞いた話なんですけど、どこまで本当かわかりません。ただ、あの時の収録以来、あの橋に近づく人はほとんどいなくなったのは事実です。
“名前の消えた道”っていう呼び方も、実はここから広まったんじゃないかと私は思ってます。当時はそんな言葉はありませんでしたから。
若い方にはただの怖い映像にしか見えないかもしれませんが、地元の人間にとっては、これはただのテレビの演出以上のものなんです。正直、今でもあの道の手前を通るだけで嫌な感じがします。……どうか、興味本位で近づかないでほしい。あの場所は、もう“集落”じゃない。けれど、確かに“誰か”がまだいるんです。」
♢
「田中さん、この場所、なんか気になりません?」
コウが真剣な顔で呟いた。
「普通、心霊スポットって調べれば、まとめサイトとか●●チューブとか山ほど出てくるじゃないですか。なのに●●ダムって名前、検索してもほとんどヒットしないんすよ。地図も、途中で案内が切れるし」
アキも苦笑しながら続く。
確かにそうだった。私もその場で検索を試みた。まるで、誰かが意図的に「触れるな」と言わんばかりに情報が少ない場所だった。
「危なくないか……? ネタはいいが、身の安全を第一に考えろよ。数字より大事なものがある」
私は、彼らに釘を刺した。
「だからこそ、逆にいいんじゃないですか? 他の配信者も行ってない、情報もない。生配信にうってつけですよ」
アキは食べかけの唐揚げをつまみながら、軽く笑ってみせた。
「大丈夫っすよ田中さん。俺たち、これまでも何度もヤバいとこ潜ってきたじゃないですか……」
そう呟いたコウは、無言でグラスを握りしめていた。彼の目は、どこか遠くを見つめているようだった。
「……そういう慢心が一番怖いんだ」
「いやぁ、でも今回のは本気で神回っすから!まあ、俺はビビり役で頑張るだけっすけどね」
彼らの決意は固まっていた。しかし、コウが「……あの場所が、頭から離れないんですよ」と、ぽつりと呟く彼の横顔を、私は今でも忘れられない。
そして数日後、境界線ラボの公式アカウントは、次の告知を出した。
【境界線ラボ100万人記念・生配信予告】
挑戦するのは、未だ語られぬ最強の心霊スポット
かつて番組で紹介され、その後誰も触れなくなった禁断の場所──特定を避けるため場所は伏せます。
9月×日(土)夜22時、現地から完全生配信を行います。
みんな、いいねと拡散よろしくね!
※安全には十分配慮して撮影を行います。
♢
9月×日(土)
私はその日、深夜まで別件の編集作業に追われており、肝心の生配信をリアルタイムで視聴することができなかった。
翌朝、会社の机に突っ伏したまま目を覚ますと、仕事用アドレスに一通のメールが届いていた。件名を見た瞬間、胸の奥がざわめいた。



