【8話】
「そ、奏介……!」
被りものをしていたのでくぐもって聞こえたが、たしかに声は奏介だった。
僕は受付の席から、勢いよく立ち上がった。
すると、林くんを掴んでいた手を離した奏介は、僕を落ち着かせるように人差し指を口元に当て、静かにするようジェスチャーをしてきた。
僕は慌てて口元を手で覆い隠すと、辺りを見渡した。
「なんだ。来てたのか」
「ああ。暇だったからな」
「よく言うわ。停学処分なんて何十年ぶりだって、おまえんとこの担任が泡吹いてたぞ」
林くんも久々に奏介と会えたのが嬉しそうで、奏介の胸元を肘で小突いていた。
「ったく、心配かけさせやがって。しっかし、物部の落ち込み具合が半端じゃなかったんだからな。ボーっとして昼飯はこぼすわ、授業中は全く違う答え言い出すし」
「は、林くん!」
たしかにこの一週間、僕のポンコツっぷりはクラスのみんなが心配していた。
だが、奏介に知られるのが恥ずかしくて、僕は慌てふためいてしまう。
「そうだ、物部。俺と当番変わって。俺は今から受付。物部は呼び込みな。ほら、これ持って校内回るだけでいいから」
そう言って、林くんはダンボールで作られた看板を僕に押し付けるように渡すと、廊下にできた列の整備を始めた。
「はーい。一列になって、もっと詰めてくださーい。ほら、こんなこと物部にできないだろ。さっさと仕事してこい。戻ってきたら、優先的に乗せてやるから」
林くんは僕を追い払うように、手であっちに行けと合図してきた。
(林くん……)
優しい気遣いに僕は胸がいっぱいになり、受け取った看板を抱き締めるように抱えた。
「わかった! 行ってくる! ありがとう。よし、行こう。えっと……フランケンさん……?」
奏介は頷くと、僕は奏介と一緒に並んで歩き始めた。
「まさか、来るなんて思ってもみなかった。その……停学中に、これはまずいんじゃないのか?」
奏介に会えた喜びで忘れていたが、停学処分中に学園祭を回るのは問題ではないかと気付き、僕は心配になってしまう。
「まあ、俺もそう思ってたんだけど……。実は生活指導の近藤が連絡くれてさ。誰もいないうちに校内へ入って、これ被ればバレないだろうって。マスクまで貸してくれたんだぜ」
「近藤先生が?」
「ああ。なんか碧斗が後輩に言って回ったことが、近藤の耳に入ったらしくてさ。それで、高校最後の学園祭に参加しないのは可哀そうだって、どうやら思ってくれたみたいなんだ」
「う、嘘……」
(じゃあ、僕のしたことが少しは奏介の役に立ったってこと?)
僕は嬉しくて顔がニヤケそうになる。
すると、奏介は僕の頭を軽く撫でた。
「だからここにいるのは碧斗のおかげ。サンキューな」
「でも、元はと言えば停学は、僕を乗せるためにバイクで来たからで……」
「それは俺が勝手にやったことだろ? だから碧斗は気にする必要ない。それにあの日、碧斗を海に連れていけたことのほうが、俺にとって大事だったからな」
「奏介……」
気遣ってかけてくれている言葉だと分かっていても、僕は少し肩の荷が下りた。
「でもまあ、気にしてくれてるんなら……。あーあ、この格好だと視界が悪くて歩き辛いんだよなー。誰か傍にいて、サポートしてくれる人いないかなー」
わざとらしくチラチラとこちらを見る動きと、フランケンシュタインのマスク姿がミスマッチで、僕はつい笑みが零れてしまう。
「そんなの……僕しかいないだろ」
「ああ。そうだな」
奏介は鼻で笑うと僕の右手を握ろうとしたため、僕は右手を痛めていたことを思い出して慌てて避けた。
「ごめん、こっちの手はちょっと……」
ケガをしていると言いかけるが、奏介は僕の手を握ろうとしていた手で自分の頭を掻いた。
「わりぃ……嫌だよな。やっぱ、回るのも……」
(ああ、まただ)
「……ぶぁか!」
僕は勢いのまま大声で叫ぶと、廊下にいた人たちが一斉にこちらを振り返った。
「お、おい碧斗……」
「またそうやって勝手に解釈して! 僕がどんな気持ちでこの一週間……!」
「ま、待った! よ、よーし。すぐここに入ろう! なっ!」
「はーい! 二名様ごあんなーい」
奏介は僕の背中を押すと、奏介のクラスでやっていたお化け屋敷の中に連れ込まれた。
扉を閉められて目の前が真っ暗になると、僕は少し冷静さを取り戻したが、まだ怒りは収まらなかった。
「碧斗ー。頼むって。目立つなって、近藤に再三念押しされてんだからさー」
「ふんっ……」
僕はへそを曲げた子どものように、奏介から顔を逸らすと、教室の入口の扉がまた開けられた。
「はーい、そこのお二人さん。さっさと進んでくれないと後ろが詰まっちゃうよー」
「……」
「……ふんっ」
案内係の人に注意されて、僕は鼻息を荒くしたまま奏介の手を左手で握って引っ張った。
「仕方がない。行くぞ、奏介」
「お、おう……」
僕と奏介はとりあえず中に進んでいった。
教室の中は昼間にも関わらず、暗幕のおかげで真っ暗になっていて、目が慣れてきても中々歩きにくかった。
僕は奏介の手を握っていた手に力を込めた。
「右手、実はケガしてんだ。だから、奏介がさっき握ろうとしたから避けたんだ。逃げたわけじゃない」
「は? ケガ? ケガって何かあったのか?」
「奏介が僕の話を聞かずに屋上から出ていったからだよ。追いかけている途中で階段を踏み外して手を捻ったんだ」
「手? 足じゃなくてか?」
「そうだよ。何? なんか悪いか?」
僕は苛立ちを声に露わにして足を止めた。
「いや。碧斗らしいなーって。でも、痛かったよな。ごめんな、俺のせいでケガさせて」
握っていた手に、奏介から力が込められたのを感じた。
「そうだよ、反省しろ。何が『俺との学園祭なんてどうでもよかったんだ』だよ! ふざけんな! そんなはずないだろ! 僕がどれだけ楽しみにしていたか……」
「楽しみにしてたのか……?」
「当たり前だろ!」
「そっか……」
「……!」
奏介はまるで幸せを噛みしめるように呟いたため、僕は胸が潰されそうになる。
(ああ、もう……)
悲しくないのに、涙が溢れそうになる。
こんなのは初めてで、僕はどうしていいかわからなくなった。
「楽しもな、学園祭」
「……ああ」
「碧斗が作ったジェットコースター、すげぇ気になってたんだ」
「あれは最高傑作だ。きっと……」
「あのー……」
急に背後から声をかけられ、僕と奏介は驚いて同時に振り返った。
そこには白いシーツを頭から被ったお化け役が立っていた。
「楽しもうっていうなら……もう少し驚いてくれませんか?」
「あっ……」
そう言われて、僕は奏介と顔を見合わせて笑い合った。
いや、奏介は被り物をしているから本当は表情は見えないのだけれども、僕にはそう見えた。
僕と同じように、幸せそうに笑っていた。
「後夜祭、出なくていいのか? クラスのヤツらも待ってんじゃないのか?」
日も落ちて暗くなった校庭では、学園祭を締めくくる後夜祭の伝統行事、花火大会が行われようとしていた。
打ち上げ花火の他に手持ち花火も多数用意されている校庭では、全校生徒が始まるのを今かと待ちわびている。
そのため、校舎に残っているのは僕と奏介くらいだろう。
僕と奏介は明かりも点けずに、最上階にある空教室の窓際席で、前後に座りながら窓の外を見つめた。
「それをいうなら、奏介もだろ。明後日から復帰っていったって、みんな淋しがってるだろ」
「俺のことはいいんだよ。って、ここならコレ、脱いでもいいよな」
奏介はずっと律儀に被っていた、フランケンシュタインのマスクを脱いだ。
「ふー……すげぇ解放感」
(あ、奏介だ……)
何を当たり前なことを思いながら、僕は目の前にいる奏介の顔が新鮮に感じてしまう。
金色の髪に、耳にはいくつものピアス。
最初はヤンキーだと思って、勝手に素行も悪くて近づき難いって思っていたが、実際はそういうわけじゃない。
僕のことを助けてくれて、僕の見ている世界を次々に変えてくれた。
クラスメイトと話をするようになったのも、学園祭がこんなにも楽しいと思えたのも全て。
僕にとって奏介はやっぱり、かけがえのないヒーローだ。
「なに……笑ってんだよ」
「ん? 奏介がいて幸せだなっと思って」
「なっ!」
何気ない僕の言葉に、奏介は急に顔を赤らめさせた。
「はぁー……ほんと、碧斗には勝てねーわ」
奏介はそう言って、僕の頭に手を置くと優しく撫で始めた。
「ごめんな、屋上でのこと。停学はまぁまぁショックで動揺してたみたいだ。俺のことを好きな碧斗が、学園祭一緒に回るの、楽しみじゃないはずがないのになー」
揶揄うように僕の髪を搔き乱す手を、僕は掴んだ。
(俺のことを好きな碧斗がだって? そうだよ。わかってんなら……)
僕は掴んだ手を離さず、奏介の目を真っ直ぐ見つめた。
「楽しみだった。なのに、僕のせいで停学になって……こんなこと言える立場じゃないのに、すごく……悲しかった」
掴んでいた奏介の手を、僕は自分の口元に持っていった。
「奏介が好きだ……。だから、学園祭一緒に回れて本当に嬉しかった」
奏介の指先に、奏介がいつも僕にキスをしてくるときのように、そっと唇を添えた。
「えっ……あっ……ええっ!」
奏介は声を裏返しながら、慌てて僕から手を引っ込めるとその場で立ち上がった。
「なんだよ。僕が奏介を好きなことが、そんなにおかしいのか?」
「いや、そういうわけじゃ……。って、なんでこういうとき、急に男前になるんだよ……俺がカッコ悪いじゃねーか」
顔を両手で覆い隠した奏介は、天を仰いだ。
「だー、もうっ!」
すると、奏介は僕に近づいてくると、椅子に座ったままの僕を抱き締めた。
「好きだ」
「奏介……」
「碧斗がバイクに乗った俺を必死に追いかけてくれて、俺の顔を見たときの安心した顔で一目惚れした。後ろに乗せている間も、ずっとドキドキしてた!」
「それって、今みたいにか……?」
抱え込むように抱き締められているため、僕に奏介の心音がはっきりと伝わってくる。
僕と同じように、まるで走った後のように心臓の鼓動は跳ね上がっていた。
「お、お前……」
「僕も一緒だ」
奏介の手をとって、僕は心臓の上に手を当てさせた。
「僕も奏介のことを思うと、こうなるんだ。正直、初めてで分からないことだらけだが……」
僕はスッと立ち上がると、奏介を真っ直ぐ見つめた。
そして奏介に自分から唇を重ねた。
今度はちゃんと目を閉じて。
そのとき、窓の外から打ち上げ花火の上がる音が響き、薄暗かった教室を一瞬だけ色鮮やかに明るく照らした。
少し唇を離して、僕と奏介は見つめ合った。
そして、互いに笑い合った。
(ああ、なんて……)
幸せなんだろうと、心から思った瞬間だった。
「そ、奏介……!」
被りものをしていたのでくぐもって聞こえたが、たしかに声は奏介だった。
僕は受付の席から、勢いよく立ち上がった。
すると、林くんを掴んでいた手を離した奏介は、僕を落ち着かせるように人差し指を口元に当て、静かにするようジェスチャーをしてきた。
僕は慌てて口元を手で覆い隠すと、辺りを見渡した。
「なんだ。来てたのか」
「ああ。暇だったからな」
「よく言うわ。停学処分なんて何十年ぶりだって、おまえんとこの担任が泡吹いてたぞ」
林くんも久々に奏介と会えたのが嬉しそうで、奏介の胸元を肘で小突いていた。
「ったく、心配かけさせやがって。しっかし、物部の落ち込み具合が半端じゃなかったんだからな。ボーっとして昼飯はこぼすわ、授業中は全く違う答え言い出すし」
「は、林くん!」
たしかにこの一週間、僕のポンコツっぷりはクラスのみんなが心配していた。
だが、奏介に知られるのが恥ずかしくて、僕は慌てふためいてしまう。
「そうだ、物部。俺と当番変わって。俺は今から受付。物部は呼び込みな。ほら、これ持って校内回るだけでいいから」
そう言って、林くんはダンボールで作られた看板を僕に押し付けるように渡すと、廊下にできた列の整備を始めた。
「はーい。一列になって、もっと詰めてくださーい。ほら、こんなこと物部にできないだろ。さっさと仕事してこい。戻ってきたら、優先的に乗せてやるから」
林くんは僕を追い払うように、手であっちに行けと合図してきた。
(林くん……)
優しい気遣いに僕は胸がいっぱいになり、受け取った看板を抱き締めるように抱えた。
「わかった! 行ってくる! ありがとう。よし、行こう。えっと……フランケンさん……?」
奏介は頷くと、僕は奏介と一緒に並んで歩き始めた。
「まさか、来るなんて思ってもみなかった。その……停学中に、これはまずいんじゃないのか?」
奏介に会えた喜びで忘れていたが、停学処分中に学園祭を回るのは問題ではないかと気付き、僕は心配になってしまう。
「まあ、俺もそう思ってたんだけど……。実は生活指導の近藤が連絡くれてさ。誰もいないうちに校内へ入って、これ被ればバレないだろうって。マスクまで貸してくれたんだぜ」
「近藤先生が?」
「ああ。なんか碧斗が後輩に言って回ったことが、近藤の耳に入ったらしくてさ。それで、高校最後の学園祭に参加しないのは可哀そうだって、どうやら思ってくれたみたいなんだ」
「う、嘘……」
(じゃあ、僕のしたことが少しは奏介の役に立ったってこと?)
僕は嬉しくて顔がニヤケそうになる。
すると、奏介は僕の頭を軽く撫でた。
「だからここにいるのは碧斗のおかげ。サンキューな」
「でも、元はと言えば停学は、僕を乗せるためにバイクで来たからで……」
「それは俺が勝手にやったことだろ? だから碧斗は気にする必要ない。それにあの日、碧斗を海に連れていけたことのほうが、俺にとって大事だったからな」
「奏介……」
気遣ってかけてくれている言葉だと分かっていても、僕は少し肩の荷が下りた。
「でもまあ、気にしてくれてるんなら……。あーあ、この格好だと視界が悪くて歩き辛いんだよなー。誰か傍にいて、サポートしてくれる人いないかなー」
わざとらしくチラチラとこちらを見る動きと、フランケンシュタインのマスク姿がミスマッチで、僕はつい笑みが零れてしまう。
「そんなの……僕しかいないだろ」
「ああ。そうだな」
奏介は鼻で笑うと僕の右手を握ろうとしたため、僕は右手を痛めていたことを思い出して慌てて避けた。
「ごめん、こっちの手はちょっと……」
ケガをしていると言いかけるが、奏介は僕の手を握ろうとしていた手で自分の頭を掻いた。
「わりぃ……嫌だよな。やっぱ、回るのも……」
(ああ、まただ)
「……ぶぁか!」
僕は勢いのまま大声で叫ぶと、廊下にいた人たちが一斉にこちらを振り返った。
「お、おい碧斗……」
「またそうやって勝手に解釈して! 僕がどんな気持ちでこの一週間……!」
「ま、待った! よ、よーし。すぐここに入ろう! なっ!」
「はーい! 二名様ごあんなーい」
奏介は僕の背中を押すと、奏介のクラスでやっていたお化け屋敷の中に連れ込まれた。
扉を閉められて目の前が真っ暗になると、僕は少し冷静さを取り戻したが、まだ怒りは収まらなかった。
「碧斗ー。頼むって。目立つなって、近藤に再三念押しされてんだからさー」
「ふんっ……」
僕はへそを曲げた子どものように、奏介から顔を逸らすと、教室の入口の扉がまた開けられた。
「はーい、そこのお二人さん。さっさと進んでくれないと後ろが詰まっちゃうよー」
「……」
「……ふんっ」
案内係の人に注意されて、僕は鼻息を荒くしたまま奏介の手を左手で握って引っ張った。
「仕方がない。行くぞ、奏介」
「お、おう……」
僕と奏介はとりあえず中に進んでいった。
教室の中は昼間にも関わらず、暗幕のおかげで真っ暗になっていて、目が慣れてきても中々歩きにくかった。
僕は奏介の手を握っていた手に力を込めた。
「右手、実はケガしてんだ。だから、奏介がさっき握ろうとしたから避けたんだ。逃げたわけじゃない」
「は? ケガ? ケガって何かあったのか?」
「奏介が僕の話を聞かずに屋上から出ていったからだよ。追いかけている途中で階段を踏み外して手を捻ったんだ」
「手? 足じゃなくてか?」
「そうだよ。何? なんか悪いか?」
僕は苛立ちを声に露わにして足を止めた。
「いや。碧斗らしいなーって。でも、痛かったよな。ごめんな、俺のせいでケガさせて」
握っていた手に、奏介から力が込められたのを感じた。
「そうだよ、反省しろ。何が『俺との学園祭なんてどうでもよかったんだ』だよ! ふざけんな! そんなはずないだろ! 僕がどれだけ楽しみにしていたか……」
「楽しみにしてたのか……?」
「当たり前だろ!」
「そっか……」
「……!」
奏介はまるで幸せを噛みしめるように呟いたため、僕は胸が潰されそうになる。
(ああ、もう……)
悲しくないのに、涙が溢れそうになる。
こんなのは初めてで、僕はどうしていいかわからなくなった。
「楽しもな、学園祭」
「……ああ」
「碧斗が作ったジェットコースター、すげぇ気になってたんだ」
「あれは最高傑作だ。きっと……」
「あのー……」
急に背後から声をかけられ、僕と奏介は驚いて同時に振り返った。
そこには白いシーツを頭から被ったお化け役が立っていた。
「楽しもうっていうなら……もう少し驚いてくれませんか?」
「あっ……」
そう言われて、僕は奏介と顔を見合わせて笑い合った。
いや、奏介は被り物をしているから本当は表情は見えないのだけれども、僕にはそう見えた。
僕と同じように、幸せそうに笑っていた。
「後夜祭、出なくていいのか? クラスのヤツらも待ってんじゃないのか?」
日も落ちて暗くなった校庭では、学園祭を締めくくる後夜祭の伝統行事、花火大会が行われようとしていた。
打ち上げ花火の他に手持ち花火も多数用意されている校庭では、全校生徒が始まるのを今かと待ちわびている。
そのため、校舎に残っているのは僕と奏介くらいだろう。
僕と奏介は明かりも点けずに、最上階にある空教室の窓際席で、前後に座りながら窓の外を見つめた。
「それをいうなら、奏介もだろ。明後日から復帰っていったって、みんな淋しがってるだろ」
「俺のことはいいんだよ。って、ここならコレ、脱いでもいいよな」
奏介はずっと律儀に被っていた、フランケンシュタインのマスクを脱いだ。
「ふー……すげぇ解放感」
(あ、奏介だ……)
何を当たり前なことを思いながら、僕は目の前にいる奏介の顔が新鮮に感じてしまう。
金色の髪に、耳にはいくつものピアス。
最初はヤンキーだと思って、勝手に素行も悪くて近づき難いって思っていたが、実際はそういうわけじゃない。
僕のことを助けてくれて、僕の見ている世界を次々に変えてくれた。
クラスメイトと話をするようになったのも、学園祭がこんなにも楽しいと思えたのも全て。
僕にとって奏介はやっぱり、かけがえのないヒーローだ。
「なに……笑ってんだよ」
「ん? 奏介がいて幸せだなっと思って」
「なっ!」
何気ない僕の言葉に、奏介は急に顔を赤らめさせた。
「はぁー……ほんと、碧斗には勝てねーわ」
奏介はそう言って、僕の頭に手を置くと優しく撫で始めた。
「ごめんな、屋上でのこと。停学はまぁまぁショックで動揺してたみたいだ。俺のことを好きな碧斗が、学園祭一緒に回るの、楽しみじゃないはずがないのになー」
揶揄うように僕の髪を搔き乱す手を、僕は掴んだ。
(俺のことを好きな碧斗がだって? そうだよ。わかってんなら……)
僕は掴んだ手を離さず、奏介の目を真っ直ぐ見つめた。
「楽しみだった。なのに、僕のせいで停学になって……こんなこと言える立場じゃないのに、すごく……悲しかった」
掴んでいた奏介の手を、僕は自分の口元に持っていった。
「奏介が好きだ……。だから、学園祭一緒に回れて本当に嬉しかった」
奏介の指先に、奏介がいつも僕にキスをしてくるときのように、そっと唇を添えた。
「えっ……あっ……ええっ!」
奏介は声を裏返しながら、慌てて僕から手を引っ込めるとその場で立ち上がった。
「なんだよ。僕が奏介を好きなことが、そんなにおかしいのか?」
「いや、そういうわけじゃ……。って、なんでこういうとき、急に男前になるんだよ……俺がカッコ悪いじゃねーか」
顔を両手で覆い隠した奏介は、天を仰いだ。
「だー、もうっ!」
すると、奏介は僕に近づいてくると、椅子に座ったままの僕を抱き締めた。
「好きだ」
「奏介……」
「碧斗がバイクに乗った俺を必死に追いかけてくれて、俺の顔を見たときの安心した顔で一目惚れした。後ろに乗せている間も、ずっとドキドキしてた!」
「それって、今みたいにか……?」
抱え込むように抱き締められているため、僕に奏介の心音がはっきりと伝わってくる。
僕と同じように、まるで走った後のように心臓の鼓動は跳ね上がっていた。
「お、お前……」
「僕も一緒だ」
奏介の手をとって、僕は心臓の上に手を当てさせた。
「僕も奏介のことを思うと、こうなるんだ。正直、初めてで分からないことだらけだが……」
僕はスッと立ち上がると、奏介を真っ直ぐ見つめた。
そして奏介に自分から唇を重ねた。
今度はちゃんと目を閉じて。
そのとき、窓の外から打ち上げ花火の上がる音が響き、薄暗かった教室を一瞬だけ色鮮やかに明るく照らした。
少し唇を離して、僕と奏介は見つめ合った。
そして、互いに笑い合った。
(ああ、なんて……)
幸せなんだろうと、心から思った瞬間だった。

