「ふあぁあーー 腹一杯だーー」

 未だ賑わう砂浜に下り、海風に当たる。琉叶の予想通り、海の家は売る表品が無くなった事で早めの店じまいとなった。その後、角俣の叔父さん達が自分等を労う為、海の幸三昧の夕食を用意してくれたのだ。それを皆で堪能して、今から祭りを楽しむ所である。

(さっき御輿あったけど、もう終わったか。なら後は灯篭流しっと)

 初体験故に胸躍りつつ自分が体を伸ばしていると、背後から砂を踏みしめる音がし、振り向く。すると、視界には琉叶が軽く手を上げ、こちらに近づいてきたのだ。その直後角俣が彼を呼び止め、連れて行かれた先に婦人会のおばさん達の輪が有り、彼をそこに連れていったのだ。きっとお声がかかったのだろう。その輪を横目に、入れ違うように田沢が何かを持ってこちらにやってきた。

「お疲れ様、優」
「おう、田沢もお疲れ。どうにか乗り切ったな」
「まあね。でも流石に貴理は疲れてみたいで、今部屋で休んでる。橘はまだ何か食べてたわね。民宿の主人どんどん出して来るから。後これ、灯篭セット」
「サンキュー。俺これやってみたかったんだ」
「私も」

 彼女は青の灯篭セットを自分に渡そうとした時、紙を落としてしまったのだ。慌てて2人でしゃがむ。すると一瞬風が、強く吹き彼女の髪を軽くなびかせ、田沢は耳に髪を掛けた時、彼女が自分を見つめる。
「ねえ。優に、聞きたい事がるんだけど……」
「うん?」
「好きな人…… いたりする?」
「す、好きっ、い、いきなり言われてもっ。そ、そう言うのぶっちゃけよくわからないっていうか。実際その、私生活がバタバタしてるから、あまり考えた事なくてっ」
「そっか。じゃあ言い方返るね。気になる人はいる?」
「気になる人……」
「私は…… 優が気になる……」
 
 彼女がまっすぐな視線をこちろに向け続ける。自分はそんな田沢の姿を暫し見ると視線を反らす。

「そ、そっかっ、ははは、自分はそのっ」
「いいよ。そんな優にどうことしてほしいとは思ってないから、ただ私の気持ちを知ってほしかっただけ、だからっ」

 すると、自分達の背後から住川が田沢の名前を呼んでいる声が聞こえた。彼女はスクリと立ち上がる。

「じゃあ。私行くね。貴理探してるみたいだから」
「あ、ああ」

 そう言うと踵を返し彼女は住川の方へと向かう。自分はその姿をみつつ、ゆっくりと立ち上がり、灯篭セットを握り、人の居る浜辺をひたすら歩いた。その間ずっと、彼女の言葉と共に、ある事が自分の脳裏から離れない。

『気になる人はいる?』

 あの質問の時にすぐに浮かんだ顔が琉叶だったという事実。

(琉叶って自分にとって一体何なんだ……)

 自分の胸に訊きながらさ彷徨い歩くと、いつの間にか人気のない砂浜の端まで来てしまった。自分はそこに腰を下ろし、海を見つめる。薄雲に隠れた満月の光が朧気に海面に反射していた。その時だ。

「優斗」

 自分の名を呼び琉叶がこちらに近づいてきた。

「探した」
「わりーー それより、用事済んだのかよ」
「ああ。婦人部と話してきた」
「相変わらず、人気だな」
「でも善し悪しだな。俺的には、俺自身を理解してくれる人が一人いればい十分だから」

 そう言い彼は自分の隣に座る。その拍子に自分の胸が早くなり始め視界を足下に落とす。そんな事を知る由もない琉叶は自分の顔を覗き込んだ。

「な、何だよいきなりっ」
「どうした?」
「い、いや。その疲れっていうかさっ、琉叶って大変だっただろ? 日頃こういう事しないからさ」
「まあな。でも良い経験が出来たと思う」
「そ、そっか」

 すると、目線の先に広がる海面が様々な色に彩られている事に気づく。仄かな光が優しく光る光景はあまりにも綺麗で思わず目を奪われる。それに気づいた琉叶も振り向き見つめた。

「綺麗だな」
「すげーな。思ってた以上だわ。なあ俺等もやろうぜ。でも一基しかねーから取りにっ」
「いや、いい。ここから配布している場所までは遠い」
「でもっ」
「これを2人で作ればいいだろ? 願い事も見た感じ2人分は書けるスペースはあるようだし」
「わかった。じゃあ早速作りますか」
「その前に作ってから書くの大変だし、願い事書いたほうがいい」
「そうだな。で、琉叶は何て書くんだ」

 すると彼が優しく微笑みことらを見る。

「優斗の淹れたコーヒーをずっと飲めますように」

 照れる事無く彼はそう口にするも、自分は居た堪れなくなり、視線を反らす。

「そ、そうかよっ、本当、琉叶はコーヒー好きだなっ。うんーー じゃあ自分はっとっ、世界平和にするか」
「また壮大な願いだね」
「良いんだよっ」

 笑い合いながら互いに願い事を書き、灯篭を組み立てる。そしてゆっくりと波打際まで行くと、2人で持った灯篭を放つ。灯篭は青白い光を放ち、潮に乗り、多くの灯篭が集まる場所へと向かっていく。その光景をじっと琉叶の隣に立って暫く見つめていた。