祭りは思った以上に盛大だった。人も大勢押し掛け、海の家も客で満員御礼。そんな中自分は、食器を洗う場所に張り付いていた。勿論他の皆もフル回転で働き、休憩をとれている者はいない。自分も袖机に減る事のない汚れた食器と向き合いつつ、一回息を吐く。その時自分の横に人影を感じた。

「都築。お疲れ」

 両手の使用済みの食器を持ち、袖机に置いた千納時が声を掛けてきたのだ。彼もやはり疲労の色が見える中、隣の流し台で台ふきと手を洗う。

「お疲れーー 人の入りどう?」
「相変わらずだな。でもこの調子だと、店の在庫もだいぶ欠品しているし閉店が早まるかもな」
「マジでっ、それはそれで嬉しいだけどっ、なあ、千納時。終わったら祭り見て、そうそう灯篭やろうぜ!! でもまずお腹すいたから、皆で飯だな」
「ああ」

 食器を洗いつつ、話す自分に、千納時が再度名を呼び、彼の方を見る。

「な」

 何だよと言おうとした時、彼の思いの外近くに居ることに驚き、動作が止まる。と、同時に、千納時が自分の口に軽く押し込むと共に、彼の冷たい指が自分の唇に触れる。一瞬何が起きたかわからない中、口にレモンの味が広がっていく。

「塩レモンのタブレッド。小腹が空いて、俺もさっき食べた」

 彼はそう言い、笑みを浮かべ、仕事へと戻っていった。そんな彼の背中を暫し呆然と見つめると、我に返り再度食器を洗い始める。

(腹減ったっていったからだよなきっと。両手も塞がってたし)

 にしても、いきなり口に入れて来るとは思わなかった。しかも、彼の指が口に触れたのだ。あの唇にした冷たい感覚は幾たびも感じた事のある感覚なので間違いない。その直後顔が熱く、今になってとてつもなく鼓動が早くなっていた。ここ最近琉叶といると度々起こる現象に自問自答する。こんな些細な事で反応してしまう自分に対し、彼は動じてない現実。その現状に自分だけが変に反応してしまっている事が顔の火照りを加速させ恥ずかしさを覚える。

(皆と今顔を合わせる作業でなくて良かったーー)

 切に思う気落ちを一端落ち着かせるように大きく息を吐き、作業を再会した。