そんな事があった初日は、どうにか流れが掴め、二日目も彼の朗読を自分が聞き、文を追う形式を続けると共に、コンテストの内容を決めた。ある程度は書きたい内容は自分であったので、それを彼に伝えた所、千納時も首を縦に振ってくれたのだ。因みに書く内容は「自分の周りの人」について。小難しい事を書くより、常日頃の事を書く方が自分が楽というのが題材の理由。まあだからといって日にちもない為、一週間以内に文を完成させ、読む練習をしなくてはならない。それを考えるとやはり時間はないのだ。やり始めて二日目だというのに、気持ちがかなり焦っている。そんな中、エンジ色の光がカーテンの隙間から差し込む始めた。時計を見れば夕方であり、今日の勉強会は終了となった。そして互いに帰りの準備をし始めた時、急に彼に呼ばれたのだ。自分は声の方へと振り向くと、手を差し出していた。自分は意図がわからず頭を傾げる。

「スマホ貸して」
「へ? 何故だよ」
「良いから、後LINEとメールアドレスかな。今後の連絡とれないと面倒だしな」
「まあそっか」

 自分は言われるがまま、スマホを渡しメルアドを教えると、帰り準備の為カーテンを開ける。すると会議室全体がオレンジ色に染まる中、彼が自分にスマホを渡す。

「とりあえず、登録した。メルアドからメールみてくれる」

 言われるがままにメールを開く。すると添付ファイルがある事に気づき、それを見ると、録音ファイルであった。自分はすぐさまワイヤレスイヤホンを耳に入れると、先まで耳していた千納時の英語の朗読の声。予想外の事に驚き、顔を上げた途端、急いで入れたイヤホンの片方が落ちる。白いイヤホンは転がり、彼の足下まで転がると、それを拾うと同時に自分の前迄来る。

「椿姫」
「へ?」
「今聞いてるやつ。とりあえず昨日録った。後で書籍も渡す」

 そう言うと、彼が自分の目の前迄近寄る。ほぼ同じ目線とはいえ、ほんの少し千納時が長身であるものの、彼の澄んだ緑色の瞳と整った顔が自分の目と鼻の先まで急に近づいてきたのだ。綺麗な顔つきとは思っていたが、真近で見た方が尚の事それが実感できてしまう。

(やべっ、顔マジで整ってるわっ)
 
 同性とはいえ思わず見入ってしまった矢先、彼の手が伸び自分の耳元にかかる髪に触れたのだ。我に返るように瞬きをすると、同じくして一回大きく胸が脈打つ。が、彼は、その流れでイヤホンを自分の耳に入れ直す。すると、両耳から彼の流暢に話す声が聞こえ、自分の頭の中が彼の声で溢れる。先程の強い鼓動は感じられないが、いつもより早いような気がする中、千納時が本を差し出す。自分はイヤホンを外し、出されたそこそこ厚みのある本を手にした。

「いつも持ち歩けないにしても聞いてるだけでも対策にはなる」
「…… なあこの本昨日のうちに読んだのか? 結構ページありそうじゃん」
「そうだが」
「…… 有り難うな」
「別に構わんさ。昨日も言ったが俺の顔に泥を塗られるのは御免だからな」

 すると彼が満面の笑みを浮かべて見せたのだ。

「へ?」
「…… 何だその変な声」
「いやその、前は胡散臭い笑いが多かったけど、今はそんな感じがないからさ。なんかだいぶイメージ違い過ぎてわけわかんねーー っていうか」

 口を尖らせて見せ、沈黙が流れること暫し。

「Never regret anything that made you smile」
「な、何だよいきなりっ」
「マーク・トウェイン。アメリカの小説家の名言」
「ちょっとわりー、うまく聞き取れなかったんだけどっ」
「『自分を笑顔にしてくれたことは、絶対に後悔しない』って事。前はどうであれ、今は都築がそう捉えてくれているのならそれが全てで、裏表もない、俺の今の気持ちだから」

 すると、彼は再度満面の笑みを浮かべる。それが夕日に染まり、どこか顔を赤らましているように見えた。