ゆったりとしたクラシックが流れ、年期の入ったゆったりめのソファに座り各々の時間を過ごす客達。その笑顔を見ると思わず自分も笑みが零れる中、カトラリーを片づける。と、背中を突つかれ振り向くと、自分は視線を少し下に向けた。そんな目線の先に、同じ足首より少し上ぐらいまで長さのある濃紺のサロンエプロンに白いYシャツを着た目のパッチリとした風村まこが皿を数枚持ち立っていた。
「優斗君御免ね。もう、休憩時間過ぎてるよね」
「いや良いっすよ。自分も今、これ終わったら休憩入るつもりでいたので」
すると、隣に並び皿を置きつつ、自分を見るや口を尖らせる。
「それにしたってさ…… 皆がそれなりに休憩入ってやってるのにっ。本当半年前に来た近藤店長酷いよ。しかも優斗君と同じ高校生だってバイトでいるのに君だけだよそんな事するのっ」
憤りで頬を膨らませる彼女を宥めるように苦笑いを浮かべて見せる。
「まあ。しょうがないっすよ。自分定時通ってるし」
「そんな事関係ないじゃん。第一。優斗君一年ぐらい働いてこの男性用の黒Yシャツにサロンエプロンも板につくぐらい仕事任せられちゃうんだよ。しかもコーヒーなんて従業員で一番定評あるじゃん」
「まこさん誉めすぎだって」
「いや。そんな事ない。常連さんが口々にいってるんだから。それにっ」
発した言葉と共に、彼女がニタリと微笑む。
「君のファンいるんですよーー」
「それはないでしょうーー」
「過小評価は良くない。私だって、優斗君眼福対象の一人なんだからね。だいたい。身長だって170中。地毛も少し茶色見かかっていて、目鼻立ちぱっちりの可愛い系の顔立ちなのに言動の節々から醸し出されるヤンチャ感。そんな雰囲気が店内のシックさとのギャップが常連のマダム達の母性を擽るってるんじゃないかな。この前だってお客さんに優斗君指差して、『あの可愛い子に持って来てほしかった』って言われたんだから」
「マジっすかっ。でも学校じゃあそんな事ないだけどな」
率直な思いを呟きながら、天井の照明を何気なく見つめる。
都築優斗。県立飼堂高等学校、定時制二年。父が自分が中3の時に他界してから母と年齢の離れた妹郁の三人家族。まあ母が稼ぎ頭として働いてくれてはいるが妹も小学二年生。まだ色々と手がかかる。そんな中、母一人に負担はかけさせられてない為定時制へと入学した。当初自分は通信制でも構わなかったのだが、母がそれでも学校行事等で少しでも思い出を作って欲しいという思いが強かったのだ。なのでこの形態で勉学と仕事を両立すると共にカフェテリア エフィールートで働き始めた。
当初は初めての事も多く、失敗し迷惑を多々かける日々。また夕方から授業という事もあって疲れてしまい、辞めたくなった一、二ヶ月。だが、半年前に本社へと栄転した和実屋店長が根気よくまた熱心に自分に教えてくれ、周りのスタッフもそれをフォロしてくれたのだ。お陰で今はこうやって働ける。ただ、その時は感じなかったのだが、店長が変わってからというもの、風あたりが強く感じる。それはやはり自分が定時制という事が一理あるのかもと思う。今まで、そんな事を感じていなかった分、やりづらさは否めない。が、周りのスタッフもそれを理解してくれているし何より自分自身この仕事が好きなのだ。
(時たまヤバい客もいるけど、客が思い思いの時間を過ごしてくれる姿は何か良いんだよな。人間模様が出てるって感じで)
思わず自然と顔が緩む。その時、スタッフの一人で自身より小柄で細身の大学院生多持新が近づき、フロアから見えないように、親指で指さす。
「都築ちゃん。いつもの主が君のブラックコーヒーを御所坊してますぞ」
すると、風村が自分と彼の間に割り込む。
「早速注文きたーー 私のもう一人の眼福対象。『翠眼の貴公子』」
彼女は眼を爛々と輝かせつつ、チラリとその主に視線を送り、自分もそれにつられ彼を見た。
窓際の明るい席とは真逆の、店内奥の日の入る事のない、暖色系の照明に照らされた四人掛けソファ席。そこに週数回決まって座り、勉強をする学生だ。
そんな彼だが、彼女が二つ名をつけるだけあって、同性の自分から見ても美形と言っても過言ではない人物なのだ。柔らかな少し長めの黒髪に色白な肌。目鼻立ちもしっかいりしており、極めつけは瞳が緑色なのだ。いつも彼の会計は女性スタッフが率先してするので、やった事がないのだが、先週時たま初めて彼の会計をした。身長も自分より高い事が分かると同時に、彼の顔を初めて正面から見たのだ。まあ以前より女性スタッフの話も耳にしていたものの、半信半疑だった。が、実際に真っ正面から見た彼の瞳はブルー色の湖面を覆う若葉なような碧緑ようであり、それと整った顔立ちが異様なまでに合っていて、思わず見入ってしまったのだ。
(多分ハーフ? にしてもあの時は、不思議そうな顔されたな)
同性からガン見されたのだから至極当然なと言えばそれまでだが、その噂の翠眼の貴公子が、最近自分の淹れたコーヒーを頼むようになった。
この店は全国チェーンで展開しているが、一巻してコーヒーは一杯一杯ドリップしている。それがこの店のこだわりであり、他社との差別化の一つなのだ。なので働き始めてから直ぐにコーヒーの淹れ方を和実屋店長に叩き込まれた。元から教え方が上手の上熱心に教えてくれた店長であり、厳しくも基礎をしっかりと伝授された事で、コーヒーのドリップに関しては多少自信があったのは事実。ただ、御指名されるまでは今までなかったので、自分自身驚きもしたし、内心嬉しさもあった。ただ、その思いとは反面あまり関わりたくない感情も芽生えている。と言うのも、彼は学校帰りに日頃訪れているのだが、その制服は紛れもなく、飼堂高校全日制の制服なのだ。定時制には制服は無いが、全日制の生徒が着ている双緑を基調とした服である。この辺りの学校ではあまりない配色であり、流石に自分が通っている学校と言う事で、見間違いはない。
(定時制の自分の事なんてわかるわけないけどね)
だとしても、どこか気が引ける。それは定時制という事もさることながら、全日制は頭脳明晰が集められている事も影響しているのかもしれない。
(日頃からスペック高そうな生活してそうだし)
そんな事を思うと無自覚で深く息を吐いてしまう。するとその姿に多持が自分の名を呼んだ。
「何かあった?」
「いえ、御指名は良いんすけど、そんなに味違うのかなって? まこさんも多持さんも美味しく淹れられるじゃないっすか」
「いや、うちの店では君が一番上手ですぞよ」
「うん。私もそう思う。それにここだけの話和実屋店長も栄転する前にそう言ってたもの!! あの社員教育厳しい店長がそう言ってたんだから間違いないわよ!! 自信持って」
「和実屋店長がそんな事…… ちょっと嬉しいかもっ」
(本当感謝しかないや)
再度、やんわりと笑みを浮かべて見せつつ、自分はオーダーのコーヒーを淹れ始める。豆を挽き、チョコのような香りが鼻に届く中、すぐまさサイフォンにコーヒーを入れ落とす。ロートからコーヒーが落ち切るのを見届けると、途中から香ばしい良い匂いが周辺に漂う。自分は出来たコーヒーが入ったフラスコをスタンドで持ち、もう片方の手にはお盆とソーサーをのせ注文のあった翠眼の貴公子の元へと向かった。彼はいつもここで勉強をしているのだが、その姿勢がいつ見ても変わらず綺麗であり、あまりにも絵になってしまっているせいか、いつも一声がかけづらい。
ただ本人の注文である。自分は彼の座るテーブル横に立つ。
「お待たせしました。ブラックコーヒーです」
「有り難うございます」
彼はこちらを見る事なく、返答する。これもいつもの事。自分はソーサーを置き、コーヒーを注ぐと一気に匂いが広がる。今日もいつも同様美味しく淹れられた。内心安堵し、「ごゆっくりどうぞ」と告げ立ち去ろうとした時だ。妹と同じぐらいの子供とその親が自分の方へと歩いて来ると共に表情が暗い。子供に至っては今にでも泣きそうな表情を浮かべていた。自分は近くに客のいないテーブルに両手の荷物を置き、その二人に顔を向ける。
「どうしました?」
「あのーー 」
母親らしい女性が口を開くも暫しの沈黙が流れると同時に、足下にいる娘に見つめる。すると、恐る恐る両手掌をこちらに差し出す。その上にはスプーンがあり、曲がっているようだった。少々状況が読めない中、少女が唇を振るわせ涙を浮かべせ口を開く。
「ご、ごめんなさいっ」
今にでも声を上げそうな表情で振るえ声で自分に言うと、女性が娘の両肩を撫でる。
「すいません。このスプーン。娘が落としたしまった時に、拾おうとして返って踏んでしまったんです。なので、このスプーン弁償させてもらえませんか?」
「ごめんなさっひっ」
背景を理解した所で、一回店長に相談すべきだと頭を過った。が、自分は両膝を折り、少女の震える両手を包む。
「ちゃんと言ってくれて有り難うな。正直に伝えてくれたお礼にこれ」
自分は、ズボンのポケットから飴を取り出しスプーンと交換する。
「休憩中にこののど飴嘗めてるんだけど食べやすいし、さくらんぼ味って珍しくない?」
予想もしていなかった展開に、少女の泣き出しそうな顔が一変、キョトンとした面もちへと変わる。その姿に自分はやんわりと笑う。ここで心情をいれるべきではないと理解していても尚、妹と同年齢らしき少女のあの表情を目の前にしては見るに耐えられなかった。そんな中、少女の背後に立つ母親が頭を下げた。
「すいません」
「いえ。とりあえず、この件は自分預かりにしておいて良いです。なんで弁償の件はお気になさらずに」
「そう…… ですか?」
「そのかわりまたお店来て下さい」
「有り難うございます」
「また、来ていいの?」
目の前の少女がうってかわり、満面の笑みを浮かべる。
「勿論」
「じゃあまた絶対来る。ママ良い」
「ええ」
すると嬉しそうにキャッキャッと笑い女性に近づき手を繋ぐ。そして背後を振り向くと、自分に手を振った。
「お兄ちゃんありがとう」
そう言い、二人は会計カウンターの方へと歩んで行く。そんな姿を見つめつつ、立ち上がる。すると、背後から視線を感じ思わず振り返えると、翠眼の貴公子がじっとこちらを見ていたのだ。いきなりの事で体が一瞬硬直する。が、すぐさま彼の方へと歩む。
「お騒がせ致しました」
頭を垂れる事暫し。
「君って見かけによらず偽善者なんだね」
「はい?」
彼からそんな言葉を言われると思ってもおらず、一気に顔を上げ、貴公子を見る。すると澄んだ緑色の瞳をこちらに向け、胡散臭い笑みを称える彼の姿がそこにあった。
「優斗君御免ね。もう、休憩時間過ぎてるよね」
「いや良いっすよ。自分も今、これ終わったら休憩入るつもりでいたので」
すると、隣に並び皿を置きつつ、自分を見るや口を尖らせる。
「それにしたってさ…… 皆がそれなりに休憩入ってやってるのにっ。本当半年前に来た近藤店長酷いよ。しかも優斗君と同じ高校生だってバイトでいるのに君だけだよそんな事するのっ」
憤りで頬を膨らませる彼女を宥めるように苦笑いを浮かべて見せる。
「まあ。しょうがないっすよ。自分定時通ってるし」
「そんな事関係ないじゃん。第一。優斗君一年ぐらい働いてこの男性用の黒Yシャツにサロンエプロンも板につくぐらい仕事任せられちゃうんだよ。しかもコーヒーなんて従業員で一番定評あるじゃん」
「まこさん誉めすぎだって」
「いや。そんな事ない。常連さんが口々にいってるんだから。それにっ」
発した言葉と共に、彼女がニタリと微笑む。
「君のファンいるんですよーー」
「それはないでしょうーー」
「過小評価は良くない。私だって、優斗君眼福対象の一人なんだからね。だいたい。身長だって170中。地毛も少し茶色見かかっていて、目鼻立ちぱっちりの可愛い系の顔立ちなのに言動の節々から醸し出されるヤンチャ感。そんな雰囲気が店内のシックさとのギャップが常連のマダム達の母性を擽るってるんじゃないかな。この前だってお客さんに優斗君指差して、『あの可愛い子に持って来てほしかった』って言われたんだから」
「マジっすかっ。でも学校じゃあそんな事ないだけどな」
率直な思いを呟きながら、天井の照明を何気なく見つめる。
都築優斗。県立飼堂高等学校、定時制二年。父が自分が中3の時に他界してから母と年齢の離れた妹郁の三人家族。まあ母が稼ぎ頭として働いてくれてはいるが妹も小学二年生。まだ色々と手がかかる。そんな中、母一人に負担はかけさせられてない為定時制へと入学した。当初自分は通信制でも構わなかったのだが、母がそれでも学校行事等で少しでも思い出を作って欲しいという思いが強かったのだ。なのでこの形態で勉学と仕事を両立すると共にカフェテリア エフィールートで働き始めた。
当初は初めての事も多く、失敗し迷惑を多々かける日々。また夕方から授業という事もあって疲れてしまい、辞めたくなった一、二ヶ月。だが、半年前に本社へと栄転した和実屋店長が根気よくまた熱心に自分に教えてくれ、周りのスタッフもそれをフォロしてくれたのだ。お陰で今はこうやって働ける。ただ、その時は感じなかったのだが、店長が変わってからというもの、風あたりが強く感じる。それはやはり自分が定時制という事が一理あるのかもと思う。今まで、そんな事を感じていなかった分、やりづらさは否めない。が、周りのスタッフもそれを理解してくれているし何より自分自身この仕事が好きなのだ。
(時たまヤバい客もいるけど、客が思い思いの時間を過ごしてくれる姿は何か良いんだよな。人間模様が出てるって感じで)
思わず自然と顔が緩む。その時、スタッフの一人で自身より小柄で細身の大学院生多持新が近づき、フロアから見えないように、親指で指さす。
「都築ちゃん。いつもの主が君のブラックコーヒーを御所坊してますぞ」
すると、風村が自分と彼の間に割り込む。
「早速注文きたーー 私のもう一人の眼福対象。『翠眼の貴公子』」
彼女は眼を爛々と輝かせつつ、チラリとその主に視線を送り、自分もそれにつられ彼を見た。
窓際の明るい席とは真逆の、店内奥の日の入る事のない、暖色系の照明に照らされた四人掛けソファ席。そこに週数回決まって座り、勉強をする学生だ。
そんな彼だが、彼女が二つ名をつけるだけあって、同性の自分から見ても美形と言っても過言ではない人物なのだ。柔らかな少し長めの黒髪に色白な肌。目鼻立ちもしっかいりしており、極めつけは瞳が緑色なのだ。いつも彼の会計は女性スタッフが率先してするので、やった事がないのだが、先週時たま初めて彼の会計をした。身長も自分より高い事が分かると同時に、彼の顔を初めて正面から見たのだ。まあ以前より女性スタッフの話も耳にしていたものの、半信半疑だった。が、実際に真っ正面から見た彼の瞳はブルー色の湖面を覆う若葉なような碧緑ようであり、それと整った顔立ちが異様なまでに合っていて、思わず見入ってしまったのだ。
(多分ハーフ? にしてもあの時は、不思議そうな顔されたな)
同性からガン見されたのだから至極当然なと言えばそれまでだが、その噂の翠眼の貴公子が、最近自分の淹れたコーヒーを頼むようになった。
この店は全国チェーンで展開しているが、一巻してコーヒーは一杯一杯ドリップしている。それがこの店のこだわりであり、他社との差別化の一つなのだ。なので働き始めてから直ぐにコーヒーの淹れ方を和実屋店長に叩き込まれた。元から教え方が上手の上熱心に教えてくれた店長であり、厳しくも基礎をしっかりと伝授された事で、コーヒーのドリップに関しては多少自信があったのは事実。ただ、御指名されるまでは今までなかったので、自分自身驚きもしたし、内心嬉しさもあった。ただ、その思いとは反面あまり関わりたくない感情も芽生えている。と言うのも、彼は学校帰りに日頃訪れているのだが、その制服は紛れもなく、飼堂高校全日制の制服なのだ。定時制には制服は無いが、全日制の生徒が着ている双緑を基調とした服である。この辺りの学校ではあまりない配色であり、流石に自分が通っている学校と言う事で、見間違いはない。
(定時制の自分の事なんてわかるわけないけどね)
だとしても、どこか気が引ける。それは定時制という事もさることながら、全日制は頭脳明晰が集められている事も影響しているのかもしれない。
(日頃からスペック高そうな生活してそうだし)
そんな事を思うと無自覚で深く息を吐いてしまう。するとその姿に多持が自分の名を呼んだ。
「何かあった?」
「いえ、御指名は良いんすけど、そんなに味違うのかなって? まこさんも多持さんも美味しく淹れられるじゃないっすか」
「いや、うちの店では君が一番上手ですぞよ」
「うん。私もそう思う。それにここだけの話和実屋店長も栄転する前にそう言ってたもの!! あの社員教育厳しい店長がそう言ってたんだから間違いないわよ!! 自信持って」
「和実屋店長がそんな事…… ちょっと嬉しいかもっ」
(本当感謝しかないや)
再度、やんわりと笑みを浮かべて見せつつ、自分はオーダーのコーヒーを淹れ始める。豆を挽き、チョコのような香りが鼻に届く中、すぐまさサイフォンにコーヒーを入れ落とす。ロートからコーヒーが落ち切るのを見届けると、途中から香ばしい良い匂いが周辺に漂う。自分は出来たコーヒーが入ったフラスコをスタンドで持ち、もう片方の手にはお盆とソーサーをのせ注文のあった翠眼の貴公子の元へと向かった。彼はいつもここで勉強をしているのだが、その姿勢がいつ見ても変わらず綺麗であり、あまりにも絵になってしまっているせいか、いつも一声がかけづらい。
ただ本人の注文である。自分は彼の座るテーブル横に立つ。
「お待たせしました。ブラックコーヒーです」
「有り難うございます」
彼はこちらを見る事なく、返答する。これもいつもの事。自分はソーサーを置き、コーヒーを注ぐと一気に匂いが広がる。今日もいつも同様美味しく淹れられた。内心安堵し、「ごゆっくりどうぞ」と告げ立ち去ろうとした時だ。妹と同じぐらいの子供とその親が自分の方へと歩いて来ると共に表情が暗い。子供に至っては今にでも泣きそうな表情を浮かべていた。自分は近くに客のいないテーブルに両手の荷物を置き、その二人に顔を向ける。
「どうしました?」
「あのーー 」
母親らしい女性が口を開くも暫しの沈黙が流れると同時に、足下にいる娘に見つめる。すると、恐る恐る両手掌をこちらに差し出す。その上にはスプーンがあり、曲がっているようだった。少々状況が読めない中、少女が唇を振るわせ涙を浮かべせ口を開く。
「ご、ごめんなさいっ」
今にでも声を上げそうな表情で振るえ声で自分に言うと、女性が娘の両肩を撫でる。
「すいません。このスプーン。娘が落としたしまった時に、拾おうとして返って踏んでしまったんです。なので、このスプーン弁償させてもらえませんか?」
「ごめんなさっひっ」
背景を理解した所で、一回店長に相談すべきだと頭を過った。が、自分は両膝を折り、少女の震える両手を包む。
「ちゃんと言ってくれて有り難うな。正直に伝えてくれたお礼にこれ」
自分は、ズボンのポケットから飴を取り出しスプーンと交換する。
「休憩中にこののど飴嘗めてるんだけど食べやすいし、さくらんぼ味って珍しくない?」
予想もしていなかった展開に、少女の泣き出しそうな顔が一変、キョトンとした面もちへと変わる。その姿に自分はやんわりと笑う。ここで心情をいれるべきではないと理解していても尚、妹と同年齢らしき少女のあの表情を目の前にしては見るに耐えられなかった。そんな中、少女の背後に立つ母親が頭を下げた。
「すいません」
「いえ。とりあえず、この件は自分預かりにしておいて良いです。なんで弁償の件はお気になさらずに」
「そう…… ですか?」
「そのかわりまたお店来て下さい」
「有り難うございます」
「また、来ていいの?」
目の前の少女がうってかわり、満面の笑みを浮かべる。
「勿論」
「じゃあまた絶対来る。ママ良い」
「ええ」
すると嬉しそうにキャッキャッと笑い女性に近づき手を繋ぐ。そして背後を振り向くと、自分に手を振った。
「お兄ちゃんありがとう」
そう言い、二人は会計カウンターの方へと歩んで行く。そんな姿を見つめつつ、立ち上がる。すると、背後から視線を感じ思わず振り返えると、翠眼の貴公子がじっとこちらを見ていたのだ。いきなりの事で体が一瞬硬直する。が、すぐさま彼の方へと歩む。
「お騒がせ致しました」
頭を垂れる事暫し。
「君って見かけによらず偽善者なんだね」
「はい?」
彼からそんな言葉を言われると思ってもおらず、一気に顔を上げ、貴公子を見る。すると澄んだ緑色の瞳をこちらに向け、胡散臭い笑みを称える彼の姿がそこにあった。
