めろ先輩と付き合いはじめて三か月。バイト漬けだった夏休みが終わって、カレンダーは九月になった。
新学期早々、中間考査期間に入り、今日の学校は午前授業だったため、俺はめろ先輩の家でお昼ごはんをご馳走になっていた。
「ん~~美味しい!」
先輩が作ってくれたのは、目玉焼きが乗っているガパオライス。俺も最近はめろ先輩に教えてもらって少しずつ自炊をするようになったけど、先輩の料理には敵わない。
「そういえば、先輩のクラスの模擬店ってなにになったんですか?」
中間考査明けに行われる予定の学園祭。それぞれのクラスでイベントや模擬店を開くことになっていて、うちは生徒投票型のミスコンをやることが決まっている。
「俺らのところはクレープ屋。女子が断固としてそれがいいって」
「クレープいいじゃないですか、売れそう! めろ先輩も作るんですか?」
「いや、俺は勝手に呼び込み係にされた。最低30人は引っ張ってこいっていうノルマ付き」
「呼び込み、なんですね……」
「なに? 俺が浮気でもしそうだって?」
「いえいえ! めろ先輩のことは信じてますから、その心配はしてません。ただ、これ以上モテてほしくないな、なんて」
「だったら、そろそろ茉白と付き合ってるって言っていい?」
「そ、それはまだ、ちょっと」
今のところ俺たちが付き合ってることを知っているのは、なぎぴょんだけだ。めろ先輩にお願いしてまで口止めしてるのは、先輩の恋人として俺がまだ堂々とできる自信がないからだ。
だって、めろ先輩は相変わらずカッコよすぎるし、小麦色に日焼けをしたこともあり、さらに色気も増している。
俺も自分のことを磨いて、めろ先輩と釣り合う男にならなければ……!
「お前が許可してくれたら、学校でもこういうことができるのに?」
俺の首に手を回した先輩から、自然とキスをされた。銀色の口ピが少しひんやりするけど、めろ先輩のキスはいつだって優しい。
先輩は不意打ちでキスをしてくるから、もう何回したか数えてない。だけど、俺たちはまだその先には進んでなかったりする。キスだけで終わると思うなよって言ってきたのはめろ先輩なのに……。
「なんでちょっと不満そうな顔してんの?」
「不満じゃなくて、もっと……」
「もっと?」
ひょっとして俺に魅力がない? いや、そもそもこういうのは夏休みに経験することが多いって聞くから、自分でチャンスを逃した可能性が……。
「~~~っ」
「なにひとりで悶えてんだよ?」
欲求不満だって思われそうだから、キスの先をしてほしいなんておねだりできない。というか、俺ってば、ふしだらすぎない?
「夏休みはバイトじゃなくて、滝行をするべきだったかもしれません」
「滝行するなら俺と遊べよ。なんせ夏の間、ずっと放っておかれてたんだからな」
「すみません、夏休みは稼ぎ時だったので張り切ってしまいました」
「まあ、拗ねてはいるけど、べつにいいよ。学園祭で色々と取り戻すし」
「取り戻す?」
「あ、そうだ……!」
めろ先輩はなにかを思い出したように立ち上がり、輪ゴムで丸められた新聞紙を見せてきた。
「なあ、約束どおり切ってよ、髪」
約束とは、俺の家で一緒にテレビを見ていた数週間前に遡る。
『お前んちのエアコンって、備え付けのやつだっけ?』
『そうですよ、入った時から付いてました』
『これもけっこう古いから、効きが悪いだろ?』
『たしかに暑い気も……。もっと温度下げましょうか?』
『や、俺の髪が伸びすぎてて暑いだけだわ』
『切らないんですか?』
『行きつけの美容室があったけど、ずっと担当してくれてた人が辞めてからは新しいとこを探すのも面倒くさくて。お前はどこで切ってんの? 紹介してよ』
『あ、俺は自分です』
『は? 自分で切ってんの?』
『はい。小さい頃は美容師の母さんに切ってもらってたんですけど、中学生くらいからは自分でやるようになりました。弟の髪とかも一緒に住んでた時は切ってましたよ』
『じゃあ、今度、俺の髪も切ってよ』
『え、む、無理です、無理です! めろ先輩の綺麗な髪を切るなんて俺にはできません!』
――どうやら先輩は、そのやり取りを覚えていたみたいだ。めろ先輩は俺に髪を切ってもらうために、わざわざ杉田さんから新聞紙を貰ったらしく、それを床に敷いていた。ハサミは俺が持っているヘアカット用のスキバサミを使うことになったけど……。
「や、やっぱりできません~っ!」
自分の髪なら多少の失敗も笑い話になるけど、めろ先輩相手にはそうもいかない。
「学祭の呼び込み、基本的に外なんだよ。その前に切ってくれないと暑くて死ぬ」
「で、でも、めろ先輩の髪ですよ!? 先輩の栄養を吸って育った髪は、もはや先輩なわけで!」
「ちょっとなに言ってるかわかんないから、さっさと切って」
「本当にほんとーにいいんですか? すっごく変になっても知りませんよ?」
「お前は変にしないから大丈夫だよ」
腹を括った俺は、めろ先輩の髪の毛にハサミを入れた。そして、切ること二十分。
「ど、どうですか?」
「サンキュ、軽くなった。でも、長さはあんま変わってなくね?」
「いやいや、これでもけっこう切りましたよ」
「俺的にはもっとバッサリいくイメージだったけど」
「すみません、髪の毛を結んでるめろ先輩を俺が捨てきれませんでしたっ!」
どんな髪型もカッコいいだろうけど、学校では結んでいて、家では下ろしてるめろ先輩が良すぎて、まだもう少し長いままでいてほしいと思ってしまった。
「お前がこっちのほうが好きならそれでいいよ。髪の毛結ぶのも嫌いじゃないしな」
めろ先輩はそう言って、いつものように髪を後ろにまとめた。この結んでいる姿も、たまらなく好きだ。
「じゃあ、この髪の毛は俺が貰いますね」
新聞紙の上に落ちた髪を当たり前のように持って帰ろうとしたら、ものすごい速さで肩を掴まれた。
「待て待て。それをどうする気だ」
「え、めろ先輩の髪の毛なんで大事に保管……」
「やめろ、そして捨てろ」
「ええっ、そんなもったいないことできないです!」
「髪なんてすぐにまた伸びるから」
「あああ~っ」
俺の要望は却下され、めろ先輩の髪の毛はゴミ箱行きになった。
*
中間考査が無事に終わり、学園祭が迫った放課後。模擬店をやるクラスはその準備に追われ、俺たちも教室でミスコンの開票作業を始めようとしていた。
「投票率ほぼ100パーセントってヤバくない?」
「当たり前よ。ミスコンは学祭の伝統芸なんだから」
各学年の廊下に設置していた投票箱。生徒ひとりに付き一枚の投票用紙が配られ、強制ではないものの、集まった投票用紙は驚異の500枚超え。うちの学校は1~6クラスまであって大体28人編成だから、ほとんどの生徒が参加してくれたことになる。
「じゃあ、さっそく開票しよう。まずは三年生からね」
代表者が1枚ずつ名前を読み上げ、女子たちが黒板にカウントを書き込んでいく。
ミスコンは簡単に言えば、美男美女を決めるコンテストだ。投票結果は学園祭の当日に発表して、選ばれた人はステージに上がる予定になっている。
「次は二年生の男子いきまーす! めろ先輩が1、めろ先輩が2、めろ先輩が3……」
当然ながら、二年生の男子の票はめろ先輩の独占状態だった。ちなみに、俺もめろ先輩に投票した。
「最後は一年生ね。まずは男子から!」
一年生はめろ先輩のように飛び抜けた存在の人がいないからか、かなり票にバラつきがあった。そんな中、連続で読み上げられてる名前があり、その人はなんと……。
「え、なぎぴょんっ?」
黒板に書かれたなぎぴょんの名前の下に、どんどん正の字が増えている。
「ふふ、計画どおり」
俺の隣では、なぎぴょんが少しだけ悪い顔をしていた。
「なにかしたの?」
「なにかしたとは聞き捨てならないな。俺はただ清き一票をよろしくお願いしますってハイチュー配りまくっただけだよ」
「賄賂じゃん!」
「そう、賄賂。ステージに上がって愛美ちゃんに告白するために!」
「愛美ちゃん?」
「六組のめっちゃ可愛い子」
すでに連絡先は交換してるそうで、なぎぴょんいわくあともう一押しらしい。賄賂のおかげもあって、一年男子のミスコンはなぎぴょんが選ばれた。
「俺、本気でやるから、ましろっちもアシストよろしく」
「え、俺も?」
「だって、ましろっちもステージに上がるだろ。司会進行役で」
「あ、そうだった!」
すっかり忘れていたけど、当日は今日の開票結果を発表するだけでなく、ミスコンに選ばれた生徒に一言もらう役目を任されていた。
「ましろっちはいい感じに話を振ってくれるだけでいいから」
「うまくできるかわかんないけど善処するよ」
そして学園祭の準備が着々と進んでいき、いよいよ本番を迎えた。学祭は一般公開されているから色々な来場者が確認できる。
「ましろっち、焼きそばも食おうぜ!」
「あ、俺はまだ大丈夫」
「そう? じゃあ、俺だけ買ってくる!」
すでにチョコバナナを完食してるなぎぴょんは、全部の模擬店を回るつもりらしい。俺は司会のリハーサルが昼過ぎにあるものの、ほとんどが自由時間と言ってもいい。めろ先輩も一時間くらいなら休憩できるらしく一緒に回る約束をしていたけど、クレープ屋に寄っても姿がなかった。
「お兄さん、めっちゃカッコいいですね!」
「はいはい! お兄さんが遊んでくれるならクレープ10個買いまーす!」
「あ、ズルい! 私もっ!」
すると、派手なお姉さんたちがひとりの男子生徒を取り囲んでいた。ぐいぐいと迫られていたのは、学祭の人混みの中でも一際目立っているめろ先輩だった。
「遊ぶことはできないけど、たくさんクレープ買ってくれたらプリクラあげます」
「え、お兄さんのプリ!?」
「うちの担任のプリです」
「おじさんのプリ、マジでいらん!」
ノルマのためなのか、めろ先輩は積極的な人に対しても嫌な顔をしないで対応していた。派手なお姉さんたちは誘導係に引き渡され、先輩はまた客引きに戻っていた。
やっぱり年上の人にも人気なんだなぁ。俺が切った髪も有難いことに好評らしく、そのモテっぷりが加速してる気がする。
めろ先輩のことを信じていても、不安がないと言えば嘘になる。だって、誰が見てもカッコいいし、どうにもこうにもメロすぎるし、そんな先輩と付き合ってるなんてやっぱり夢なんじゃないかと思う瞬間もあったりする。
「あ、茉白!」
その時、目が合っためろ先輩がこっちに駆け寄ってきた。
「ちょうどよかった。連絡しようと思ってたんだ」
「あ、もしかしてもう休憩に入ります? だったら俺もなぎぴょんに――」
「その休憩なんだけど、なくなった」
「え、じゃあ、午後とかでも……」
「午後はもっと忙しいから多分無理かも」
きっぱりそう言われて、俺は口を尖らせた。呼び込みの仕事も大切だけど他にも人はいるわけだし、めろ先輩が休憩なしでやらなきゃいけない理由はない。
それに俺は先輩と校舎を回るつもりでいたから、なぎぴょんに誘われてもチョコバナナも焼きそばも食べなかったのに。
「そうですか、わかりました。べつに大丈夫ですよ。俺もこれからリハですし、色々と忙しいので」
「拗ねるなって」
「拗ねてなんかいません」
「これあげるから」
めろ先輩はそう言うと、俺の前髪をちょんまげみたいにつまみ上げて、小さなヘアクリップを着けた。
「なんですか、これ」
「マルチーズのヘアクリップ」
「お、俺の機嫌はこんなんじゃ直りません!」
まるで子供みたいに先輩から離れたあと、スマホの内側カメラで前髪を確認した。そこには、円らな瞳のマルチーズのクリップがあった。悔しいけど、すごく可愛い。
「ましろっち、いたいた! あれ、そのちくわみたいなクリップなに?」
「……めろ先輩がくれた」
「あーもしかしてりんご飴の隣の店かな。なんか動物のヘアクリップ売ってた」
「どこ?」
なぎぴょんに案内されてその場所に向かう。めろ先輩にモヤついてたのに、動物ヘアクリップのラインナップの中にシベリアンハスキーがあって、迷わずに即決した。俺だって、めろ先輩の前髪に着けたい。
迎えた午後。ミスコンの発表を聞こうと、体育館には大勢の人が詰めかけていた。……うう、緊張する。俺はマイクを固く握りしめ、何度もカンペを確かめる。そして照明がゆっくりと落とされ、ステージにスポットライトが灯った。
「それではミスコンテストを開催いたします! まずは三年生の女子から発表です! 見事1位に選ばれたのは――」
観客から拍手が沸き起こり、美男美女に選ばれた人をステージ上に呼んで、一言感想をもらった。念入りにリハーサルをやったおかげもあって、少しずつ緊張も解けてきた。
「続いて二年生の発表です! 果たして誰が選ばれるのでしょうか。まずは女子から……」と、言いかけた瞬間に、ステージ袖で待機をしているなぎぴょんに小声で名前を呼ばれた。
「ましろっち、頼む。俺を先に呼んで。愛美ちゃんが吹奏楽部の演奏で中庭に行っちゃうんだよ」
なぎぴょんは神頼みをするみたいに、両手を合わせている。賄賂を配ってまでこのシチュエーションを作ったなぎぴょんのチャンスを無駄にはできない。
「あーえっと、予定を変更しまして一年生の男子から発表します! 開票結果で最も票を集めたのは、一年一組の柳楽健太郎くんです!」
発表とともに、なぎぴょんが満面の笑みでステージに登場した。
「柳楽くん、おめでとうございます。1位に選ばれた感想をどうぞ」
「まあ、時代が俺に追いついてきたかなって思ってます」
なぎぴょんの軽快な一言に、観客は大笑い。掴みはバッチリだ。
「他になにか言いたいことはありますか?」
「ミスコンとは関係ないんですけど、伝えたいことがあるのでマイクを借りてもいいですか?」
「どうぞどうぞ」
「ゴホン、ゴホンッ。えー俺には好きな人がいます。一年六組の相川愛美さん。俺と付き合ってくれませんかっ!?」
体育館中が「おおー!」とどよめく。照明担当の粋な計らいで、スポットライトが相川さんに当たった。俺も友達としてアシストしなければ!と、自分が持ってるマイクを彼女のほうに回してもらった。
「わ、私で良ければお願いします」
体育館がまた大きな歓声に包まれる。男泣きをしているなぎぴょんを見送って、俺は戻ってきたマイクを手に、司会進行役として気持ちを切り替えた。
「ではでは! 発表の続きを行います!」
二年生女子の発表が終わって、いよいよ最後になった。
「盛り上がったミスコンも残すところあと一名の発表になりました。皆さんお待ちかねの名前を呼びたいと思います。二年男子のミスコンに選ばれたのは、光葉夢路先輩です!」
めろ先輩のことをステージに呼ぶと、先輩のことを近くで見ようと女子たちが一斉にステージ下に駆け寄ってきた。
「めろ先輩は去年もミスコンに輝いたそうですね。二連覇の感想をお願いします」
「投票してくれてありがとうございます」
「来年は三連覇でしょうか?」
「さあ、どうですかね」
「なにか一言あればお願いします」
「マルチーズを怒らせてるんで、早く仲直りしたいです」
その言葉に、ドキッとした。観客は当然めろ先輩が飼っている犬だと思っていて、「なにそれ、可愛い~!」と湧いている。
先輩はいつだって、俺のことを想ってくれている。せっかくの学園祭なのに、このまま終わりたくない。俺も勇気を出したい。みんなの前で、好きな人に告白したい……!
「怒ってるんじゃなくて、めろ先輩がモテるからヤキモチを焼いたんです」
マイクを通して、自分の声が体育館に響く。
「これからも勝手にいじけたり拗ねたりすると思いますが、めろ先輩のことが好きな気持ちは誰にも負けません! だから、俺と付き合ってくれますか?」
自信はまだないけど、めろ先輩の恋人であることをもう隠したくない。
「もう付き合ってるだろ」
「わっ……」
先輩が嬉しそうな顔で、俺のことを抱き上げた。
「許可が出たから、学校でもこういうことができるな」
めろ先輩は、そのまま俺にキスをした。言うまでもなく、体育館が驚きと歓声で揺れていた。
「め、めろ先輩、何回するんですかっ」
俺たちは後夜祭で盛り上がるグラウンドを離れて、先輩のクラスである二年三組の教室にいた。学園祭の打ち上げも兼ねてこれから花火が上がるのに、めろ先輩は俺にキスを重ねてくる。
「何回してもいいだろ」
「いいですけど、ステージの上でするのはやりすぎです。みんなが見てました」
「みんなが見てるからしたんだよ」
めろ先輩との交際を公表すれば、否定的な声が上がるだろうと覚悟していた。ところが周りは『めろ先輩が選んだならファンとして応援しよう!』と、大歓迎。きっと先輩の人柄のおかげだろう。
「先輩はグラウンドに行かなくていいんですか? 三組の人たちで集まってるみたいですけど……」
「後夜祭をフリーにしてもらうために昼間は休憩なしで頑張ったんだよ」
「え?」
「学園祭で色々と取り戻すって言っただろ?」
めろ先輩がメロすぎて、心臓がきゅっとなった。俺はきっとこうやって何度も何度も先輩に恋をしていくんだろう。
「入学式で胸に花飾りを付けてもらった時から、俺の心はめろ先輩のものです」
「じゃあ、もっといいもん付けてやるよ」
「え……、っ」
先輩に腰をぐっと引き寄せられ、首筋に唇を押し当てられた。口ピのひんやりとした感触が消えると、触れられていた部分がじわりと熱くなった。
「心だけじゃなくて、茉白は俺のものだっていう印」
窓ガラスの反射で確認すると、そこにはくっきりとキスマークが付いていた。
「茉白も俺に付けて?」
言われるがまま、めろ先輩の首にキスマークを付けてみる……が、どうやってもうまくできない。
「ふっ、くすぐったい」
「え、これ全然付かないですよ? 噛むのってアリですかね?」
「噛むな、噛むな」
「次までに練習しておきます」
キスマークが付かなかった代わりに、俺はシベリアンハスキーのヘアクリップを先輩の前髪に着けた。
「マルチーズのヘアクリップ、本当は嬉しかったです。大切にしますね」
「似合ってる?」
「はい、とても」
「顔を洗う時に使うよ」
めろ先輩はそう言って、また甘いキスをしてくれた。今日は何回したかわからない。だけど、まだ足りない。どんどん欲張りになっていく自分がいる。
「また不満そう?」
「キスも嬉しいんですけど」
「けど?」
「もっと触ってほしいって言ったら困りますか?」
すると、めろ先輩は深いため息をついて、俺の肩に顔を埋めた。
「困るわけないだろ。でも、思ってた以上に茉白のことが大事なんだよ」
顔を上げた先輩は耳まで真っ赤で、今まで見たことがない表情をしていた。ちゃんと、大事にされてた。俺も、めろ先輩のことをちゃんと大事にしたい。
「俺たちのペースで進んでいきましょう」
「ヘアクリップ、どっちの洗面台に置く?」
「へ?」
「今日は同じ部屋に帰って、明日の朝も茉白と一緒にいたい」
窓の外では、鮮やかな花火が夜空を染め上げていた。明日も明後日もこの先もずっと、俺の隣には大好きなめろ先輩がいる。
END



