君がいた世界の色

白い封筒。

 優しく、だけど少し乱れた筆跡で、 葵へ と書かれている。



 震える指で、封を切る。

 中から現れた、数枚の便箋。

 もう、それだけで。

 それだけで、目が潤ってくる。



 ページをめくるたびに、そこに残された息遣いと心の温度が、皮膚から、骨から、心の奥まで染み込んでいくようだった。



 葵へ。

 これを読んでる頃の君は、どんな顔をしてるのかな。

 泣いてる?怒ってる?それとも、笑ってくれてる?



 私は今、少しずつ呼吸が浅くなってる。

 ペンを持つ手も、もうあんまり力が入らない。

 でも、どうしても書きたかったの。

 最後に、ちゃんと気持ちを伝えたかった。



 ごめんなさい。

 本当に、ごめんなさい。

 最後まで、ちゃんと強くいられなくて。

 もっと生きたかった。もっと、君といたかった。



 ごめんなさい。

 君を悲しませるってわかってたのに。

 君に出会ってしまって、恋をしてしまって。



 ……⋯それでも、私は幸せでした。



 私、すごく弱かったんだ。

 病気と向き合うことも怖かったし、未来のことを考えるたびに、心から逃げ出したくなった。



 自分が死んでいくことよりも、君と離れていくことの方が、ずっと怖かった。



 強がってたの。

 私ずっと、ずっと、笑ってたでしょ?

 あれ、演技じゃないよ。本気だった。



 君といる時間が、世界で1番あたたかくて、生きてるって実感できたんだ。

 幸せだった⋯⋯。

 だから、私は最後まで君の前で笑ってた。



 でもね、ほんとはたくさん泣いたよ。

 夜、1人のとき、声を出さずに泣いた。



 どうして私は、こんな身体に生まれてしまったんだろう。

 どうして私は、君ともっと長く一緒にいられないんだろう。



 そんなことばかり考えて、泣いて、泣いて。



 それでも、朝になれば笑った。

 君の「おはよう」が聞けるだけで、私はまた、息を吸える気がしたから。



 ごめんなさい。

 ほんとに、ごめんなさい。

 最後まで私を守るって、そばにいるって、言ってくれた君に、私は、全部受け止めきれなかった。



 でもね。

 君のことが、世界で一番、大好きでした。

 どんな花よりも、どんな空よりも、どんな物語よりも、誰よりも、何よりも、君が一番、好きだった。



 恋人として?それとも家族として?

 ううん、そういう次元を超えてた。

 私の魂が、君を選んだんだよ。君なら絶対に幸せにしてくれるって。

 心の底から、心の真ん中から、私は君を、愛してました。



 葵、君は言ったよね。

「僕はなにもできない」って。

 不登校で、友達が少なくて、自信がなくて、って。



 でもね、私にとっての君は。

 命そのものだった。



 もし、人生をもう一度やり直せるって言われたら、たとえどんな運命でも、私はもう一度、君を愛したいって思う。



 君がいなかったら、私はもう、もっとずっと早く壊れてたよ。

 君がいたから、私はここまで生きてこれた。

 君の手を握ってる時間が、私の心臓を動かしてた。



 ありがとう。

 ありがとう。

 何度言っても、足りないけど。



 ありがとう。

 君と過ごした日々は、私の命のすべてだった。



 最後に、どうしても伝えたかった。

 私の命が終わっても、この愛は終わらない。



 君がこれから先、誰かと出会ったとしても、君が幸せになるなら、それでいいって思えるよ。

 でも私のことは一生忘れないでほしいな?

 でも⋯⋯もし、生まれ変われるなら、次はもっと健康な身体で、もっと長く、もっとしっかり、君の隣で生きたい。

 今度こそ、誰にも邪魔されずに。

 最後の最後まで、君の手を離さずに。



 そしてもう一度、言わせてね。

 葵、愛してる。



 一生、いや、来世まで、ずっと愛してる。

 たとえ声が届かなくても、姿が見えなくても、君のそばで、私は生き続ける。



 泣かないでとは言わない。

 思いっきり泣いてくれていい。

 だって、それだけ君が本気で、私を愛してくれた証だから。



 君の涙の分だけ、私はきっと空の上で微笑んでる。

 君がくれた幸せを、私はずっと忘れない。



 最後に、また、何度も言わせて。

 ありがとう。大好きだよ。永遠に。死んでも。



 指輪⋯⋯ありがとう。次あったときは絶対結婚しようね。



 陽菜より。



 

 その手紙を読み終えたとき、葵は声を出すことすらできなかった。

 息が詰まって、肺が焼けるほど苦しい。

 喉が引き裂かれるくらい、嗚咽がこみ上げてくる。



 「陽菜……陽菜ぁ……っ……!!!」



 床に崩れ落ち、手紙を抱きしめながら、

 葵はただ、子どものように泣き叫んだ。



 「ごめん、ごめん……僕……っ……守るって言ったのに……!幸せにするって、言ったのに……!なんにもできなかった……っ……!」



 声が出なくなるほど、泣いた。

 涙が頬を伝い、口に入り、苦しささえ忘れるほど、葵は泣いた。泣いて泣いて、壊れるほど泣いた。

 「陽菜……僕も好きだよ……愛してる……」



 この声が届かなくてもいい。

 だけど、それでも叫ばずにはいられなかった。



 彼女の言葉が優しすぎて、彼女の想いがまっすぐすぎて。

 ただ、どうしようもないほどに、葵の心を砕いた。