…ざぁ。…ざん。…ざぁ。…ざん。

…ざぁ。…ざん。…ざぁ。…ざん。

…潮騒の音が聞こえる。

引き潮の砂浜の上を人魚達が
陸へ上がってゆく。

桃茶色のパーマヘアで火ト手の
髪飾りをつけて、桜貝の

ジェルネイルをした花杏(はなあん)は、

星の涙を落としながら浜辺を歩いてゆく。

星の瞬く夜のうつる
青い海に月の道が続く。

星の白浜に紫貝が光り、人魚の足跡が
花の咲く波打ち際に消えてゆく。

…傷口が深い…

…腹をやられた…

月の満ち欠けの間に姿を現す
エンジェルロードに生温かい狼血が

したたりおちる。

…何者かに切られた…

‐…夜斬りだ…‐

……                      ……
 …                      …

夜の宵宮にひそむ妖たちが〈影〉をふむ。

…影ふみは好きだ…

…黒い〈影〉が鬼を操る…

「…もう少し、遊ぼう!」

牛若丸はそう言うと、月光りのなか影ふみをする。

童わの一人がななめに足を滑り込ませ、
もう一人の童わの影をとる。

「…影ふ‐んだ!」

すると、橋の上の牛若丸と弁慶とをみる。
牛若丸と弁慶は、二人競い合っていた。

月夜に白刀を光らせて、
切りつける弁慶の薙刀をかわして、

橋の欄干の上にふわっと降り立つ牛若丸。

鬼がおそいかかってくる!

そのとき、
暗闇で視界が遮られ、切りつけられた。

……                      ……
 …                      …

…意識が遠のく…

…肚のなかから魂が抜け落ちてくる…

癖のある黒髪に黒いスーツ、
香水の香りのするその男は

花茨ノ君と呼ばれており、

砂浜に打ち上げられていた。

…彼が肚をさわると、御魂が
形を持って、その姿を現す。

特に傷口の深い肚まわりに、
茨が螺旋状に巻き付いている。

…潮風が傷にしみる…

肚に手を置くと、血がにじんだ。

…眠い…

夜の砂浜にぐったりと体を倒して、
ゆっくりとその瞳を閉じた。

…遠のく意識のなか静かに光が
届いて潮騒だけが小さな浜辺に響いていた。

……                      ……
 …                      …

…戌五つ…

‐…鬼ノ城…‐

…ポタっ。…ポタっ。…ポタっ。

藍宵闇にかける三日月がきらきら光る星空に向かう。

…洞窟の奥から鬼の咆号が聞こえてくる…

鍾乳洞のつらら石が灰白色に並んでいた。

…白い洞窟に海辺から人魚が
男を引きずって運んでいた。

…鬼の穴の中は潮の香りがして、
奥に古い社ロがある。

数え切れない程の壊れた土人形が
洞窟においてあった。

…くぐつ人形…

古代の呪術 土人形〈鬼〉

…この男の血肉を使っている…

呪ゐをうけたこの男は
美しい姿をした鬼になってしまった。

社ロから〈影〉がでてきて、
眠っているその男に問いかける。

〈影〉に姿形はなかった。

呪いで蝕まれたその体には、
深い傷跡が残っている。

花杏は包帯を巻いて、
血止め薬を塗った。

近くの海辺から、波音が響く。

人魚の体にも古い呪いの跡が残っているが、
この男もまた美しい姿をした鬼になってしまった。

…人は食わない…

眠ったまま男は言う。

…嘘をつくな…


男が夢の中でくぐつを掴む。

〈影〉が燃える炎のように
赤く染まって揺らいだ。

…お主の魂を食ろうてやろうか!…

〈影〉が大きく揺らぐ。

洞窟の灯ロウの火がパチパチ音を立てた。

…〈鬼〉が土をこねて、くぐつ人形を作っている。

…男の体はくぐつ人形だった。

…体の傷口にさわると、土がほろっと崩れた。

…包帯を巻いた肚に護符を取り出して、
体に貼り付けると、呪いをかけて、

温かい薬湯につけた。

…村の鎮守の夏祭りの音が聞こえる。

鎮守の森を抜けて、裏手に回ると花海に出る。

洞窟…鬼ノ城はその山の手にあった。

薬湯に蓬をまぜると、血止めに効く。

…しみるぞ…

花杏は薬湯で温めた布を押しあてた。

…人は食わない…

…魂も食わん!…

…ゴゥ!っと、
凪風が吹いて、灯ロウの火が消える。

…夢の中で男は食いつくように、
そう言うと土人形をガシャン!と壊した。

…消した煙の匂い。

…壊れたくぐつ人形だけが
遠のく波音にさらわれて、

静かにただよっていた…。

……                 ……
 …                 …