…ぽたぽた。…ぽたぽた。
…花夕影をふむ。
…ぽたぽた。…ぽたぽた。
…花淡空に揺らぐ。
…夕焼けに染まる茜雲。
藍色に変わりゆく、宵宮を
星がままたき、三日月が揺れる。
…も‐いいかい。
…ま‐だだよ。
…も‐いいかい。
…ま‐だだよ。
…子ども達の声が笑う。
…目をふつみ、しゃがみ込んで声を掛ける。
夕映えの中を追いかけっこして、宵風をゆく。
…も‐いいかい。
…ま‐だだよ。
…夕闇にかける。
…み‐つけた。
…… ……
… …
…カラン。…コロン。
…花夢鈴が鳴る。
綿毛の舞ふ鼓草の生える野に
古ゐ社ロがひ一とツ有り。
中には仏像があって、
形の崩れた石座がいくつもあった。
矢車菊を生けて、
バケツに入れた水を掛ける。
…手を合わせて、念仏を唱える。
…南無妙法蓮華経…
…まざり合う四季を描いて、しぼりを結ふ。
…刻をこえて、四季に
染め色をおいて、花唄をうたった。
…… ……
… …
季節のまざるこの花荻野ノ国はずっと
暖かい花風に守られており、小麦色の花荻野の
広がる大地がたゆたゆと絶え間なく続く
木枯らしの国だと言われている。
…一年中、季節の変わらないこノ国は
紅梅や桜、花藤や竜胆などの花々が咲き乱れ、
襲衣のようになっていた。
…カチ。カチ。…カチ。カチ。
…〈花渦〉が舞い散る。
…妖おこじょが桜天秤の重りをのせてゆく。
…羅針盤の針が動く。…ピタ。
…水瓶座。
…2·1㌘…つまり、2月1日。
鶯の鳴く声がして、蜜柑のさす
紅梅の野から歌声が聞こえる。
…杏ノ花屋敷の離れの母屋から
縁側に座って日向ぼっこしていた。
…春のささやきのなか、
梅の香りを衣にまとい、若宮は
もなみと一緒に日向に座っていた。
…暖かい春の陽の光みたいな、彼名タの心…
…若宮の長い睫毛が揺れる。
…結ほふか、はたまた、結まいか。
…着崩れた体の花衣から伸びた手をみては、
小窓から入った花蝶が若宮の手に止まっては、
羽にかぐわふ。
…結ほふか、はたまた、結まいか。
…若宮は目をつむったまま、
もなみの手を結んだ。
…春の日だまりのなか、
紅梅の野に由良ゆら舞ふ…
…心のなかに、彼名タが浮かぶ…
…彼名タを愛しいと想ったことを…
…どれほど… …どれほど…
…もなみが若宮の手を握り返す。
…揺れる心のなかもなみがその頭を傾け、膝枕する…。
…胸の奥で彼名タを、想い出す…
…どれほど… …どれほど…
「…若宮‐!」
ねずが若宮の背にのると、
飛び上がるようにして跳ねる。
紅梅ノ君の黒髪が指の隙間に
ふわっと入って、桜花ははかの
シャンプーの香りが鼻に広がった。
日の当たる花窓の側から
君の頬に手をふれて
その横顔にそっと伺う。
…あのとき、こうしてあげれたら…
…と想って 少し後悔する…
…似た面影をうつした君は、
確かに、君だったなって想うよ…
ふつんだ目に静かな寝息が聞こえてきて、
穏やかな時間が流れる。
鶯が鳴き、花が咲くなか
花衣の香の匂ひが野にぞかぎろゐ移りゆく。
…紅梅のおかげののった
羽衣を君にかけて、若宮はそっと
もなみを抱きしめた。
…花夕影をふむ。
…ぽたぽた。…ぽたぽた。
…花淡空に揺らぐ。
…夕焼けに染まる茜雲。
藍色に変わりゆく、宵宮を
星がままたき、三日月が揺れる。
…も‐いいかい。
…ま‐だだよ。
…も‐いいかい。
…ま‐だだよ。
…子ども達の声が笑う。
…目をふつみ、しゃがみ込んで声を掛ける。
夕映えの中を追いかけっこして、宵風をゆく。
…も‐いいかい。
…ま‐だだよ。
…夕闇にかける。
…み‐つけた。
…… ……
… …
…カラン。…コロン。
…花夢鈴が鳴る。
綿毛の舞ふ鼓草の生える野に
古ゐ社ロがひ一とツ有り。
中には仏像があって、
形の崩れた石座がいくつもあった。
矢車菊を生けて、
バケツに入れた水を掛ける。
…手を合わせて、念仏を唱える。
…南無妙法蓮華経…
…まざり合う四季を描いて、しぼりを結ふ。
…刻をこえて、四季に
染め色をおいて、花唄をうたった。
…… ……
… …
季節のまざるこの花荻野ノ国はずっと
暖かい花風に守られており、小麦色の花荻野の
広がる大地がたゆたゆと絶え間なく続く
木枯らしの国だと言われている。
…一年中、季節の変わらないこノ国は
紅梅や桜、花藤や竜胆などの花々が咲き乱れ、
襲衣のようになっていた。
…カチ。カチ。…カチ。カチ。
…〈花渦〉が舞い散る。
…妖おこじょが桜天秤の重りをのせてゆく。
…羅針盤の針が動く。…ピタ。
…水瓶座。
…2·1㌘…つまり、2月1日。
鶯の鳴く声がして、蜜柑のさす
紅梅の野から歌声が聞こえる。
…杏ノ花屋敷の離れの母屋から
縁側に座って日向ぼっこしていた。
…春のささやきのなか、
梅の香りを衣にまとい、若宮は
もなみと一緒に日向に座っていた。
…暖かい春の陽の光みたいな、彼名タの心…
…若宮の長い睫毛が揺れる。
…結ほふか、はたまた、結まいか。
…着崩れた体の花衣から伸びた手をみては、
小窓から入った花蝶が若宮の手に止まっては、
羽にかぐわふ。
…結ほふか、はたまた、結まいか。
…若宮は目をつむったまま、
もなみの手を結んだ。
…春の日だまりのなか、
紅梅の野に由良ゆら舞ふ…
…心のなかに、彼名タが浮かぶ…
…彼名タを愛しいと想ったことを…
…どれほど… …どれほど…
…もなみが若宮の手を握り返す。
…揺れる心のなかもなみがその頭を傾け、膝枕する…。
…胸の奥で彼名タを、想い出す…
…どれほど… …どれほど…
「…若宮‐!」
ねずが若宮の背にのると、
飛び上がるようにして跳ねる。
紅梅ノ君の黒髪が指の隙間に
ふわっと入って、桜花ははかの
シャンプーの香りが鼻に広がった。
日の当たる花窓の側から
君の頬に手をふれて
その横顔にそっと伺う。
…あのとき、こうしてあげれたら…
…と想って 少し後悔する…
…似た面影をうつした君は、
確かに、君だったなって想うよ…
ふつんだ目に静かな寝息が聞こえてきて、
穏やかな時間が流れる。
鶯が鳴き、花が咲くなか
花衣の香の匂ひが野にぞかぎろゐ移りゆく。
…紅梅のおかげののった
羽衣を君にかけて、若宮はそっと
もなみを抱きしめた。


