…花の宮中の〈夏の橘ノ戸〉で
もなみと若宮は花橘の狩衣を着ていた。
…朱色の小袖を着て、花橘の香る
狩衣をかぶると紅色の指貫を着る。
…花橘の香のかほる、夏花小袖に
花鈴の鳴る若宮と二人着たお揃いの狩衣…。
宮中を左手に出て、
山の花ノ辺の古道をゆくと、
桜山から望む花見山につく。
…その麓に飛火野があった。
…もなみと若宮は二人一緒に
笠懸の馬に乗って、
…飛火野に着ていた。
由良ゆら揺らめく花な涙たは
火ノユらにたゆたふ
飛火野をゆく蜻蛉に
花歌を歌いゆく。
妖火の飛び交う花野を
笠懸の花矢で穿ち、
御符がはらはらと日影に散った。
「…もなみ。御符が凪空に散ったぞ。」
…疾風のかける音がする。
ねずが風に吹かれて、
若宮の髪の毛を握りながら言った。
「…花凪空に散ったぞ。」
若宮が手綱を引き、鐙に足をかけて
馬の腹を蹴り上げる仕草をした。
もなみは静かに頷いて、
若宮の後を寄り添うように追いかける。
幾重にも重なる影が揺らめいて、
ヒヒン!と一声鳴いた馬が
前足を上げると、また、
走り出して野をかけてゆく。
かけた頬をなでる夕風が
涼しくて心地良い。
途中、鹿の群れに出会い、
野守のゆく飛火野に
…人をたづねん。
手綱をゆるめて立ち止まると、
ひらりと馬から降りて
花矢を持ち、野をゆく。
…笹づつを広げて、若菜めしを
手に取り上げると、ふわっと
口にして、若宮と二人で食べた。
「…うん。若菜めしは上手い!」
…お揃いで着た花橘の狩衣が
夏風に袖の香りぞする…。
「…うん。おいしい。」
…答えかけるように頷くと、
もなみは若宮をみて微笑んだ。
…若菜めしは出汁にみりん、花塩、
醤油をぽとりと落として作る。
…一口食べるとほろ苦い甘さが広がった。
…もなみの背中にくっついていた
ぼっこ(山彦)がはちみつ漬けの梅干しを
口に放り込むと話しかけた。
「…竜と橘殿が結婚するんだって。」
「…そう。私も。」
「…えっ?」
隣でいた若宮はもなみの肩をだいて
由良ゆら揺れては倒れかかる。
「…うわ!」
ふわっと、倒れかかった下から
若宮を抱きしめてじっと、目を見つめた。
「…あっ。」
…彼の恋瞳のなかに、
もう一人の彼タ矢がうつる。
…そして、甘く口結ふ…。
「…王女はデンマークへ帰りました、とさ。」
ついてきた妖平家が、
絵本を手にとってそう言った。
「…これがお話のもう一つの物語。」
「…ふぅ‐ん。」
…子どもたちが不思議そうに頷いた。
「…びっくりした!」
「…なにが?」
…平家一族の火海が言った。
…もなみは若宮の胸を押して、
恥ずかしそうに言う。
「…もう。」
…顔が熱く、熱を持つ。
「…そうそう。茨ちゃんだけど、
呪いがとけたって噂だぜ。」
…烏天狗の天ノ河が言った。
「…どういうこと?」
「…そのまま。」
…優人が溜息をつく。
「…おっ!来たぜ。」
若草の薫る飛火野まで花茨ノ君が
遠くからさくさく歩いてくるのがみえた。
「…王女は?」
「…絵本のなかに帰ったよ。」
「…どゆこと?」
「…眠り姫って、こと。」
「…眠り姫?!」
「…そう。」
…花茨ノ君が嫌そうに笑った。
「…いるよ。」
「…もなみ‐!」
…手を振りながら王女が野にやって来た。
「…こっち!こっち‐!」
…もなみが返事をする。
…花茨ノ君がすっと前に出て、
王女に恭しく挨拶する。
「…私は、稲田姫命。」
「…あなたは?」
「…私は、瓊瓊杵尊。」
「…若宮は?」
「…俺?俺は、素戔嗚尊。」
「…ふぅ‐ん。」
…子どもたちがまた不思議そうに頷く。
「…私の胸を射止めた…この
田イ矢の杏心愛を、どうか、
あなたの手で受け止めて。」
…ふらっと美しい鬼姫がやって来て、
田イ矢の杏心愛を手のひらにのせて転がした。
それを、キャンディに変えると、
ぱくっと食べてしまった。
すると、呪いがとけて
茨のくぐつ人形が壊れた。
「…うわ!」
…くぐつ人形が壊れたから、
花茨ノ君の顔がひび割れて
土になって崩れていった。
「…土だ!」
…ねずが若宮の肩にのって言った。
「…魂で遊んで、器を変えられたら…
大事大変じゃ‐ん!」
いえ‐!と若宮と指指して高らかと笑った。
「…闇の縁結び。」
もなみが俯いて憂鬱そうに言った。
…花恋絵巻を読むと分かる…。
花茨ノ君は
それで、犠牲になった人なんだ。
…そして、くぐつに閉じ込めた…。
「…どうしても結婚したかった。」
…花茨ノ君が言った。
「…それは、俺ってこと。」
「…縁結び。」
…もなみが茨の手を握って言った。
「…君を、守りたかった。」
「…同じ私だった?」
「…あなたの魂だったの。」
…王女が言った。
「…そう。会えて良かった。」
…もなみが嬉しそうに言う。
「…うん。…ほんとに感謝してる。」
若宮がもなみの手を取り、願った。
「…もなみ、結婚しよう。」
…若宮が抱きしめる。
「…そんなに、何度も?」
「…そう。何度も。」
「…分け御魂だから、そう?」
「…そう。魂は何度もそのときのことを
想い出して、叶えないといけないんだ。」
「…そっか。」
「…もなみ、ありがとう。」
「…いいえ。」
…ねずが言った。
「…もなみ、花和琴を弾こう。」
「…うん。」
笠懸の馬の背から
組み立てれる花和琴を取ってくる。
桜の形をした和琴に
〈仮名物語〉をおいて、
花爪をつける。
「…これ。」
若宮が野の花を摘んできて、
一つひとつ菊ノ花を琴の端におく。
「…これは?」
母音と子音に花をおいてゆく。
「…琴の音をよく聞いていて。」
「…琴ノ花(ことのは)になるから。」
…花和琴を挟んで、
後ろから抱きしめて琴をひく。
…花和琴でひいた花夕音が歌になる。
…琴の音が響く。
「…若宮!」
「…大好き!」
…それを恋火野と、結う…。
もなみと若宮は花橘の狩衣を着ていた。
…朱色の小袖を着て、花橘の香る
狩衣をかぶると紅色の指貫を着る。
…花橘の香のかほる、夏花小袖に
花鈴の鳴る若宮と二人着たお揃いの狩衣…。
宮中を左手に出て、
山の花ノ辺の古道をゆくと、
桜山から望む花見山につく。
…その麓に飛火野があった。
…もなみと若宮は二人一緒に
笠懸の馬に乗って、
…飛火野に着ていた。
由良ゆら揺らめく花な涙たは
火ノユらにたゆたふ
飛火野をゆく蜻蛉に
花歌を歌いゆく。
妖火の飛び交う花野を
笠懸の花矢で穿ち、
御符がはらはらと日影に散った。
「…もなみ。御符が凪空に散ったぞ。」
…疾風のかける音がする。
ねずが風に吹かれて、
若宮の髪の毛を握りながら言った。
「…花凪空に散ったぞ。」
若宮が手綱を引き、鐙に足をかけて
馬の腹を蹴り上げる仕草をした。
もなみは静かに頷いて、
若宮の後を寄り添うように追いかける。
幾重にも重なる影が揺らめいて、
ヒヒン!と一声鳴いた馬が
前足を上げると、また、
走り出して野をかけてゆく。
かけた頬をなでる夕風が
涼しくて心地良い。
途中、鹿の群れに出会い、
野守のゆく飛火野に
…人をたづねん。
手綱をゆるめて立ち止まると、
ひらりと馬から降りて
花矢を持ち、野をゆく。
…笹づつを広げて、若菜めしを
手に取り上げると、ふわっと
口にして、若宮と二人で食べた。
「…うん。若菜めしは上手い!」
…お揃いで着た花橘の狩衣が
夏風に袖の香りぞする…。
「…うん。おいしい。」
…答えかけるように頷くと、
もなみは若宮をみて微笑んだ。
…若菜めしは出汁にみりん、花塩、
醤油をぽとりと落として作る。
…一口食べるとほろ苦い甘さが広がった。
…もなみの背中にくっついていた
ぼっこ(山彦)がはちみつ漬けの梅干しを
口に放り込むと話しかけた。
「…竜と橘殿が結婚するんだって。」
「…そう。私も。」
「…えっ?」
隣でいた若宮はもなみの肩をだいて
由良ゆら揺れては倒れかかる。
「…うわ!」
ふわっと、倒れかかった下から
若宮を抱きしめてじっと、目を見つめた。
「…あっ。」
…彼の恋瞳のなかに、
もう一人の彼タ矢がうつる。
…そして、甘く口結ふ…。
「…王女はデンマークへ帰りました、とさ。」
ついてきた妖平家が、
絵本を手にとってそう言った。
「…これがお話のもう一つの物語。」
「…ふぅ‐ん。」
…子どもたちが不思議そうに頷いた。
「…びっくりした!」
「…なにが?」
…平家一族の火海が言った。
…もなみは若宮の胸を押して、
恥ずかしそうに言う。
「…もう。」
…顔が熱く、熱を持つ。
「…そうそう。茨ちゃんだけど、
呪いがとけたって噂だぜ。」
…烏天狗の天ノ河が言った。
「…どういうこと?」
「…そのまま。」
…優人が溜息をつく。
「…おっ!来たぜ。」
若草の薫る飛火野まで花茨ノ君が
遠くからさくさく歩いてくるのがみえた。
「…王女は?」
「…絵本のなかに帰ったよ。」
「…どゆこと?」
「…眠り姫って、こと。」
「…眠り姫?!」
「…そう。」
…花茨ノ君が嫌そうに笑った。
「…いるよ。」
「…もなみ‐!」
…手を振りながら王女が野にやって来た。
「…こっち!こっち‐!」
…もなみが返事をする。
…花茨ノ君がすっと前に出て、
王女に恭しく挨拶する。
「…私は、稲田姫命。」
「…あなたは?」
「…私は、瓊瓊杵尊。」
「…若宮は?」
「…俺?俺は、素戔嗚尊。」
「…ふぅ‐ん。」
…子どもたちがまた不思議そうに頷く。
「…私の胸を射止めた…この
田イ矢の杏心愛を、どうか、
あなたの手で受け止めて。」
…ふらっと美しい鬼姫がやって来て、
田イ矢の杏心愛を手のひらにのせて転がした。
それを、キャンディに変えると、
ぱくっと食べてしまった。
すると、呪いがとけて
茨のくぐつ人形が壊れた。
「…うわ!」
…くぐつ人形が壊れたから、
花茨ノ君の顔がひび割れて
土になって崩れていった。
「…土だ!」
…ねずが若宮の肩にのって言った。
「…魂で遊んで、器を変えられたら…
大事大変じゃ‐ん!」
いえ‐!と若宮と指指して高らかと笑った。
「…闇の縁結び。」
もなみが俯いて憂鬱そうに言った。
…花恋絵巻を読むと分かる…。
花茨ノ君は
それで、犠牲になった人なんだ。
…そして、くぐつに閉じ込めた…。
「…どうしても結婚したかった。」
…花茨ノ君が言った。
「…それは、俺ってこと。」
「…縁結び。」
…もなみが茨の手を握って言った。
「…君を、守りたかった。」
「…同じ私だった?」
「…あなたの魂だったの。」
…王女が言った。
「…そう。会えて良かった。」
…もなみが嬉しそうに言う。
「…うん。…ほんとに感謝してる。」
若宮がもなみの手を取り、願った。
「…もなみ、結婚しよう。」
…若宮が抱きしめる。
「…そんなに、何度も?」
「…そう。何度も。」
「…分け御魂だから、そう?」
「…そう。魂は何度もそのときのことを
想い出して、叶えないといけないんだ。」
「…そっか。」
「…もなみ、ありがとう。」
「…いいえ。」
…ねずが言った。
「…もなみ、花和琴を弾こう。」
「…うん。」
笠懸の馬の背から
組み立てれる花和琴を取ってくる。
桜の形をした和琴に
〈仮名物語〉をおいて、
花爪をつける。
「…これ。」
若宮が野の花を摘んできて、
一つひとつ菊ノ花を琴の端におく。
「…これは?」
母音と子音に花をおいてゆく。
「…琴の音をよく聞いていて。」
「…琴ノ花(ことのは)になるから。」
…花和琴を挟んで、
後ろから抱きしめて琴をひく。
…花和琴でひいた花夕音が歌になる。
…琴の音が響く。
「…若宮!」
「…大好き!」
…それを恋火野と、結う…。


