…ひらひら舞い落ちる桜花ははか乃花の
続く花回廊をかけてゆくと、

一迅の風が吹いて、紅葉野に出る。

ざぁざぁ振る花雨が足元を濡らす。

「…もなみ様、こちらを。」

「…ありがと!」

ティアラが桜色の直衣を準備して
くれていて、編み上げたおだんごを

ほどくとポニーテールにして
髪飾りをつけた。

髪飾りには太陽と月が重なった
赤い花紐で結んだ手鏡のそれを

つけて、玄関まで来ると
赤い桜彫りの木の靴を履いた。

「…行ってくる!」

「…気をつけて!」

「…私はここで。また会おう。」

桜想ふノ君とティアラに
後ろ手に手を振り、

雨足が急ぎ足になった
桜恋宮楼から外に出た。

後を追いかけられるようにでていくと、
もなみは幽花世から花荻野ノ国へと帰っていった。

❀❀❀

…花夕雲に雷が走り、雨がやむ。

…ぽたぽた。…ぽたぽた。

…うとうとするような
まどろみのなか、桜花ははか乃野を

かけていった想ゐ出のなか、warphallをゆく。

…精霊たちの木霊する声が辺りに響き、
妖たちが〈常世〉の入り口へと誘う。

花ノ渦が吸い込むように
回りを包み、花嵐となって降り注ぐ。

若宮ともなみは舞う花びらを
追いかけるように野のなかを躍り出た。


舟入場を降りて、丸帯橋から
振袖川を越えて花小町を抜けると、

花ノ古社ロをゆく。

花たまりを飛び越える若宮。

裏を回って舞殿を通ると、花道を
越えて花丘と夕影ノ森を遠回りする

梅見道を走っていくと、
桜花ははか乃野につく。

小さな秋瀬川を飛び越えて、
桜並木道まで歩いてゆく。

「…た結ひ。」

…若宮の魂はもなみを抱きしめるように
手をかすめ取り、そのまま結ふる。

二人、手をつないだまま
くるくる踊るとそのまま花野丘に転んだ。

「…若宮!」

…ひらひら舞い咲る桜花ははか乃花が
二人を包んで、甘く香ってゆく。

…花風が吹いて、桜の花が舞い散った。


‐…若宮の魂のかけた、美しい鬼の面に口結ふ…‐

……                      ……
 …                      …

  「…愛する人を、決して忘れてはいけない…」


…雨のやんだ花景色にうららかな
春の日差しが差し込み、恋の花びらが舞う。

妖たちがぽ‐んぽ‐んと蹴鞠をしている。

…もなみが花恋絵巻を広げると、
筆を取って物語を描いてゆく。

怪し気なくらい美しい桜花ははか乃野で
もなみは若宮の魂だけでここまできたことを

花恋絵巻に描いていった。


…花恋絵巻のなかに、ゆく…

…もなみは吸い込まれるように
花恋絵巻へと入っていった…。


❀❀❀


…桜花ははか乃野には、

倒れかかるような枝垂れた
枯木の桜が一本、古い神庫の側に立つ。

鳳凰が神座の上に止まり、一声鳴く。

鳳宮から妖たちがでてきて、
都から運んできた若宮の器を

硝子の棺に入れて、その神庫の前においた。

「…魂を食らうてやったわ。」

「…若宮!」

…もなみがかけよる。

「…息、してない!」

「…魂が壊れたんだよ。」

…妖たちが言う。

「…器だけだよ。」

「…魂だけじゃ、だめだ!」

…また涙が溢れてくる。

…桜木霊たちが声を掛け合い、
花山の谷間からひそひそと

妖たちの話が聞こえてくる。

「…くるって。」

…ひそひそ…

「…あいつが、いい。」

…ひそひそ…

…精霊たちが由良ゆら揺らめく花ノわタつみを
眺めて、花煙を棚引いてゆく。

…木々が唸り、ゆらりと揺らいだ
桜花ははか乃花の舞う花ノ渦から

四季の折り目を乗り越えて、
花茨ノ君がやって来る。

…黒い正装した姿が印象的だった。

「…誰?」

「…鬼。私は鬼神(おにがみ)。」

「…そなたの御魂を食らうもの。」

「…なによ!」

…若宮が眠ってしまったのは、
鬼のその人が原因だったのをもなみは

直感的に知った。

…さからってはいけない…そう思った。

「…彼女にふれては、いけない。」

「…誰もさわったりしないよ。」

…妖たちがイライラしたように言った。

「…くぐつは甘くておいしいって言うぞ!」

ぼっこが何かを考えるように
膝に手をおくと、花茨ノ君に言った。

…男は星屑の瞬きを数える占いから、
未来がみえる目を持つ…。

「…男が食われる。」

「…ちゃんと守れるか。」

…妖たちが言った。

「…食わせろ!」

「…彼女に、ふれてはいけない。」

もなみの肩に手をおき、
後ろから抱きしめてそう言った。

「…あっ!」

…ざぁっと、花颯が揺れる。

「…決して、忘れてはいけない…」

すると、風のような速さで近寄ると、
花茨ノ君が腸を食らおうと手を出した。

…食われる!

もなみは頭を抱えて、
しゃがみ込むと、そこに稲妻が落ちた。


❀❀❀


…そこまで筆を取ると、若宮が
花恋絵巻をばさばさ逆しにかやして

振りかざした。

もなみが花恋物語のなかから
でてきて、桜花ははか乃野に戻る。

「…いて!」

ずでっと、滑って花恋絵巻から
若宮やもなみが抜け出てくる。

…時間よ、止まれ‐!…

…花恋絵巻から出ていくと、
平家一族が〈常世〉まで来ていた。

「…どしたの?」

「…もなみが危ない!」

…ねずが言った。

「…若宮が器だけって!」

後から来た平家一族が話を聞く。

「…じゃあ、
魂はもなみで器が若宮って?!」

「…あいたたた。」

平家一族の彦火が頭に手をおく。

「…若宮が魂が抜け出てるけど
ほんとは生きて眠ってるって。」

…もなみが言った。

「…大丈夫かなぁ。」

…優人が言う。

「…大丈夫。眠ってる。」

…若宮の頬に手をおいて、火海が言った。

「…一旦、宮中に帰って
いるものを持って来よう!」

…茜がやって来て、

「…花牛車を準備しましたので、
一緒に行きましょう!」

「…やだ!若宮が!」

…花夕涙(はなゆうる)が止まらなくなる。

「…あまりわがまま言ってはいけない。」

彼女の肩を支えて、若宮が言った。

「…俺は、大丈夫。」

「…俺がついてるよ。」

…しっかり者の平家の火海がいった。

「…じゃあ、行ってくる…。」

…平家一族の優人と彦火が乗り込んでいく。

「…あなた。」

「…ん?」

…桜恋宮楼で若紫色の直衣に
着替えていた若宮は、

…ティアラを想い出す…

両手を花袖のなかに入れて
桜木に依って胡座をかく。

もなみは花風を勢いよく吸い込んで、
御魂を大きく膨らませると、

一本の桜の花になって野に揺れた。

「…行かないで。」

「…大丈夫ってば。」

「…ほんと?」

…若宮の顔を両手で包み込む。

「…待っててね。」

…若宮の唇に甘く口結ふ…。

「…じゃあ、行ってくるから!」

花牛車に飛び乗って、ガタガタ揺れる
花野山をこうして越えていった。

さしも草や菫の花が咲いている野道を行くと、
まだ早い早苗の田畑や牛飼いが野を耕していた。

……                     ……
 …                     …

…宮中…

〈春の花ノ戸〉

「…大変!大変!」

「…大丈夫?」

…掬乃ノ宮があわてたようにやって来た。

…突然帰ってきた姫の姿に
宮中はばたばたとしていた。

「…花恋絵巻が!」

「…どうしたので、ございましょう?」

「…生きて、動いてるの!」

…もなみは、花恋絵巻のなかで

魂が生きて動いて妖退治していることや、
恋物語で呪詛がとけていってることなどを話した。

「…とにかく、
いるもの準備しなきゃ!」


❀❀❀


もなみは、桜花ははか乃花の花衣に着がえて、
おろし結髪に桜の枝の髪飾りをつけていた。

五衣にもたもたと袖を通してゆく。

「…花淡香楼、ポテトチップス、
花桔梗の球根、花夕玉と夜宵ノ玉……」

桃色のウールの毛糸で編んだ
取っ手のまぁま長い手提げバッグに

入れて、そう言った。

…着替えながら、ねずに相談する。

「…他にいるものないかな。」

…平家一族に桜花ははかノ枝剣を
一と振り、持って来てもらいます…

…若宮がそう言ったのを、想い出していた…。

「…準備できた?」

…優人が几帳の裏から母屋に
顔を出して言った。

「…それ。」

平家一族が桜花ははかノ枝剣をみせると、
肩に掛けて振りかざした。

「…花みくじ結わえる手に花衣
  浮かみてみユる恋ノ占…」

火海は得意気に鼻高々と言う。

「…用意できた?」

「…うん!」

「…じゃあ、行こう!」

…彦火が言った。

「…少しお待ち下さい。」

…掬乃ノ君が言った。

「…これをお持ちになると良いでしょう。」

「…鳳凰の火衣を、添えましょう。」


❀❀❀


…開いたままの花恋絵巻から
吸い込むように花嵐をおきて、

…土鬼が若宮に襲いかかってくる!

花恋絵巻のなかにバッグを持って
入ると、綺麗な花絵が動いて若宮が土鬼を

退治しているのがみえた。

「…若宮!」

「…若宮!大丈夫?」

もなみが身を乗り出して若宮に近寄る。

「…来てはいけない!」

大きな鬼が花恋絵巻のなかに写っている!

若宮が御符をはりつけると、
鬼は怒ったように手を振り回してきて、

その姿を変えてゆく。

「…ギィィィ!」

もなみは若宮にいるのが、桜花ははかノ枝剣だって
思って、その一と振りを持ってきた。

「…若宮!これ!」

若宮が桜の花を受け取ると、
桜花ははかノ枝剣の舞を舞う。

…桜花ははかノ枝剣を一と振りするだけで、
桜花ははかノ花が千の花になってちって、

一と振りするだけで、千里桜の花の野になる。

…土鬼が土になって、消えてゆく。

「…鬼の最後を、みてはいけない!」

土に変えている鬼がまだ土の中で
蠢いていて、鎌首を擡げて襲いかかってきた!

もなみは若宮に鳳凰の火衣を投げうつと、
火衣の回りに火がついて、鬼の首が若宮のそれをそれた。

「…危ない!」

…鬼が最後にもなみの腸を食い破って
こようとするのを、変わって、

若宮めがけてぶつかってきた!

…若宮の腸が食い破られる!!

若宮は人差し指と中指を二本立てて、
呪いを唱えると、腹に力を込めて、土鬼を払った。

若宮の腹から血がぼたぼた落ちてくる。

「…若宮!…若宮!」

…溢れた血と涙が止まらなくなる。

「…どうしよう!若宮が死んじゃう!」

「…急いで。安静にして。」

…平家一族が止血していく。

「…大丈夫?」

…腸を食い破られた…

…血だらけになった若宮が
ゆっくりと体を桜花ははか乃野に倒した。

…金臭い匂いが血を拭った草花にしみた。

「…若宮!…若宮!」

…ねずも泣いている。

…もなみが血で染まった若宮の魂を
横側から抱きしめる。

「…若宮!…若宮!」

…ねずの涙が若紫色の直衣に染み込む。

「…う。」

若宮が少し気がつくと、
うっすら目を開けてもなみをみた。

花茨ノ君が曇った横顔に
低い声色でもなみに言った。

「…大丈夫か?」

…もなみが言う。

「…あなたじゃなかったの。」

「…人は食わん。」

「…御魂は手当てすれば傷は治る。」

「…どうしたらいいの?」

「…魂移しが必要だ。」

…花茨ノ君が言う。

「…魂移し?」

「…そう。」

…ねずがぴょんぴょん跳ねながら言う。

「…古文書を読みながら魂移しだ。」


❀❀❀


…桜色の染野に彩をおいて、
ひらひら舞う桜花ははか乃花を

ゆっくりと雲が覆う。

…季節は巡り、赤に染まった
秋の落ち葉から春の木花咲耶姫の舞う

花の舞までざぁっと、もなみの
想ゐ出をのせて、花恋絵巻のなかを

染絵の桜花の木が揺れてゆく。

…花恋絵巻の物語が最後の章に
さしかかり、若宮ともなみの

死返し(まかりがえし)のシーンになる。

…魂が稲田姫命で器が素戔嗚尊…

…二人の御魂が一つになる…。

…もなみはバッグのなかの花淡香楼と
ポテトチップスと花百合の球根と

花夕玉と夜宵ノ玉を逆しにひっくり返した。

「…まずは、くぐつをこねる…。」

…桃色のマジパンみたいなくぐつ人形を
手でこねて、二十代前半の男の人の姿を作る。

そのくぐつ人形を若宮の体のなかに入れる。

手でこねたくぐつ人形に花土と金砂と
花おかげ(霊花)と桜花ははか乃花の香薬を

まぜた薄紅色の花淡香楼をくぐつ人形に
ぎっしり詰めて、そのくぐつ人形に詰まった

たくさんの花淡香楼の花土のなかに
花桔梗の球根を植える。

妖たちがポテトチップスをばりばり食べて、
ぽろぽろ落としてゆく。

…球根から芽が出てきて、花が咲く。

若宮のくぐつ人形から桔梗の花が咲き乱れる。

そして、
くぐつ人形の回りが桔梗の花の野になった。

…ふわっと香楼から香った甘い匂いがする。

…咲いた桔梗の花を摘んで、

その花の一つを手にとって、
花びらから甘い恋蜜をおとして、

若宮の唇を濡らす。

…若宮が美しい鬼に変わる。

くぐつ人形の腹に花夕玉と夜宵ノ玉の
二つの玉をおいて、呪文を唱える。

  …花くぐつ 唐唇に
 結すふるは 枝垂れる藤に

   刻分かつかも…

…死人(まかりしひと)も生き返らむ…

‐…鬼の魂のかけた、美しい若宮に口結ふ…‐

……                     ……
 …                     …

…桜の花が咲き乱れるなか、
揺れるような淡い〈魂〉との恋だった…

…桜の花が咲るように、儚い泡になった…

…消えてしまったあの人は、
想ひ出のなかにだけ寄り添っている…

…抱きしめても、儚く消えてしまった…

…由良ゆら舞う桜花ははか乃野に
千の花の火が揺らめく。

…桃色の花びらが二人を包んで、
花嵐が野に舞い込む。

野が絵の具で染色に滲むように
霊花イ〈レイカイ〉が歪んで、

花恋絵巻から〈常世〉までtimeslipした…。


…若宮が、千年の眠りからさめる…


…おこじょが一匹野に現れて、
…桜天秤がカシャンと壊れた…。