「…若宮!」

…若宮の魂が抜け出てきて、
幽花世にやって来た。

「…大丈夫?」

…もなみが抱きしめる。

「…うん。大丈夫。」

「…おや?
橘殿じゃ、ないのかな。」

…人形でできた兎の妖が言った。

「…花夢結婚でなゆた逃げる‐!」

…若宮が笑いながら言った。

「…追いかける!」

…若宮に会いたくなる…

…あなたの手を引いて…

…この手名ゴこロを結んで…

「…行くぞ!」

「…うん!行く‐!」

…手をにぎると、温かい…

…抱きしめると、大きな背中って…苦しくなる。
…誰そ彼の君夕は、恋の夢。

…君のことを知れば、もっと、追いかけたくなる…

…ぼっこたちがやって来る。

「…橘殿じゃない?!」

そう言うと、お団子だった
髪の毛がとけて、黒髪の下ろし髪が姿を現す。

…はらり。

「…女だ!」

「…逃げるぞ!」

「…うそ‐?!」

「…うそ‐?!」

…ケラケラたちが言った。

…桜恋宮楼をかけぬけてゆく…


❀❀❀


…はらはら。…はらはら。

…桜花ははか乃花が舞ゐちってゆく。

真っ直ぐ続く桜恋道を

ウェディングドレス姿で
あなたの手を引いて、かけてゆく。

もなみは天花星犠(プラネタリウム)のある
桜天守閣にのぼっていく。

…それは、
青い星の砂が広がった星空だった。

…青いベールのかかった星空を
見上げては、この恋の行方を探してゆく。

「…アンタレスはあるかしら。」

「…天秤?」

「…そう。」

…星座を天秤に乗せて、星空に金貨をおいてゆく。

「…和菓子の星座?」

「…山茶花の練り切り。」

…若宮がお空に浮かべて、星座にする。

「…変わった星座だね。」

「…こんなふうになると思わなかった。」

…もなみが落ち込んだように俯く。

「…ほんと。」

「…逃げちゃってきてよかったの?」

「…大丈夫。」

「…あのまま結婚させられたら、」

「…困るから。」

…若宮は桜結びの桜色の結び飯を

「…もらってきた。」

…と言って、差し出した。

…葱のっかけチキンたるたる
の桜結びとエビチリのっかけだった。

…隠し味にかち割り梅干しと
赤紫蘇をまぜて…。

二人で桜結びを食べてると、
天体望遠鏡から星空が映った。

…紅葉、萩、山茶花、南瓜、梟…

…星空に星座が輝く。

…私があなたの星空になる。

「…星空のキャンディ。」

「…これも。」

…はいって、あげる。

…彼の目をじっと見つめる。

すると、もなみの鼻をもぎゅっと摘む。

「…む。」

もなみの頬が赤くなり、耳が熱くなる。

星空のキャンディを食べると、
口の中に星空が浮かぶ。

花染めた和花柄の搾りでできた花星空に
夜空をおいて、空を見上げる。

…こんなにも、近いのに
世界はこんなにも、遠いの…。

…だから、

…あなたに恋して、
どうして何も言えないの…。

…何度も間違った花野道、
選び続けて、こうして、あなたと出会った…。

「…俺がこれから先、襲われて
命が危ない目にあうかもしれないけど、

それでも一緒にいてくれる?」

「…うん。大丈夫だよ。」

…星空に誓うように言う。

秋風の吹く桜恋宮楼の桜天守閣に続く
大広間から真っ直ぐの花鈴通りを通って、

…桜花ははか乃花の染野を…行く。

桜天守閣からみれば、
雨行きの近い空からの

遠野の畑焼きに、紅葉が舞う。

…ボコボコッとくぐつの
土人形たちが土煙と共に出てくる。

…土でできた人形の〈鬼〉は、
ハエや虻に変わって、土煙と共に

疫病をまき散らし始めた。

〈影〉が次々とでてきて、
くぐつ人形を操ってゆく。

…秋曇り。花灯ロウに火を灯す。

…行き交う雲が風を呼ぶ。

…油入れに油を入れて、
ロウ束に火をつける。

…由良ゆら揺れた火が、花灯ロウに灯る。

雲をゆく空がためた秋雨を立ち込め、
精霊たちが木々を揺らし、歌を木霊してゆく。

陽の光が薄暗くなってきた部屋に
差し込んできて、夕暮れの足跡がついてくる。

ガタガタ花恋絵巻が震えだして、
地鳴りがしてくる。

「…えっ?」

ハエや虻が部屋中に襲いかかってきて、
膝にのせた桜結びが痛んでいく。

「…あっ!」

「…いたんじゃった。」

…天花星犠の望遠鏡の回りをハエや虻が
ぶんぶん飛び回って、もなみの後を追いかけてきた!

「…わぁ‐?!」

土鬼がもなみの魂に食らいついてきて、
ハエが体の回りを取り囲む!

「…こっちだ!」

…桜天守閣の妻籠に立てかけてあった
花和琴をとると桜座敷において、

花爪を入れて、弦にさわる。

部屋の中は暖かく、染雨のまざるなか
季節違いの桜花ははか乃花の彩りが辺りを飾る。

…〈仮名物語〉の帳面から
1枚破り取った琴譜ヲ読み上げると、

琴ノ花の彩夕音に桜恋宮楼が染まりゆく。

〈 ‐仮名物語‐ 〉

…いは〈ニ〉、ろは〈五巾〉、はは〈一十〉、
には〈二九〉、ほは〈五十〉、へは〈四十〉、
とは〈五八〉、ちは〈ニ八〉、りは〈ニ巾〉、
ぬは〈三九〉、るは〈三巾〉、をは〈ゆりいろ三〉、
わは〈ゆりいろ一〉、かは〈一六〉、よは〈五い〉、
たは〈一八〉、れは〈四巾〉、そは〈五七〉、
つは〈三八〉、ねは〈四九〉、なは〈一九〉、
らは〈一巾〉、むは〈三と〉、うは〈三〉、
ひは〈ニ十〉、のは〈五九〉、おは〈五〉、
くは〈三六〉、やは〈一い〉、まは〈一と〉、
けは〈四六〉、ふは〈三十〉、こは〈五十〉、
えは〈四〉、ては〈四六〉、あは〈一〉、さは〈一七〉、
きは〈ニ六〉、ゆは〈三い〉、めは〈四と〉、
みは〈ニと〉、しは〈ニ七〉、ゑは〈四〉、
ゐは〈ニ〉、もは〈五と〉、せは〈四七〉、
ずは〈三七〉、んは〈ゆりいろ五〉

…もなみが花和琴を引いて、鬼退治をする。

…歌を詠む。花歌を…。
…それはそれは美しい歌を…

〈…紅梅の花にぞ
  想いは文結ひ

…袖にぬれるは
 恋の端かけ…〉


〈…五十三一十ニ五九一十一九ニ九五七…〉

…白い指で弦を弾く。

〈…五五とニ一十三十ニと三と三七ニ十…〉

…夢色のドレスで百合色を聞く。

〈…五七四六ニ九三九四巾三巾一十…〉

…愛しい夕瞳で花泡音をなぞる。

〈…五十ニ五九一十ニ七一六四六…〉

…琴ノ音が花雨空に千に舞ふ。

…人型に〈鬼〉と記した依り代に
火を灯して、…ボッと燃やすと

若宮が鬼を土に変えていった。

…若宮の御符がはらはら切れて、
炎と共に土鬼がただの土塊に変わってゆく。

すると、「…ギィィィ!」と声がして、
暴れ回った鬼たちが琴ノ花音に封じ込められていった。

…疫病の禍津神は虫の嵐が膨れ上がっていった。

「…うわぁぁ!」

…取り囲まれたねずが叫んだ。

…もなみが花和琴を弾き終わって、

持ってきた〈花恋絵巻〉をとると、
ねずを助けに行く。

「…大丈夫?!ねず。」

「…危なかった。」

…はぁはぁ。

…桜灯ロウがてんてんと続く。

桜恋宮楼の桜天守閣から
真っ直ぐ降りた花街道に向かって

赤い檜皮でできた桜彫りの
桜階段を階下を目指して、かけてゆく。

「…若宮!」

ハエや虻が襲いかかってくるのを
くぐり抜け、若宮が〈矢車菊の野〉前を

通り過ぎた、朱の階段のところで
桜花ははか乃花枝を持って、秋花舞を舞ふ。

桜階段は折り紙の鶴や風船の飾り物をつけて
花桜の足場を重ねた階段で、もなみが花和琴で

歌を歌うと共に若宮が舞を舞う。


〈…おころ。…おころ。と…〉


〈…おころ。…おころ。と…〉


…玉由良の花。…花夕玉と夜宵ノ玉。

…1枚いちまいから、千の桜木にかけて
桜花ははか乃花が咲いてユク…

…ざぁっと、千の桜ノ花が揺れる…

…千の桜花ははか乃花が咲いタり、
枯れたりするのを、花夕玉であやつる…

…ハエや虻が桜花ははか乃花びらに
なって変わってゆく。

…階段の折り返し道の途中で
…若宮が舞うのさなか、もなみを抱きしめる。

「…なに?!」

「…大好きだよ。」

「…やめて。」

…もなみが恥ずかしそうに言った。

「…ばか!」

「…ばかって、何よ!」

…もうひ一とツは、

…とけた御魂の霊花イ〈レイカイ〉を
封じ込めた夜宵ノ玉…

…夕茜に誰そ彼る花夕…

…宵宮にユク狐火の花列…

…その火の由良の花ノわたつみを
花夕や宵宮にかえ゙たりする、夜宵ノ玉…

…桜花ははかノ花をあやつる花夕玉と、
夜宵をつかさどる夜宵ノ玉…

…ハエや虻の嵐を花ノわタつみに
変えて花波を満潮にしたり、引き潮にしたりする。

…満潮で嵐を防ぎ、引き潮で干ばつを防ぐ。

…この、ふ二タつの花玉を、手に持ちふるふ…

…そのふ二タつの御魂を、
由良ゆら揺るわす桜花ははかの舞…〉


〈…おころ。…おころ。と…〉


〈…おころ。…おころ。と…〉


「…なにも言えなかったじゃない!」

…涙目になって叱ってしまう。

花和琴の隣においた花恋絵巻が
熱を持って、はらりと開いていった。

「…涙は私のものだから。」

「…なによ。」

…もなみの涙があふれてくる!

「…花恋絵巻を広げるぞ!」

…ねずがそう言うと、

…ぐすっと涙をふいて、
もなみが〈花恋絵巻〉を広げる。

花恋絵巻に土鬼やハエや虻が嵐になって
襲いかかってくるのを、絵で描いて封じ込めていく。

花夕雨が振り、〈花恋絵巻〉の文字が滲む。

「…妖たちが溢れてでてくるぞ!」

ハエや虻たちが絵巻物のなかで
若宮たちに歌になって舞いになって

退治されていくのを描き留めてゆく。

〈矢車菊の野〉の部屋から人がでてきて、
妖たちが声を上げる。

部屋の中の食べ物が一気に傷んだり、
廊下の桜花ははか乃花が枯れたりしていった。

「…花恋絵巻で閉じ込めて!」

「…できないってば!」

「…できるってば!」

…若宮が言った。

「…こう。」

若宮が花恋絵巻に墨で文字を描くと、
描いた絵が動いて、絵のなかで御符を舞いた。

「…そんなの分からないって、
ど‐ゆ‐神経?!」

「…そんなことないって!」

「…もう。」

…そんなこと言いたくないのに。

…すると、またもなみは涙が溢れて
胸がいっぱいになる。

「…しょうがないな。」

「…若花風草蝶(わかはなふうるうちょう)。」

…若宮が言った。

…涙がこぼれ落ちてくる。

「…え?」

「…若花風草蝶?」

…妖たちが言った。

「…そう。若花風草蝶。」

「…この書物を竜王一族の名において、
そう、名付ける。」

「…この花恋絵巻は若花風草蝶の名において、
封印する、とする。」

…もなみが夕雨と花涙でごちゃまぜになっていく。

…どんどん恋におちて、花恋絵巻になってゆく。

…若宮なんて、大嫌い…。

…なんて、言えないのに…。

平家一族や烏天狗の天ノ河が声をかける。

「…どうなってるの?」

「…ヒュ‐ヒュ‐♥!」

「…あや?泣いちゃってる!」

…平家一族の火海が言う。

「…ど‐ゆ‐こと?」

…ドングリや木の実の妖が言う。

「…もう大丈夫!」

もなみはから元気を振るい出す。

…まだ終わってないから…

途中、土鬼たちに邪魔されて、
〈花恋絵巻〉が手が震えて描けなくなってしまう!

「…そっちじゃない!こっち!こっち!」

…〈花恋絵巻〉をみた、もなみが言った。

「…私の御魂を描いて!」

妖たちがもなみの絵を描いていく。

すると、絵のなかで動いていた絵の魂が
はりついて、体が動いていく!

「…うそ‐!体が動いていく!」

「…妖恋絵巻とかって、
絵で封じ込めると、閉じ込められると

魂がそこからでれないって噂だぜ!」

…幽花世の御魂の妖たちが言った。

「…描く人で話が動いていくってこと?」

「…そ‐なったら、危ないっしょ‐!」

平家一族がこっちに来ると、
急に冷や汗をたらしながら言った。

「…じゃあ、危ないんだ。」

「…そ!そ‐ゆ‐こと!」

目玉だけの妖や子どもの
妖怪が声を揃えて言った。

「…話の通りになるって、こと?」

もなみがこっそり聞いた。

「…その通りになったら、困るでしょ!」

若宮が頭をがしがしとかいて
荒っぽく言った。

「…とにかく、」

「…花恋絵巻は私が預かるから!」

…もなみが続けて言った。

もなみは〈花恋絵巻〉を持って抱えて、
この桜恋宮楼のなかを、この桜花ははか乃花の

回廊を走り抜けて、飛び出して行く。

「…待ってったら。」

…ねずが追いかける。

…若宮はもなみの後を追いかけて、
花桜の咲き乱れる廊下をかけていった。

…カラン。…秋曇り。

…花雨を抱え込んだ秋空をかけて、
桜花ははか乃野までの花回廊をゆく。

…静かな秋の野に鈴虫の音が
り‐り‐と響いていた。


❀❀❀