…絵描きが、
港に立って花妖絵を描いている。

…パレットにおいた絵の具をつけて、
紙に花彩をおいてゆく。

妖色に染まった画用紙のなかで
不知火が由良ゆら揺らめく。

「…今日の妖舟入を描くぞ。」

…油絵に似たタッチで
花妖海を描いていた。

花をちりばめた海の水を描いて、
青海波に色染める。

きらきら光る波打ち際が
いろんな色に輝く。

「…いろんな妖舟があるね。」

港町をぐるりと歩いたあと、
浦の舟入を描くために

絵の具とパレットと画用紙を
広げた絵描きは港に立って

をちの花海を眺めた。

舟がゆっくりと港町に入ってくる。

港の先にある灯台が光を
差し入れて、近くのカフェに

入った夫婦二人が
妖レモンソーダを味わっていた。

「…夕火が綺麗ね。」

…深入りの波に不知火が灯って、
幽霊が街を歩いていく。

絵描きは、描き終わった花妖絵を
広げて子どもとまじまじと見つめると、

「…上出来。」

と、微笑んで鞄に入れて持って帰った。

それをみた妖が、

「…絵描きのおじちゃん。
その絵を、ちょ‐だい!」

というと、絵のおかげを1枚だけ
もらうと、嬉しそうに

瓶に詰めて花妖絵を海に投げ入れた。

…子どものお化けが
夕火の照りつく舟入場を

いつまでも眺めていた…。


❀❀❀


…りりり。

…夕火のなか骨貝でTel♥

骨貝のイヤリングを一つ
耳から取って、Telにする。

…星の砂がちらばった砂浜に
妖貝がひそひそと話をする。

「…知ってる?」

「…知らない!」

…ひそひそ。…ひそひそ。

…手乗りサイズの骨貝に

耳をつけて、
花海の波音をきくと…

…幽花世に届く。

「…今どこ‐?!」

「…こっち!」

「…わかんない!」

…花白浜に立って、Telする。

…由良ゆら揺れた花波が
さざれ石に煌めく。

…骨貝を耳に当てて、
花白浜を走ってくと…

妖舟入につく。

…夕火が綺麗…

…静かな港町に不知火の光が
瞬いてきらきら水面に輝いた。

「…桜恋宮楼。」

「…桜恋宮楼…。」

もなみが呟くと、
ケラケラたちが話しかけてくる。

「…それってどこ‐?!」

「…どこ‐?!」

…骨貝のなかを出たり
入ったりする貝の妖や幽霊…

「…幽花世(かくりはなよ)の御殿って。」

「…花海を越えていくんだ。」

「…追いかけて行くから!」

「…うん。」

…骨貝の口の彦火が
嬉しそうに微笑む。

「…若宮は?」

「…まだ眠ってる。」

彦火が心配そうに言う。

「…一人で大丈夫?」

「…うん。若宮のためだから。」

「…一人でいく。」

…もなみが言った。

「…16時の妖舟入で、

桜想ふノ君が
会いに来てくれるから。」

…港町の夕海に妖舟が入っている。

桜想ふノ君は幽花世の
若宮の分け御魂の一人で、

もう一人の若宮だった。

桜想ふノ君は紅葉色の蔦柄に
千歳緑の直衣に、フレアのパーマヘアで

常磐色の愛瞳だった。

もなみが同じ蔦柄の唐花模様で
千歳緑の十二単衣を着ていた。

「…電話変わる。」

「…うん。」

桜想ふノ君の低くて優しい声が響く。

「…会いたかった。」

「…私も。」

もなみが骨貝の口に
のめり込んで言う。

「…桜想ふノ君が来てるよ。」

「…知ってる。」

「…途中、舟をおりたら
紅葉実りに花恋宮に行かない?」

「…行く!」

「…行く‐♪」

「…行く‐♪」

…妖たちが木霊して言う。

「…じゃあ、
楽しみにしてるから。」

…桜想ふノ君が言った。

「…ついたら連絡する。」

「…待ってる。」

紅葉の浮かんだ花海に舟が入る。


…り。…ぷちん。

舟にのると、船乗りが積荷を
運んでて、その手伝いをした。

向かい風に潮の
満ち引きをよんで、夕妖舟を出す。

妖舟が出ると同時に花海に潜って
もなみは人魚になった。

花海の底を妖舟と一緒に泳ぐと、
海老やイカが海の底で歌を歌っていた。

…お空にひっくり返った
花海の底ではお魚たちの群れがみえて…

珊瑚礁の花畑で人魚たちが遊んでいた。

…花空の上をゆく浮舟と妖の花畑ノ海…

…夕妖舟のなかは花妖海の底になって
お魚たちが泳いでいて…

踊る海坊主が自慢気に空を抱え、
もなみは花海のなかでお風呂に入った。

洗濯物は花貝のなかで
タライを使ってして、

お風呂はTileがぷっくりとした
花貝の模様で飾られてて、

おかげの花畑がお風呂のなかに浮いていた。

シャンプーやリンスが

…花海のおかげを使って、
作ったものをつけて洗うと…

アワアワ幸せ‐♥!

シャワーのなかに

ぱちぱちした
キャンディが入った…

アイスクリームの
ポッピングシャワーならぬ

甘い花夕夢の味のシャワーがあった。

妖のお魚や海老たちと
一緒にアワアワ花海でお風呂だった。

…花海の底に眠る…

開いた貝のなかに
真珠がひとつあって、

人魚が真珠貝のブレスレットを
つけてたのをぷちん!っと切ると、

舟が嵐に巻き込まれるのを
とめてくれるお願い事を

叶えてくれるという。

海女さんたちが花海に
潜ったときに飛び散った

海の底に落ちた真珠を

拾って袋に入れて
海坊主に伝えるんだって。

花海をわたって、

海老や貝と一緒に
人魚になって泳いでいく…。

向こう岸についた夕妖舟から
てるてる坊主のお化けともなみが

でてくるのがみえた。

…とっ!

舟入り場に足を入れると、
お迎えが来ていた。

「…お‐い!」

「…きたきた!」

…待ち行く人たちがやって来る。

「…こっち!こっち!」

…桜想ふノ君が手を差し出す。

「…大丈夫?」

「…大丈夫。」

…ぎゅっと手をにぎる。

「…近くの紅葉寺に行こう!」

「…花恋宮じゃないの?」

「…うそ!」

「…言わないこと。」

…し‐っと、
桜想ふノ君が指を立てる。

もなみと桜想ふノ君と
天狗の天ノ河に火海は、

花恋宮に行った。

舟入を出ると、
街なかの大通りを真っ直ぐ行って、

公園の風丘をぬけると、
鹿が遊ぶ広場に出る。

そこをぐるりと回っていくと、
屋台が続く道がある。

その道から少し狭い路地に入ると、
家々の並ぶ町家があって、その一つに

花恋宮があった。

…花恋宮は、柘榴が綺麗になっていた。

…縁結びのお堂で
カラフルなくくり猿がたくさん

ぶら下がっていた。

くくり猿の他にも花鞠にや
おじゃみが吊って飾ってあった。

後は、アンティークな
カルフォルニアローズの造花の

花束をいけていた。

お堂の中に入ると、お間が一つあって、
千歳緑の十二単衣から檜皮色に

竜胆の花模様の直衣に着替えた。

おろし髪は太陽と月が重なった
赤い花紐で結んだ手鏡の髪飾りを

つけたポニーテールに、
赤い桜彫りの木の靴を履いていた。

「…似合うよ。」

「…男の子だ。」

「…や‐い!や‐い!」

…くくり猿の妖たちが抜け出て言う。
おじゃみが大きく膨らんで、話しかけてくる。

「…今から桜恋宮楼に向かうから。」

「…桜恋宮楼はここから
裏手に回ってすぐ八重桜の花並木道

を通ると、着くよ。」

「…ありがと。」

「…男の子になって行くのかい?」

…柘榴の木のところまで行って、
もなみは片手でくるっと回って言う。

「…替え玉だから。」

…火海が言う。

「…何しに行くの?」

「…宴会って聞いたけど。」

乳母をひくお婆さんの子守唄が聞こえてきた。

「…一つの鞠に、いちにいさん。
…二つの鞠に、いちにいさん。」

…赤い柘榴のなる木の下で
そう話しながら、桜恋宮楼までの

八重桜の並木の続く道で振り返った。