…夜ノ御殿に桜花ははか乃花の
枝を一振り手向ける。

…部屋の隅においた灯ロウの火が揺らめく。

花の御帳台のなかにいたもなみは
若宮を静かに待っていた。

…灯ロウの火をゆらゆら眺める。

「……。」

御帳台に桜花ははか乃花、

桃や藤の花、躑躅、山吹の
しぼりの染め色が咲く。

…もなみは懐に手を突っ込むと
花柄の懐紙に包んだベリーのガトーショコラを

出して、一口食べる。

「…ねず。」

…大きな欠片をねずに渡した。

…ねずの小さな舌で
チョコレートをとかす。

…カタン。

…桜型の御帳台の後ろから
若宮がやってきて、声をかける。

「…こんばんわ。」

…もなみは若宮の顔をみて、どきっとする。

「…こんばんわ。」

…少し遅れて返事をする。

若宮が御簾の中に入ってきて、
彼から話しかける。

「…今日は楽しかったですね。」

「…うん。」

…もなみはそっと
近寄って、嬉しそうに笑う。

すると、近寄ったときに
御帳台の花畳で指を擦って、

お料理中に指を切ったことを、想い出す。

「…いたっ。」

「…大丈夫ですか。」

指をみて、切れていたから
まだ血が滲んでいて痛そうだった。

「…痛そうですね。」

「…うん。」

すると、指をぱくっと
口で挟んで、血を舐めとった。

ふわっとお湯上がりで
血色の良い首筋の素肌に

色っぽいシャンプーの
甘い香ほりがする。

…じわっと、心の中に
温かい気持ちが湧いてくる。

少し上目使いで見上げる
恋夕瞳に、燃え上がるような恋心が…募る。

「…お料理は誰としたんですか。」

って、若宮が聞く。

「…秘密。」

…花舞宵宴の席の途中で…

もなみが御台所へ行ったとき、
二人でお鍋の椎茸を切った。

いつも明るくって賑やかなのに、
いざ契るってときになると、

黙りこくるんだから。

…もう。

ふいに…抱きしめた…

「…俺を、忘れないで。」

離した唇にじんとした跡が
指の先に残って、もどかしい。

…どうして…

「…やきもち。」

…そう…

若宮の首筋にすっぽりと
顔を埋めて、抱きしめられる。

ゆっくり唇を重ねると、
恋紅涙が溢れてくる。

…あなただけの、ものに、なりたかった…

…恋夕瞳に口結ふ…。

「…ガレットは、私が食べたかった。」

そう言って、もなみを
押し倒した後に手の中にある

ガトーショコラにかじりついた。

花衣の襟元に若宮は顔を埋める。

表着に手をかけ、打衣をさわり、
五つ衣をはだけさせた。

…藤、躑躅、山吹、桃、桜…

…あなたに染められて…

ねずがガレットを口から取りこぼした。

…もなみの恋瞳の裏に若宮がうつる…

…そうして、何度も口結ふ…。


検非違使の見回りで、火海と
彦火と天狗の天の河が

太刀を持って、母屋までやって来る。

「…ちょっと。」

「…えっ?!」

仰向けになった胸元を隠すと、
目を瞬かせて声をかけたほうをみた。

「…私が変わります。」

…茜が遮るように前にでた。

「…俺がみてくるから。」

そういって、甘いkissをすると、
若宮がそっともなみの側を離れた。

しばらくして、
御簾の中からもなみが覗き込むと、

「…何があったの。」

「…暗書の彼女の命が狙われた。」

…若宮が言う。

「…じゃあ、分かった!私も行く!」

ささっと十二単衣から
桜花ははか乃花の狩衣を着て、

母屋をでてゆく。

桜花ははか乃野に咲りゆく
花のように、もなみの姿が儚く萌ゆる。

「…行っては、いけない!」

若宮の声が闇夜に響いて、
もなみがかけてゆく。

「…すぐ帰ってくるから!」

後ろ手に手を振ると、
鬼門から閂をひいて、外に出た。

すると、火海が太刀をもって妖と戦っていた。

…土鬼だ…

ぼこぼこっと土中から土人形の鬼が
這い出てきて、襲いかかってくる!

「…お‐!」

「…お‐お‐さん。」

起き出して追いかけて、

ついてきた子ども達が
震えながら待っていた。

唸りながら土鬼は手を
振りかざして入り込んできた。

土鬼を切ると、ばさっと
土煙が上がって鬼が倒れた。

…鬼が土に変わる。

「…お父さん、強い!」

もなみが桜花ははか乃御刀りを
ひらりとかわして、ひとひら翳した。

もなみが太刀を一振りすると、
桜花ははか乃花が舞ふようだった。

…お母さん、綺麗…

…こども心に自慢したくなる。

「…ちがう。」

「…そこの太刀は、こう。」

…彦火が優しく言う。

…もなみの姿をみて、天狗の天ノ河が…

「…わかった。了解ッ!」

…頭に指を二本立てて、挨拶する。

妖のみんなが心配して、やっきた。
魚の精が口々に言った。

「…怖かった‐!」

「…そんなこと言って!」

「…戦わなくっちゃ!」

魚の精たちは月夜の上を

素早く泳いで、
花海の潮流をくぐり抜けてゆく。

「…若宮!」

「…来てくれたの。」

「…橘様は?」

「…宮中にいるよ。」

「…そっか。」

…若宮が急によそよそしくなる。

「…どうしたの。」

「…そうじゃなくて。」

若宮がふわっと後ろから抱きしめた。

「…続き。」


‐…恋する人の夢に

…ふれることは、
…決してしてはいけない…‐

…ぽたぽた。…ぽたぽた。

春の花おぼろ月に由良ゆらと
桜花ははか乃花が淡夢色に舞ふ。

…ぽたぽた温かいあなたの腕のなか…

…ずっと、ここで眠っていたい…


…桜並木道をずっと行くと、
二人、花夕舟にのる。

…桜灯ロウがぽぅぽぅと辺りを照らす。

あなたの手をひいて、
ゆっくりと横抱きになる。

…ちゃぷ。ちゃぷ。

…花筏が水面に揺れる。

…ここで、桜木に結んだ
花あられの束を二人で食べた。

…ほんとに、あなたに恋して…

花夕舟は桜花ははか乃花の御帳台が
おいてあって、桜の花と花蝶の

レースでできた
フレアのショールをかけてあった。

花夕舟は、

桜木でできた漆塗りの桜が
入った小さな朱の舟だった。

由良ゆら揺れる火が頬を染める。

…夢みるはあなたの腕のなか…

…抱きしめて…。

…あなたが恋瞳に甘くkissをする…

…花夢が泡のように淡くきえてゆく…

…あなたとの想ひ出があふれてくる…

「…やめて。」

…あなたを忘れようとするほど…

   …恋焦がれる…

着替えた十二単衣の胸元に
咲く椿の飾りに口結ふ。

「…椿の花は私のものだった。」

花枕に頭を寝かせて
小腰をひくと、単になった。

顔を両手で抑えて、
そっとうるんだ夢瞳でみつめる。

「…ばか。」

「…ばかじゃない!」

…むぅっと、頬を膨らませる。

…そして、
むにむに頬をつねる。

「…しぃ。」

…そのまま、二人、口結ふ。

「…私に恋してはいけなかった。」

…誰にも、知られてはいけない…

   …この恋心は…

「…返事は?」

「…え?」

…ぼ‐っと、夢心地になる。

「…やめて。」

「…そう。そ‐ゆ‐こと。」

「…やめない。」

ふいに、振り向いてあなたの顔を
じっと見つめると、名を呼んだ。

「…若宮。」

…花恋蜜に染まりゆく。

…若宮の胸に手をおくと、
どきどきと音がする。

…もなみが若宮の唇を甘く噛む。

…答えるように若宮は、
もなみの手をとると、その手首に

噛みつくようにkissをする…。

…そして、小さな花紅跡を残した。

…花畳のきしむ音がする。

「…親王。」

「…ちがう。」

「…抱いてるときには、若宮って呼んで。」

桜花ははか乃花が淡く揺らめいて
二た人の面影をうつして、

花波のように花袖を色染めた。

「…花水引の相手は、
私とのものじゃないといけなかった。」

そう言って、朱塗りに桜の高坏においた
桜らんぼをとると、実をくわえ口結ふ。

桜らんぼが口の中に入ってくる。

「…もなみ。」

…花音が聞こえる。

…由良ゆら。…由良ゆら。

…花紅川に揺れる。

「…もなみ。」

…胸が壊れそうで苦しい…。

…花が咲ったとき、
二枝鈴が焼けるように熱い。

…花が咲る。

…桜花ははか乃花の小袖で抱く…。

…染め色は藤、常磐、躑躅、山吹、桃、桜…

…桜髪に水面も乱れて、花が咲る。

…花紅に染まった唇に
下三日月エンドウの花紋が浮き出る…

…kissの雨がふる。

…体中にふったkissの天雨紅…

…熱い素肌に全部の妖花紅紋がでてくる…

…腹に黒い竜の花紋、
…頬に三ツ揚羽蝶、
…尻に黒い桜花ははかノ枝剣紋がでた。

そして、

…腹に口結ふと…
…黒い竜の花紋が一つ消えて、

…頬に口結ふと…
…三ツ揚羽蝶の花紋が一つ消えて、

…尻に口結ふと…
…黒い桜花ははかノ枝剣紋が一つ消えた。

体中、花紅藤の花紋のついた跡が

…藤、常磐、躑躅、山吹、桃、桜…

…と、花ざかりの花夕夢へこぼれ落ちてゆく。

…君だけに恋する…君だけに…

そして、甘いkissをする度に、
花紅色の跡を残して、美しい鬼になってゆく。

花の跡が消えるたび、若宮は鬼になってゆく。

…恋紅瞳に口結ふたときに、
あなたの瞳が桜紅色の瞳になる。

…手名ゴこロに口結ふと、
あなたの手に対になった…

…花紅色の文様が浮き出てくる。

…足先に口結ふと、
あなたの花爪に桜紫貝を装う。

…美しい鬼の面をかぶった人になる。

…契りを結ふときは、若宮は人になる。

…花血蜜を、飲む…

〈…カシーンッ。
…カラン。…カラン。…カラン。〉


…胸の先に花跡を残す。花が咲る。

「…彼を想うぶん、俺を想って。」

…由良ゆら。…由良ゆら。

…水面の花紅桜に揺られる。


…由良ゆら。…由良ゆら。

…由良ゆら。…由良ゆら。

……                      ……
 …                      …