…けふは、花舞宵宴だった。
…下った先から右手に折れ、
玉の緒道をゆくと…呉竹橋に出る。
…呉竹橋のすぐ道脇を
左手に行けば宮中についた。
宮中の〈春の花ノ戸〉へつき、
車宿りに牛車を入れ、釣殿に向かふ。
…部屋にはごちそうが並んでおり、
観覧の席には桜ノ宮と花蹴鞠ノ君と
紫ノ君が来ていた。
三人とも若宮の分け御魂だった。
それぞれ別の御名ののついている
〈カミ〉さまだった。
桜ノ宮は梨乃花の香の香りのする、
面立ちのそれはそれは美しい人だった。
桜紅の髪色をしていて、
梨色の直衣をきており、
梨乃花の胸飾りをつけていた。
紫ノ君は花紫の直衣をきて、
矢車菊の花を胸に飾っていた。
…くんと薫る矢車菊をおぼし出でたる
香ほりに、その面影はまさに花夢のごとし。
…花蹴鞠ノ君は蹴鞠柄の直衣をきており、
端正な顔立ちをしていた。
花蹴鞠をしているその姿は
宮中に鮮やかに色づく。
…御馳走は手鞠の形をした海老と
眼黒の寿司に、小さく切ってかき揚げにした
伊勢海老の天ぷら、平貝わ帆立、桜鯛の
御造りなどが並ぶ。
花豚のミニ鍋、桜卵の茶碗蒸し、
花籠のおぼろ豆腐、
花湯葉のお吸い物があった。
…果物は桜んぼの最中、
お菓子はベリーのガトーショコラがあった。
…遊宴の席にある花ノ御膳は、
それぞれ準備しており、いい匂いがしていた。
席は釣殿で開かれており、
右隣が紫ノ君、目の前が花蹴鞠ノ君、
斜め前が桜ノ宮、殿座が若宮だった。
もなみはアワビの入った桜模様の
カラフルな蝶のマカロニグラタンの
ココット添えを食べていた。
…一さじ掬って、それを味わう。
アワビのコリコリっとした食感に、
ホワイトチョコレートのような甘い
クリームの匂いがした。
すると、もなみは桜ノ宮の御膳の中に
入ってあったガレットをみて、ほしそうに
小さく手をたたいた。
「…おいしそう!」
桜ノ宮は、
「…グラタンに、どうぞ。」
と言って、フランス産桜桃岩塩を
ひとつまみ入れた和栗仕立ての
オニオンクリームガレットを一つつまんだ。
花畳の上を擦り寄りながら、
桜ノ宮がもなみの口元へ
ガレットを持ってきた。
「…私は、これを。」
桜ノ宮の、
…はい、あ‐ん!…
の合図で、もなみが
ぱくっと食べた。
「…おいしい?」
…桜ノ宮が顔を覗き込む。
「…うん。おいしい。」
…もなみが頷く。
「…私は、これを。」
花蹴鞠ノ君は蹴鞠の練り切りを
一つ手に取り、ふわっと花菓子の
上にひらひら咲いた、御魂の
蹴鞠をとって、もなみの
膝の上においた。
そして、胸に結わえていた
椿の飾りをはずすと、
もなみの胸元へ結わえた。
もなみは、膝の上に乗った
蹴鞠にピンを付け、花蹴鞠ノ君の
胸へと結わえた。
夜風にのり、雅楽の音色が
あたりに響いて、
祝いの席に花が咲いた。
「…私は、これを。」
高坏にもった桜らんぼをとって、
紫ノ君が口に入れると、
その枝を口の中でリボンの形にして結ふ。
懐から取り出した桃色の水引きを
花結ゐにして、その上にリボンの枝を
口から出しておいた。
そのままもなみの口のところへ
持ってゆき、花結ゐの水引きに唇をよせた。
「…私だけにしないと、
いけなかった…。」
…二人の間に若宮が割って入る。
子ども達がいつものように
はしゃいでいる。
「…私の前で、してはいけない…。」
頬を染めたもなみの顔に
やきもちをやいた姿がみえる。
…もなみは笑って、袖をなおした。
「…私は、これを。」
若宮は茜に言って、
花鞠を準備してもらった。
若宮は、その花鞠に口づける。
花鞠をぽんともなみに投げると、
もなみは上目使いに若宮を少しみて、
同じように花鞠に口づけた。
若宮は目の前にさっと、花鞠を出されて、
目を瞬いて、離れようとした瞬間…
二た人はふわっと、その花鞠の影から口結ふた。
…釣殿にいた皆があっ!とどよめいた。
…頬を染めたもなみの淡恋瞳に、
若宮の嬉しそうな姿がうつる…。
春の宵月夜の、花宴のさなか、
にぎわった人たちの咲く声が
遠くまで響いていた。
戌亥ノ刻になると、お祭りが始まった。
釣殿の下の池のほとりには
お社ロがあって、小さな祭壇がある。
花雪水、花塩、花ノ米、桜酒を
おいて、春蓮根、春玉菜、花蕪ノ葉、
焼き立ての粗挽きウインナーパン、
ミルクパン、ドリップコーヒー、
花苺、おいり、鱚を供えた。
…秋月に染め色をおいてゆく…
紅葉ノ枝に千代紙で風船や鶴を折って、
短冊にお願い事を描いて飾った。
釣殿の隣には舞殿があって、
座ったまま観覧できた。
裸足に天女の装束のもなみは
シャラシャラ鳴った柘榴色の
涙型の宝石のついた金の腕輪に、
お揃いの金の足輪、アラビアータな冠に
ビジューをあしらった花紅色のブラ、
淡い桜夢色のチュールのついた
フレアのショールパンツ、
両腕にかけた天女の羽衣
姿に着替えた。
そして、
二枝鈴をもって、舞を舞う。
輪っかになった腕輪に
大きな金の鈴を二つ、宙吊りにして、
シャラシャラ鳴らす。
…後は、鳳凰の羽。
この一と振りすると、金の粉がちる
赤い金の羽を振って舞う。
…舞殿で腰を振りながらダンスを踊り、
バック転や大ジャンプをする。
…若宮は〈花恋結夢歌〉をうたった…
若宮は奥の梨ノ対から
李の花の枝を取ってくると
舞殿に手向けた。
…舞を舞いながら、李の花の枝から
花文をとくと、桜花ははかの花の枝に
結わえないこした。
…若宮は名帳簿〈ゆらめき〉を
出して呪文をとなゑてく…。
〈…花ノ波ゆく土ノまにまに…
…夕ノ風ふく花ノまにまに…〉
…花のわタつみが波ゆきて、
鬼が土にかわりゆく…。
…夕に吹く花風は、
桜花ははか乃花のように
鬼が千に野にちりゆく。
…人型の依り代がボッと燃えてゆき、
神霊たちが使い走ってゆく。
…妖狐たちの影がゆく。
…池に浮かんだお社ロに
〈花恋結夢歌〉を歌うと、
木綿を振り、邪鬼を払う。
赤い花紐に結んだ花鈴の玉串を供えた。
…玉串の花紐鈴を一つひとつ
といてゆき、桜花ははか乃枝に
…結んでゆく。
花文と花紐鈴を結んだ
桜花ははか乃枝を手に持ち、琴と火菊。
そうして、
天女が羽衣を広げて、宵空を飛び、
とん、とん、と、かかとを鳴らして、
手首にシャラシャラ通した
二枝鈴の神花器を鳴り響かせる。
…鳳凰の赤い金の羽が舞った。
…夜半の鳥がなく頃まで、
花舞宵宴は続いた…。
…下った先から右手に折れ、
玉の緒道をゆくと…呉竹橋に出る。
…呉竹橋のすぐ道脇を
左手に行けば宮中についた。
宮中の〈春の花ノ戸〉へつき、
車宿りに牛車を入れ、釣殿に向かふ。
…部屋にはごちそうが並んでおり、
観覧の席には桜ノ宮と花蹴鞠ノ君と
紫ノ君が来ていた。
三人とも若宮の分け御魂だった。
それぞれ別の御名ののついている
〈カミ〉さまだった。
桜ノ宮は梨乃花の香の香りのする、
面立ちのそれはそれは美しい人だった。
桜紅の髪色をしていて、
梨色の直衣をきており、
梨乃花の胸飾りをつけていた。
紫ノ君は花紫の直衣をきて、
矢車菊の花を胸に飾っていた。
…くんと薫る矢車菊をおぼし出でたる
香ほりに、その面影はまさに花夢のごとし。
…花蹴鞠ノ君は蹴鞠柄の直衣をきており、
端正な顔立ちをしていた。
花蹴鞠をしているその姿は
宮中に鮮やかに色づく。
…御馳走は手鞠の形をした海老と
眼黒の寿司に、小さく切ってかき揚げにした
伊勢海老の天ぷら、平貝わ帆立、桜鯛の
御造りなどが並ぶ。
花豚のミニ鍋、桜卵の茶碗蒸し、
花籠のおぼろ豆腐、
花湯葉のお吸い物があった。
…果物は桜んぼの最中、
お菓子はベリーのガトーショコラがあった。
…遊宴の席にある花ノ御膳は、
それぞれ準備しており、いい匂いがしていた。
席は釣殿で開かれており、
右隣が紫ノ君、目の前が花蹴鞠ノ君、
斜め前が桜ノ宮、殿座が若宮だった。
もなみはアワビの入った桜模様の
カラフルな蝶のマカロニグラタンの
ココット添えを食べていた。
…一さじ掬って、それを味わう。
アワビのコリコリっとした食感に、
ホワイトチョコレートのような甘い
クリームの匂いがした。
すると、もなみは桜ノ宮の御膳の中に
入ってあったガレットをみて、ほしそうに
小さく手をたたいた。
「…おいしそう!」
桜ノ宮は、
「…グラタンに、どうぞ。」
と言って、フランス産桜桃岩塩を
ひとつまみ入れた和栗仕立ての
オニオンクリームガレットを一つつまんだ。
花畳の上を擦り寄りながら、
桜ノ宮がもなみの口元へ
ガレットを持ってきた。
「…私は、これを。」
桜ノ宮の、
…はい、あ‐ん!…
の合図で、もなみが
ぱくっと食べた。
「…おいしい?」
…桜ノ宮が顔を覗き込む。
「…うん。おいしい。」
…もなみが頷く。
「…私は、これを。」
花蹴鞠ノ君は蹴鞠の練り切りを
一つ手に取り、ふわっと花菓子の
上にひらひら咲いた、御魂の
蹴鞠をとって、もなみの
膝の上においた。
そして、胸に結わえていた
椿の飾りをはずすと、
もなみの胸元へ結わえた。
もなみは、膝の上に乗った
蹴鞠にピンを付け、花蹴鞠ノ君の
胸へと結わえた。
夜風にのり、雅楽の音色が
あたりに響いて、
祝いの席に花が咲いた。
「…私は、これを。」
高坏にもった桜らんぼをとって、
紫ノ君が口に入れると、
その枝を口の中でリボンの形にして結ふ。
懐から取り出した桃色の水引きを
花結ゐにして、その上にリボンの枝を
口から出しておいた。
そのままもなみの口のところへ
持ってゆき、花結ゐの水引きに唇をよせた。
「…私だけにしないと、
いけなかった…。」
…二人の間に若宮が割って入る。
子ども達がいつものように
はしゃいでいる。
「…私の前で、してはいけない…。」
頬を染めたもなみの顔に
やきもちをやいた姿がみえる。
…もなみは笑って、袖をなおした。
「…私は、これを。」
若宮は茜に言って、
花鞠を準備してもらった。
若宮は、その花鞠に口づける。
花鞠をぽんともなみに投げると、
もなみは上目使いに若宮を少しみて、
同じように花鞠に口づけた。
若宮は目の前にさっと、花鞠を出されて、
目を瞬いて、離れようとした瞬間…
二た人はふわっと、その花鞠の影から口結ふた。
…釣殿にいた皆があっ!とどよめいた。
…頬を染めたもなみの淡恋瞳に、
若宮の嬉しそうな姿がうつる…。
春の宵月夜の、花宴のさなか、
にぎわった人たちの咲く声が
遠くまで響いていた。
戌亥ノ刻になると、お祭りが始まった。
釣殿の下の池のほとりには
お社ロがあって、小さな祭壇がある。
花雪水、花塩、花ノ米、桜酒を
おいて、春蓮根、春玉菜、花蕪ノ葉、
焼き立ての粗挽きウインナーパン、
ミルクパン、ドリップコーヒー、
花苺、おいり、鱚を供えた。
…秋月に染め色をおいてゆく…
紅葉ノ枝に千代紙で風船や鶴を折って、
短冊にお願い事を描いて飾った。
釣殿の隣には舞殿があって、
座ったまま観覧できた。
裸足に天女の装束のもなみは
シャラシャラ鳴った柘榴色の
涙型の宝石のついた金の腕輪に、
お揃いの金の足輪、アラビアータな冠に
ビジューをあしらった花紅色のブラ、
淡い桜夢色のチュールのついた
フレアのショールパンツ、
両腕にかけた天女の羽衣
姿に着替えた。
そして、
二枝鈴をもって、舞を舞う。
輪っかになった腕輪に
大きな金の鈴を二つ、宙吊りにして、
シャラシャラ鳴らす。
…後は、鳳凰の羽。
この一と振りすると、金の粉がちる
赤い金の羽を振って舞う。
…舞殿で腰を振りながらダンスを踊り、
バック転や大ジャンプをする。
…若宮は〈花恋結夢歌〉をうたった…
若宮は奥の梨ノ対から
李の花の枝を取ってくると
舞殿に手向けた。
…舞を舞いながら、李の花の枝から
花文をとくと、桜花ははかの花の枝に
結わえないこした。
…若宮は名帳簿〈ゆらめき〉を
出して呪文をとなゑてく…。
〈…花ノ波ゆく土ノまにまに…
…夕ノ風ふく花ノまにまに…〉
…花のわタつみが波ゆきて、
鬼が土にかわりゆく…。
…夕に吹く花風は、
桜花ははか乃花のように
鬼が千に野にちりゆく。
…人型の依り代がボッと燃えてゆき、
神霊たちが使い走ってゆく。
…妖狐たちの影がゆく。
…池に浮かんだお社ロに
〈花恋結夢歌〉を歌うと、
木綿を振り、邪鬼を払う。
赤い花紐に結んだ花鈴の玉串を供えた。
…玉串の花紐鈴を一つひとつ
といてゆき、桜花ははか乃枝に
…結んでゆく。
花文と花紐鈴を結んだ
桜花ははか乃枝を手に持ち、琴と火菊。
そうして、
天女が羽衣を広げて、宵空を飛び、
とん、とん、と、かかとを鳴らして、
手首にシャラシャラ通した
二枝鈴の神花器を鳴り響かせる。
…鳳凰の赤い金の羽が舞った。
…夜半の鳥がなく頃まで、
花舞宵宴は続いた…。


