…〈 李ノ花殿 〉…

…李の咲く庭のみえる
母屋の窓際で花文をしたためる。

桜の漆塗りの花机に向かい、
もなみは筆を走らせていた。

今宵、宮中の花宴に向かふ
ための歌を作っていた。

薄い花紙に墨を染める。

…花宴は誰と行くのか…

文のやりとりをして、李乃枝に結ふ。

〈…花ちるらむ〉

…と、記して、
もなみは窓の外の李の花をみた。

…うらうらと花が咲っている。

…部屋の中はちらかっており、
子ども達が遊んでいた。

「…稲火(いなほ)!」

…くるりんと回転して
白に毛並みの光る妖狐がやってくる。

もなみは稲火に花庭に咲く
李の花の枝を摘むようお使いを頼んだ。

稲火は昼御座の合間を
通り抜けて廂から外に出る。

…ドロン!て花煙が咲って、
妖狐が童姿に化けた。

…花庭の綺麗な枝ぶりの李の花を
ひとつ手折って、白い小花を上手に

手で摘んでゆく。

…ひとひら。ふたひら。みひら。

…ひらひら。…ひら。
…ひらひら。…ひら。

花を摘み終えると、童姿の稲火が
籠の中に入れたおかげの花と

李ノ花の枝を手に持って、部屋に戻る。

「…ありがとう。」

もなみはいくつかの古銭を稲火に
手渡すと良い香りのする花籠と花枝をもらった。

…稲火はドロン!て童姿から
白い妖狐の姿に戻ると、

…古銭をもらって、尻尾を
振って喜んで下がっていった。

もなみは李ノ花が籠に入った花を
花紐に生糸で縫うて花冠をつくると、

子らの髪に摘んだ花冠をおいていった。

❀❀❀

…宮中…

…桜花ははか乃花が由良ゆら舞ふ頃…

春の面影が野を染める度に、
零れ落ちた花淡屑が二人を誘う。

…いつだったかもなみは
若宮が桜ノ花を髪に挿してくれた

日のことを想い出していた。

「…似合うよ。」

…もなみはふふっと笑って、
宮中の桜花ははか乃野をかけていた。

もなみは若宮の手を引いて、
春の宮中をおぼろゆく。

「…待ってったら。」

「…捕まえてごらんなさい。」

  …ててふの舞ふ。

桜花ははか乃花の狩衣をきて、
もなみがててふを追いかける。

  …ててふの舞ふ。

    …つかもふか。

  …はたまた、結ほふか。

  …ててふの舞ふ。

   …つかもふか。

…このててを、すり抜けてゆく。

   「…待って。」

   …抱きしめた…

     この、

…ててふを、すり抜けてゆく。

…恋しいあの人を想い出して…

…ててふの追いかけっこする…

  「…こっちだよ‐。」

   「…お‐い!」

 …声が花野に木霊する…

   「…お‐い!」

   …ててふの舞ふ…

   …抱きしめた…

…若宮はもなみの手名ゴこロを…
   りうてで…挟んで、

   …ててを、結ふ。

  「…つかまえた。」

 …ててふを、抱きしめた…

…焚きしめた花衣の香のかほり…

  …愛しい面影を探して…

   「…つかまえた。」

…桜花ははか乃花の稲枝(くしえだ)が
髪の毛に由良ゆら揺れいだ。

❀❀❀

…子ども達の背中をぽんと
叩いて声をかける。

子らは李の花の枝を振りかざして言う。

「…花吹雪だぁ‐!」


…しばらくして、もなみは
火取りを取って、李の花の香を焚いた。

…懐紙に包んだそのほろ苦い
白色の粒を赤い桜模様の香炉に入れる。

…李火は火を付けると、
ポッポっと音がして、花鞠のような

丸薬が燃えてゆく。

…ふわっと甘い香りがして、
李の花の咲く匂いが部屋に広がった。

15分くらい燻して花の
香の香ほりを花文に閉じ込める。

…その香ほりのついた
花文に筆と硯で歌を綴った。

〈…花ちるらむ
玉はころころ、おコろコろと…

花ノ香ほりに文の匂ゐに

そっと花摘み袖振りしずく
夕宵の月のまにまに…

誰そ彼れの問いに花束ねらむ…〉

…茜が母屋の奥へ下がると、
李の花の枝を持ってきて、

もなみは花文を結んでいった。

……                      ……
 …                      …