秋の鈴虫がり‐り‐鳴いているなか、
宮中の母屋でもなみを呼ぶ声が聞こえる。

「…もなみ‐!…もなみ‐!」

舞う秋風が紅葉を運んでくる。

「…は‐い!」

と、もなみが返事をした。

本棚に本を並べて、書庫を整理する。
もなみは本を両手いっぱいに抱えて、

母屋を移動していた。

…書庫につくと、本をドサッと下に置き、
山積みになった本を見上げる。

…もなみは何気なく手に取った本を広げると、
文字に目を通した。

…そして、うとうとする
まどろみのなか、夢をみる。…花夢を。

……                       ……
                     …

…花夕夢。…花夕夢。
…はらはら。…はらはら。

…桜花ははか乃花が舞い咲る花夕。

…花夕夢が舞い咲る。
…花夕夢が舞い咲る。

…花夕夢が舞い咲る。

…凪風に誘われる…夕宮。
花宵宮に誰そ彼レる、花野山。

はにかむ君夕に、恋ノ端。
君に恋する…恋ノ夢。

…はらはら。…はらはら。

…はらはら。…はらはら。


…黄金色に染まる
…夕丘に一人、佇む景色のなか

…立ち並ぶ家々に、花鏡をてらす泉を抜けて…
花海をゆく線路をこえて、

…彼名タのもとへ、行く…

   …ゆく。
    …ゆく。

   …ゆく。

   …ゆく。

…わた菓子みたいな、彼名タをうつす花雲を…
…つかんで…花泡のちるなか、な涙ダをユり搾って…

…彼名タを、いだく…



…由良ゆら。…ユラゆら。

…由良ゆら。…ユラゆら。

…由良ゆら。…ユラゆら。
…由良ゆら。…ユラゆら。



…宮中…

〈春の花ノ戸〉

…春の日だまりのなか、陽炎がゆらゆらと舞ふ。
…桜の花の匂ひが襲衣に香りゆく。

…鶯の鳴く花声に揺るわす桜花ははかノ花…。

…たユやかにつぼ厶、
桜花ははかノ枝に結ふ、花鈴の緒…。

…そのなかに、
たった一と人きり。

…舞ゐ降りた、しでふる、をと女…



‐…若宮…‐

そう呼ぶ者の声が聞こえる。

…ひさしの隙間からみえる、
丸橋に立つ女子らは、ふと、目を留める。


…花ノ御魂は由良ゆら。

…淡桃にかげろふ、恋の神気は花とちりゆく…。


「…若宮。」

…若宮は、花夕夢のなかで、
綺麗な黒髪を花風になびかせ、

若紫の直衣を羽織り、宮中を歩いていた。

…もなみは若宮を呼び止めると、
彼に向かってかけていった…。


…花畑のなか、

…若宮は、もなみを抱きしめる…



…花夕夢のなかで、君を想ふ。


‐…つかもふか、

はたまた、結まゐか…‐

‐…つかもふか…‐


…花のてふてふつ。

結ふ、手名ごコロを…

…花曙にまみゆ、誰名タ(そなた)ヲ…

…香りゆく、ふれた花衣に…
…花紅に染まる桃頬。

…香の匂ひ、花ノ匂宮…

…桜花ははかが咲ると共に、
花夢が儚く、萌えた…


…御魂は体の中から抜け出ていった
魂そのものの姿で肉体があり、動いている。

…それは、〈カミ〉さまと呼ばれる精霊である。

…〈カミ〉さまは古代から
幽世に住まい、人々に敬われていた。

…その一方で、〈美玉〉はお空に浮かんだ
花海…花でいっぱいになった御魂のことをさす。

…御魂は抱きしめると、霞のように消えて、
花泡みたく頼りないものだった。



……                      ……
 …                      …



…母屋に行くと、桜型の御帳台に花の御座をしいて、
肘掛けのついたねやで若宮は丸転ねる。

…桜の襲色をした花衣。

…朝ぼらけ花もやゐにうつる
花野山あさき夢みし衣手におちず…

…花野山に振り袖る私は、御魂に恋をする。
…玉乞ゐヲする。…そうして、また、夢をみる。

…花夢は幻… …夕宵にかげる…


…花ノ灯ロウのしたたり火は、
若宮の花影を淡く染める。

…儚く夢みし、憂ゐにみちたその横顔は、
それはそれは美しくみえた。

…細くたなびいた、おぼろ瞳は、
少しかげりて春の苑にあわくみえる。

…桜花ははかノ色に香れど

花袖は
花枕に手にぞ結ふき…

…すず菜すゞしろ七ひれ
ゆかりてあんだ花もちを、ほおばっては

…花藤に枝垂れる。


〈…夢のなかで、会う…〉


…花恋絵巻で封印されていた恋…


…それは、花夕夢の恋…

ス咲乃オ乃ゐ琴との君恋は
たくさんの分け御魂で描かれていた。


…神様と人との恋…

…でも、

宮中御法度で

…恋する人の夢にふれることは、
決してしてはいけない…

と言われていた。


彼名タの頬にふれるとき…

彼タ矢の魂が抜け出て、
その頬に、甘いkissをかわす。


…彼名タの香りにふれたら…

揺れる恋瞳で、彼名タをみつめて、
…愛している…と、結う。


でも、一つだけ叶うならば、

…あの人のもとへと、連れてって…


ス咲乃オ乃ゐ琴は、
…幼い頃に出会った人で、初恋だった…

…眠ったままでいた…
心の奥で封印していた夕紅恋が

…ゆっくり、動き始める…


〈…彼タ矢に会いに来ないと、いけない…〉


‐…若宮が言ふ…

…ふわっと、
桜木に依った御魂で言ふ…‐

〈…彼タ矢の琴ノ花(ことのは)を、
描いてはいけなかった…〉

…若宮は、ス咲乃オ乃ゐ琴…
…もなみは、掬矢名タ姫乃ゐ琴…と、呼ばれていた。


…花ノ御魂は由良ゆら。
…美玉ヲ花鞠になぞらえては、

…てまるにてまるぞ。

…桜花ははか乃野にぞうつし恋影は
誰そ彼レにゐまゆらゆれに想ゐけれ。

…桜花ははか乃野に舞ふ…花畑のなか、かけてゆく。

…花ノ御魂は由良ゆら。

…花にぞ想ゐぞふちける。

…しでかかる花ノ枝は、花衣に包みゆく…



…花蜜の甘ゐ音がする…

…御手には、舞鶴ノ舞。
…二枝鈴。
…春夕衣は香の香りがして、淡く匂ひたる。
…白い指が花鈴をならす。
…鈴のなる花音がして、花のりとをあげる。

…桜花ははかの花ノ枝をたゆやかに持ち、花ノ舞を舞ふ。

…ゆれる波ノ端に、花泡がこぼれおちてゆく。

…朝もやに咲く花を摘み取った、
桃指先は、花水を掬い上げては、たゆみおちてゆく。

…うつし桔梗紋鏡にまみゆ花影は、


…若宮がみえない!


…花ノ水占にたゆたむ。
…水に浮かみた花みくじヲゆらゆれに折る。

…花みくじに描いた水影は…


…すれちがふ!


…いつも側にいる。
…誰そ彼レに、問う。

…名は、もなみ。

…ゐ二し古ゑの花文から言い伝ふる
古事語りては掬矢名タ姫は、人になりにし。

…若宮は〈カミ〉さまだった。
…ほんに人にはできぬことができる〈カミ〉さまだった。



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…なきゆかば 梅の野にぞ

けふこえて
鷽の鳴く声 夢にかもみる…



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‐…ゐ二し古ゑ宮中妖りんレん花恋絵巻…‐


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