…その日の夕方。

…ぽたぽたとした春の昼下がり。

夕宵に三日月がかげる。
藍夕宮の笠空に瞬く星屑のひととき。

…夕宵宮夜ノ花祭り。

…桜花ははかの花香る花野山に
桜宮ノ古社ロがあって、妖たちの

お祭りがあった。

…らん。…らん。 
…カらん。…コロん。

…らん。…らん。 
…カらん。…コロん。

夕鈴ノ音。下駄のオと。

…ざぁっと、千の桜花ははかの花が
揺れて、屋台の並ぶ花野道が続く…。

…桜花ははかの枝がたユやかにつぼ厶…。
…たゆたゆ、と。ゝ、と。

…逆さにかやした花空に添える…
…夕おかげ。
…花灯ロウの火に、彼名タの面影がうつる…

…妖たちのいる店に 人々の笑い声

ケラケラ(ケラケラ笑う一つ目小僧のお化け)と
一緒にいた子ども達が走ってゆく…。

……                     ……
 …                     …

小高い神社の丘にある橋のふもとで待ち合わせ。

…祭り囃子の太鼓や笛の音。
行き交う人々の波に…屋台の大きな声。

…はやく、会いたい…

はやる気持ちでいっぱいになる。

若紫の直衣に、白淡桃の狩衣。

少しぶかぶかした彼の衣を
上に羽織り、その香のかほりに、

…ふわっ…と、

彼名タのことを想い出す。

少し高い背に見上げた大きな瞳。

春のおぼろ風(る)に
流れてきた、甘い綿菓子の匂い。

…やって、来た…

…待ち合わせで、いつまでも
彼名タを待つ…此ノ時は、

…彼名タに、いてほしい…

…少し歩いて、振り向いて、

「…待って。」と声をかける。

何か話して、手を握って二人歩く。


並ぶ屋台と人の流れに逆らって
波を押し分けてゆく…。

…座敷童子の綿菓子売り、
人魚の金魚掬い、
牛鬼のイカ焼き、など。

…あなたの宵宮の夕灯りに
照らされた頬や見上げた笑う横顔。

花わたノ音。花鈴の緒。

…桜花ははか乃枝に結ふ
彼名タと彼タ矢の赤い花紐…。

…ざぁっと、千の桜花ははかの花が
揺れて、社ロまでの花野道が続く。

桜花ははかの枝がたユやかにつぼ厶…。
…たゆたゆ、と。ゝ、と。

…逆さにかやした夕空に添える…
…花おかげ。
…花灯ロウの火に、彼名タの優瞳がうつる…

…森影や木立の奥に ひそむお化けたち

提灯の下で、ケセランパサラン
(鼓草のお化け)が、ふ‐と子どもたちが穂吹く…。

……                     ……
 …                     …

ざわざわ妖たちが風船やヨーヨーを持って行く。

…古社ロの鐘の前、古銭の音。
おみくじを結ぶ手に、絵馬の風由良。

…このまま、抱きしめていたい…

…チクタク。…チクタク。
…懐中時計を回して…。

…紅葉の揺れる秋の夕暮れの野から
広がる田畑と稲穂道を抜けて、

着替えもしないまま、急いで

会いに来てくれた。

抱きしめた温もりに

…ふわっ…と、

彼名タのことを想い出す。

…彼名タを、忘れない…

子ども達の引っ張る手にふと、我に返る。

…大好き、だよ…

…祭りのさなか、遠のく喧騒に
あなたの声が響く帰り道…。

…彼名タを、守りたい…

…振り向いて、手を伸ばして、

土で跳ねた足が痛んでしゃがみ込む私に
お姫様だっこしてくれた。

何か話して、二人歩いて帰る。


妖たちや子ども達の喜ぶ顔に笑い声。

…妖狐の舞姫、
カラ傘おみくじ、
竜のりんご飴、など。

…あなたの夕風におぼる
吊るし柿に案山子野を横目に

時を越えて、かけてゆく。

……                      ……
 …                      …

…打ち上げ花火が、空染める。
…君が、笑った。

…花火カゲ。…花火カゲ。

…花の涙火は由良ゆら。

…ぽたぽた落ちる火が、涙みたいにうつった…



      ❀      ❀      ❀

…りりり。り。

…携帯TELの音が鳴って…

…少しおっくうそうに、電話に出る…


「…いま、どこ?」

「…いま、花舞みてるとこ。」

…カラン。…ランラン。…ラン。

…確かに、五十鈴の音がする。

「…じゃあ、会いに行く。」

…宵風が肌をなぜる。

…手をひいていた子ども達が
背の上にのって、横から

りンゴ飴を口に入れてきた。

…あぐッ。

すると、

子どもが携帯TELを手にとって、
電話口で大きな声で話しかけた。

「…お父さん!金魚掬いしよう!」

背中の上で、手首にぶらさがった
金魚掬いの袋が…ぱしゃん!となる。

「…もう、金魚掬いはしたよ?」

「…え‐!うそォ!」

「…ほんと。」

「…じゃあ、
苺キャラメルナッツバターのワッフルとか。」

若宮が携帯を子どもの
口元からとって話しかける。

子どもが電話を持っている。

「…いいよ。
じゃあ、それね。」

「…子ども達は?」

「…妖たちがしてる、おじゃみ拾いとか?」

「…うん!それにする!」

彦火が元気いっぱい答える。

「…じゃあ、迎えに行くから。」

「…うん、待ってる。」


…り。…ぴッ。

…携帯TELを切る。


……                      ……
 …                      …

…夕影に誘われて、田畑を切る
宵風に走る子らの声が聞こえてくる。

…宮中から出たもなみらは
夕祭りに向かっていた。

…妖狐の尾花が花灯ロウに火をつける。

…夜の帳に包まれた夕空の
灯りに照らした花小道をゆく。

手縫いの古銭袋を片手に
若宮は子らの手を引いて行った。

…肩車した背中を追いかけて、
彼女がかける後ろ姿をみた。

夕茜に染まる花野山に
囃子太鼓や笛の音が響く。

花ノ古社ロの側まで来ると、
綿菓子やりンゴ飴の甘い匂いがした。

夢夕市まで続く道脇に
妖たちが出店に並んでいた。

妖と子ども達の長い列が続く。

…朱塗りに桜型の鳥居をくぐって、
桜宮ノ古社ロに入る。

‐…ここは、人が足を
踏み入れては行けない場所になる…‐

…妖行列の笑い声が響く。

…妖狐たちが飛び交い、
桜花ははかノ杜が宮守をする。

桜宮ノ古社ロの中はにぎわい、
人であふれていた。

「…イカ焼き、二つ。」

…もなみが言う。

「…イカ焼き。」

…牛鬼がイカ焼きをひっくり返す。

「…はい。」

…それを手渡す。

香ばしいイカの香りがする。

…もなみはイカ焼きを手にすると、
若宮のを、かぷってかじった。

「…そっちある。」

「…いいじゃない。けち!」

もなみがあかんべ‐したら、
子ども達がマネして、あかんべ‐する。

「…こら!」

若宮が彦火を抱きかかえる。



イカ焼きを二つ手に、
四人で歩く人ノ花市道。

‐…大好きな彼名タと二人、
歩いたこの道を…忘れたく、ない…‐

…ぎゅうって抱きしめて、

彼名タがこの手を引いて…
「ここだよ!」って、

…つい、自慢したくなる…

…どうして、何も言ってくれないの…

「…そんなことないよ。」

手をつないだ、子ども達の笑い声が響く。

…そうして、振り返ってみた
彼タ矢の手をそっと、握り返してくれた…



‐…好きな、人は…いるの?…‐

‐…君、だよ…‐



…人あめのなか、他の人を想う
彼名タを想うだけで…

…胸が焦がれて苦しくなる。

‐…目が合うだけで、想いが止まらなくなる…‐

〈…刻が、止まる…〉

暗闇のなか、人々が足早にかけてゆく。



…ドンっ!

‐…赤い花火に、空見上げる…‐

…色とりどりの花火が、藍宵闇を照らす…


…そっと、うかがった彼の横顔。

…気づかれない、ように…

…君に恋した、夢ノ花…


‐…生まれ変わっても、きっと…
同じ彼名タに恋を、する…‐

…ずっと、忘れないでいたい…

…若宮がもなみの手をひく。

茜たちが子ども達を連れてゆく。

…少し遅れて歩く歩幅は、
淡く切なくて、嬉しい気持ちで

いっぱいになる…

…若宮のしっかりした足取りに
引っ張られてゆく。

…もう少しだけ、側にいたい…

花灯ロウが二人を照らすなか、
夕宵と藍闇が差し込んで…包んでゆく。

…彦火が若宮がクジで引いた
紙風船をポンポン上げて遊んでいた。

…紙風船が空を舞う。

…携帯TELのキーホルダーのお化けが
キーホルダーのなかからでてきて、子らに声をかける。

キーホルダーは妖がでてくると、ドロン!て、消えた。

妖たちが茜と一緒に子らの面倒を
見ている間に、二人をおいて、夕祭りのさな、行く…。


‐…二人、かけてゆく…‐


舞や雅楽を妖たちが楽しんでいる
側を抜けて、若宮ともなみは走ってゆく。

萌黄色の十二単衣を着た
座敷ぼっこが花舞を舞っていた。

…吹き抜けになった舞殿の
横を通りすぎると、桜花ははかノ杜の裏に行く。



…りりり。…り。

携帯TELの音が鳴る。

「…いま、どこ?」

「…ヨーヨー掬いでみかけた?」

「…クジしてる。」

…妖と人が入り混じる、
屋台の続く鳥居までの花小道を颯爽とゆく。

人混みを押し分けて、ついた
ヨーヨー掬いの旗を見上げる。

若紫のお化けの花影ふたつと
白桃のお化けの夕影が、揺れる。

「…お嬢ちゃん、一個どう?」

屋台のおじさんが話しかける。

…携帯の先で声が響く。

「…すれ違った?」


❀❀❀


「…まだ?」

…風を切る、宵宮の光が辺りを包む。

「…お父さん!カブトムシとった!」

「…お‐!」

古社ロの宮森でカブトムシを
とっては、かごの中に入れる。

携帯TELの音が鳴る。

「…クジもみたよ。」

もなみが言う。

「…いま、宮の裏。」

「…分かった。すぐ行く。」

携帯TELを片手に、カブトムシのかごを
肩に下げて、手をつないで歩く。


‐…そうして、君二、出会った…‐


…目の前に、また二人、
携帯TELを片手に、君に、出会った…。

「…会いたいよ。」

「…私も。」

…宮ノ裏…

春の桜並木の続く花野道は、
少しかげりて宵夕星に瞬く星影を

お空にちりばめて二人、花笑む。



……                     ……
 …                     …


‐…桜花ははか乃花が、舞ゐ咲ってゆく…‐

    …追いかけて…
        …愛(いと)う…

   …追いかけて…
       …愛う…

     …花、追いかけてユく…

      …愛う…
         …愛う…
       …愛う…

      …愛う…


  …ただ、花畑のなかヲ…
      …ただ…

     …抱きしめた…

    …誰ソ彼れno…桜夕宮。
   …宵宮に咲く、花火カゲ。

   …パチパチ。…パチパチ。

   …こよりに火ヲ、灯す…

    …花火カゲ。…花火カゲ。

     …交わした約束。
       …花ノ指切り…

     …指切りげ‐んまん、
     ウソついたら、針千本…の‐ますッ!

         …指切った!

     …行き交う子ども達の笑い声。
    …とかした、飴の香り…。

      …誰ソ彼れno…桜夕宮。

     …夕宵宮夜に続く、花火カゲ…。
      …花火カゲ。…花火カゲ。



       ‐…君二、出会った…‐



     ‐…そうして、君二、出会った…‐




……                      ……
 …                      …