…竜宮を抜けて、妖火のつき並ぶ
天神街の中華通りを、若宮ともなみと桜ノ宮は

三人、かけてゆく。

…どうして、こんなに胸が高鳴るんだろう。

宵月のかたぶくなか、

続く坂道をこえて、
入った小さなお店。

花柄の宝石でできた香水瓶を
もなみは買ってもらった。

…嬉しい…

…胸の奥がギュッとしめつけられるよ…。

…彼名タの香りを想ったときに、
…あのときの彼タ矢が甦る…

星空の広がる花庭のなか、
ドーム型の硝子張りの写真館へ行った。

中には硝子の古い写真たちが
飾られていて、毛糸の帽子を被った

お爺さんが写真をとっていた…。

薄暗い店内は真ん中にプリズムが
光っていて、怪しげな雰囲気だった。

「…いらっしゃい。」

お爺さんは若宮をみると、
手で組んだ四角形を当てて言った。

「…よい格好をしている。」

古い撮影機を回して、
若宮ともなみは三人で写真をとった。

写真のなかの三人は
静かに笑っていた。


…心のなかで、願う…

…彼タ矢の隣には、彼名タ…

…彼名タが、いてほしい…と。


…あのとき、なんて言えば良かった…?

…想ひ出のなかで、想ひ出の
彼タ矢だけが彼名タのことを心の奥で想っている…。

…そう想うのは、いけない、こと…かな。

…恋する気持ちを知ったとき、
想ひ出のあの頃の彼タ矢がいて、

彼名タが微笑んでいる…


…硝子でできた写真を二人で覗き込む…。

「…うん。上手く撮れてる。」

もなみが喜ぶ。

桜ノ宮が曖昧な相槌をうちつつ、

そして、こう言う。

「…いいものあげる。」

木苺色の直衣のポケットから
取り出した…由良ゆら揺れる〈花血蜜〉。

「…これ。」

もなみが両手をだして〈花血蜜〉をもらう。

「…綺麗。」

…桜花ははか色した…
〈花血蜜〉なる血液の入った花紅小瓶。

「…〈花血蜜〉って、結うの。」

「…噂話の?」

桜ノ宮が口元を上げて、ふふっと笑う。

「…そう。」

「…〈花血蜜〉。」

「…どうやって手に入れたの?」

若宮が問いかける。

「…もらったよ。」

「…誰に?」

もなみが言った。

「…掬乃ノ宮。」

…ふ‐ん…

…若宮が内心苦笑いする…

…あいつめ!…

妖たちが愚痴ってゆく。

「…ほしかったのに!」

「…何に使うの?」

すると、若宮はもなみの手の中にある
〈花血蜜〉を、ぱっと手にとって

…怒ったように言う。

「…永遠の恋の証。」

ふん、と鼻が鳴る。

「…ふうん。」

もなみが相槌をうった。

「…〈花血蜜〉は、人魚の血を
一滴まぜてできるんだ。」

「…これが。」

「…そう。竜王との婚姻の証。」

桜ノ宮は続ける。

「…〈花血蜜〉は竜王一族の血を
受け継ぐ者の血で縁結びの霊力の宿るもの。」

「…つまり、君が
竜王一族の末裔ってこと。」

桜ノ宮がもなみの背中に手をおいた。

「…分かった?」

「…竜王一族の末裔…。」

「…って、私が?!」

驚いて声が裏返る。

「…してはいけない。」

若宮は言う。

「…こノ世には、
言ってはいけない琴ノ花がある。」

若宮は手の中にある〈花血蜜〉を
そっと胸に忍ばせた。

「…彼名タはいつも、
彼タ矢の言うことを聞かないようになる。」

もなみの顔をみて、心配そうにみつめる。

もなみは何も言わず、泣きそうになる。

すると、ドカン!と音がして、
映写機から煙がでた。

「…こりゃ、いかれた!」

お爺さんが映写機の火花を
パタパタ汚れた布で払っている。

若宮が〈花血蜜〉をそぅっと、
どこかへ持ってゆく。

「…若宮、どこ持ってったんだろう。」

もなみが遠くなってゆく
若宮の姿を目で追いかける。

「どこ?」「どこ?」「どこ?」

妖たちが言う。

「…う‐!気になるぅ‐!」

月明かりの星空のうつる映写機で
硝子張りの写真をとってゆく。

三人の楽しげな笑い声が
夕夏を想わせる涼宮夜へ

鈴虫の鳴く秋の空に響いていた。

……                     ……
 …                     …