…カタン。…トン。

…御台所でオーブントースターに

メープルシロップで作ったイギリスブレッドを
入れて、5分間焼く。

エプロンをつけたもなみが、
オーブントースターからブレッドを

取り出して、キャラメルコーンバターを
ぬって、アンティーククッキングシートを

しいたお皿に盛り付けた。

フライパンにバターをしいて、
卵を二つ割り入れると、下にベーコンを

しいて、焼き上げる。

トマトパスタをふって、

コーンスープにミニトマトのマリネ、
ストロベリーヨーグルトを添えたら…

…朝食のできあがり。

スプーンとフォークの模様の
カーテンの隙間から陽の光が差し込む。

宮中の母屋でもなみは若宮と
子らと妖たちと一緒に朝ご飯を食べていた。

「…花血蜜って、知ってる?」

ケラケラがパンをかじりながら言う。

「…花血蜜って?」

…ぼっこが言う。

「…永遠の恋が叶うって、噂。」

…妖たちがくすくす笑いながら言う。

「…そんなに叶えたいの?」

…若宮が聞く。

「…どうしてもほしい!」

妖たちが目玉を飛び出して言うと、
びっくりしたケセランパサランたちが

朝食の席からドロン!って消えた。

…まったく…

若宮がケラケラを手でつまんで思う。

…それにしても、
花血蜜って、どうやって

手に入るんだろう…

妖たちには身寄りのない者が多い。

温かい家族や愛しい恋人がなくって、
人にちょっかいを出すうちに…

いつの間にか人に懐いて人の近くに
姿を現す者も多い。

だから、こういう〈花血蜜〉みたいな
怪しげなものをほしがる。

若宮はもう一つ大きなため息をついた。

「…やめろよ!」

暴れたケラケラが手のひらで
転がっていった。

「…名帳簿〈ゆらめき〉にのった人の
御名が一人一人消えてゆくって話もあるよ。」

…妖たちが言う。


「…それって、どういうこと?」

もなみがマリネにフォークを突き刺して言った。

ミニトマトを食べる。

「…さぁ。病気や事故で亡くなってるんじゃないの。」

「…そっか。」

「…カミかくしだね!」

若宮がコーンスープを口にした。

妖たちがタコさんウインナーを
とりあいっこすると「…ごちそうさま‐!」って、

水屋に洗い物をおいた。

「…行ってきま‐す!」って言うと、
支度をして、子どもは茜に、二人は宮中の表門をでた。

茜は宮中のお手伝いさんで、ずっと
もなみの側でいる人だった。

茜は花梨の十二単衣をきていて、
短い前髪に添え緑まじったロングヘアだった。

「…子どもたちはちょっと遅れていきます。」

子ども達がもなみと若宮の後を
ゆっくり後からついてくる…。

呉竹橋を通って、金のいてふの舞う
並木道を下ってゆくと、風見街につく。

「…今日は1日、date♥だね!」

もなみが言うと、「…うん。」って

言って、若宮が手を握る。

子どもとおそろいの花竜胆の直衣が揺れる。

…しばらくして、鈴虫の鳴く
下り道を行くと、暖簾を上げたばかりの

呉服どん屋につく。

灯籠の明かりで薄暗い店内は、
綺麗な反物が並んでいた。

「…可愛いね。」

「…これとか似合うんじゃない?」

それは、紫苑の十二単衣の反物だった。

「…買ってくれるの?」

「…いいよ。買ってあげる。」

若宮は嬉しそうに反物を広げる。

「…高いからいいよ。」

「…まぁ、そんなこと言わずに。」

「…そんなことないよ。」

「…そうなの?」

「…うん。」

もなみは花窓から外をみつめる。

「…これ買って欲しい。」

「…どれ。」

「…この鞠のストラップ。」

「…いいよ。」

「…そうはいうけど、
この反物も一緒に買っておくよ。」

「…そうなの?」

「…うん。」

そうして、絞り染めの花竜胆の
鞠のストラップをお揃いで買った。

「…可愛いね。」

二人で携帯TELの端にかざって、
嬉しそうに笑った。

…秋風の吹く、大通りの街中を
四人で、歩いてゆく。

…少しだけ秋の風が肌にしみて、
つないだ手の温もりが心に広がった。

「…待って。」

少し早い歩幅に小走りになる。

「…待ってるよ。」

「…うん。」

…幸せな夢をみる。

街を歩いていて、行き交う人々の
目に、恋人同士でうつることが心地よい。

「…あったかいね。」

そう言って、両手をポケットに突っ込む。

「…それ、テレビでみた。」

「…ど‐ゆ‐こと?」

…自然と顔が綻んできて、
俯いてにやにや含み笑いしてしまう。

「…気になる!」

「…僕の手をつないでればいいんです!」

ポケットのなかで小さな手を握りしめる。

「…テレビでみたよね。」

「…そう!」

後ろからことこと歩いて、
寄りかかるようにしてポケットに手を突っ込んだ。

「…そう!」

そう言って、もう一度
ギュッと手を握りしめた。

「…よ!」

天狗の天ノ河がもなみに声をかける。

「…ほい、朝刊。」

新聞を手に取ると、見出しをみた。

「…二日前に茶屋の娘が姿をくらませたそうな。」

「…カミかくしかな。」

もなみが言う。

「…名帳簿〈ゆらめき〉で
御名がなくなった子の名前だ!」

影に隠れてついてきた妖たちが言う。

「…ゐすゞって!」

「…ここだな。」

若宮の肩に手を置くと、
一緒に朝刊に載っていた茶屋へ

三人と子どもたちで入った。

「…へい。いらっしゃい。」

店に入って向かい側の窓際の席に
三人が座って、それぞれ

アイスクリーム一つと林檎のソルベを
二つとふわふわかき氷を一つ頼んだ。

「…いないね。」

「…レモンティーの氷。」

「…ふうん?」

お客さんの一人に水タバコをふかした
芋虫のおじいさんがいて、話しかけてきた。

「…レモンティーの氷だよ。」

「…どういうこと?」

「…御魂で見たってことさ。」

「…わかんないよ!」

「…精霊がみたってこと。」

もなみが少し慌てる!

「…みちゃダメってば!」

「…いきた証人がいるってことでしょ?」

「…そういうことさね。」

妖たちがざわつく。

「…どういうこと?」

妖たちが小さな体ででんぐり返る。

「…それってそういうことだ!」

「…そうだ!」「…そうだ!」

店員が持ってきた林檎のソルベを
若宮が食べる。

「…まぁ、また探してみたら?」

「…そうだね。」

子どもたちがアイスクリームを食べていると、
妖平家が三人程やってきて、話しかけてきた。

妖平家とは平家一族の者で、普段は
宮中でいて仲がいいけど、切れ者であり、

内親王と同じ身分を有している。

…いつもふらふらしてることが多いのに…

これまた、…もう。

「…よう!」

「…お!」

片手を上げて、近づいてくる。

妖平家の一人がアイスクリームを一口
ぱくりと食べると、嬉しそうに言った。

ぽかん、と妖平家を子ども達が見上げる。

「…お父さん!おいしい!」

「…言うなってば!」

「…うわ‐ん!花音の食べられた‐!」

花音のアイスクリームを妖たちが
つまみ食いしている。

「…うん。」

「…平家のみんな、ありがとう!」

賑やかな茶屋のなか、
みんなでおいしい氷菓子を食べた。