彼はまぎれもなく、優しさで出来ていた。

後になって分かった、私が無視された理由。
それはとても単純だった。


私が知らぬ間にできていた女子のグループ。


その中心的存在の沙耶ちゃんが、私を恋敵だと認識したこと。


それだけだ。
でもそれは、事実とは違う。


沙耶ちゃんが恋心を寄せていた蒼士くんと家が近いから、一緒に帰ることが多いだけ。


蒼士くんとふざけ合いながら帰る私の様子を見て、
私が彼のことを好きだと、沙耶ちゃんは勘違いしてしまったようだ。


その頃の私にとって、男子も女子も同じ友達で、恋愛には興味すらなかった。


だから、きっと蒼士くんが女の子でも変わらなかったと思う。


沙耶ちゃんによる無視は、蒼士くんの好きな女の子が他の小学校にいると判明するまで、一カ月ほど続いた。


それで終わってよかったとも考えられるけど、その一カ月という期間は、私の思考パターンを大きく変えるには十分だった。


沙耶ちゃんは、私の名前は出さなかったけど、

「ぜったい、蒼士くんに気に入られようとしてるよね」

「家が近いから自分の方がゆうりだとか思ってるよね」などと、私にわざと聞こえるように話していた。


周りの子達もそれを否定しないことが、私にをさらに苦しめた。


私に心からの嫌悪を抱いていたのは沙耶ちゃんだけで、
あとの子達はそれに合わせていた、ということは後で考えれば分かったけれど、渦中にいる私にはそれに気付くのは無理というものだ。


それからの私の行動の基準は、
「いかに嫌われないか」「いかに攻撃の対象となるような言動をさけるか」というものに変化した。


そしていつも、グループの子達の様子を伺っては、悪い想像ばかり膨らませていた。


学校が、安心できる場所ではなくなっていた。


無視される期間が終わっても、その思考パターンは私の頭から離れようとしない。


嫌われたくなくて、自己主張するのをやめた。


授業中に手を挙げて発言することも、給食で大好きなフルーツ白玉をおかわりするのも、行事での役割に立候補するのも、
全部やめた。


これは、どう考えても、お母さんの言う『遠慮』とはちがう。


私がしていた、いや、今でもずっとやり続けている遠慮は、謙虚な気持ちからなんかではなくて、ただの恐怖心からくるものだ。


――お母さん、ごめんね。私、お母さんが望むような子に、なれていないよね…


天井を見上げながら、天国にいるお母さんに心の中で謝る。


どうして、こうなってしまったんだろう。


どうしてそれからずっと、人の顔色ばかり窺って、人の感情に振り回されながら生きるようになったんだろう。



…そんなことを考えていたら、いつのまにか視界が滲んでいた。