それから何日か経って、おばあちゃんとの別れは突然訪れた。



おばあちゃんが退院することになったことを知ったのは、当日の朝だった。


「楓ちゃん。わたし、あなたの手当ての魔法がきいたのかしらね、すっかりよくなっちゃったのよ。

…だから今日で退院するわ。本当に、ありがとうね」


おばあちゃんはすでに、入院着から普段着に着替えていた。


花柄のチュニックに、桃色のカーディガン。
明るい色に包まれていることも相まって、おばあちゃんは本当に元気になっているように見えた。

私はすごく、すごく寂しくて、お別れは嫌だったけど、私にはおばあちゃんが同じ気持ちでいることが分かったので、引き留めることはできなかった。


おばあちゃんを、困らせるわけにはいかない。

それに退院って、本当はうれしいことなんだ。
笑ってバイバイすればいいんだ。


子どもながらにそう考えようとしたけれど、心の中の矛盾は消えそうになかった。


私は、こみ上げそうになる涙を、こらえようとした。



――でも、無理だった。


というより、こらえなくてもいいんだということがわかった。







なぜなら、おばあちゃんの方が先に、目に涙を浮かべていたから。


でも、おばあちゃんは笑っていた。

「…寂しくなるわね。退院は嬉しいけど、楓ちゃんと離れるのは本当、さみし…」
「おばあちゃんっ」

 言い終わるのを待たずに、私はおばあちゃんに抱きついていた。


 おばあちゃんが回復して嬉しい気持ちも、寂しくて別れがたい気持ちも、どちらも本当の心。
矛盾なんかじゃない。


しかも、相手も同じ気持ちなのだとしたら、それを伝えるのに遠慮なんかいらないんだ。


おばあちゃんの姿を見て、そう気付いた。

「うう…、さみしいよう、もっといっしょにいたいよう…」


 こらえていた涙がとめどなく溢れ、せっかくの綺麗なカーディガンを濡らした。

「そう…そうよね。わたしもさみしいわ。せっかくこんなに仲良しになれたんだものね。
もっといっしょにいたいわよね…」


 二人の気持ちが通じ合っていることが感じられ、悲しいけれど、寂しいけれど、それ以上に、心地よかった。


だからこそ、ずっとこうしていたかった。

でも、そういうわけにはいかない。


私は、目いっぱい泣きながら、ゆっくりと、自分の気持ちとの折り合いをつけていった。


 おばあちゃんはそのあったかい手で、私の嗚咽が治まるまで、背中をゆっくりとトントンしたり、さすったりしながら、いつまでも抱きしめてくれていた。