初めてそのおまじないをしてもらったとき、私は「どうして楓の葉っぱはかえるの手なの?」と聞いた。

出会ったときと同じ秋晴れの日の、昼下がりのことだった。

おばあちゃんは、おいでと言って私を窓辺に連れて行くと、窓を開けた。

澄んだ空気が入り込み、カーテンをやさしく揺らした。


おばあちゃんは、風に運ばれてきた赤い楓の葉を見事に受け止めると、両手を広げて「ほらごらん」と言った。

すると、さきほどの疑問の答えがすぐに分かった。


「ほんとだ、かえるの手の形」

「そう。葉っぱの形から「カエルデ」と呼ばれ、それがさらに『カエデ』に変化したそうよ。
とくに新緑の候、だいたい六月くらいの楓の葉は鮮やかな緑色だから、ますますかえるに似ているねって。そういうことなの」


 へえー!と私は感心し、自分の名前のことをまたさらに知れて嬉しくなった。


「それに、『手当て』ってね」


窓から差し込む光に手をかざしながら、おばあちゃんは言った。


「けがや病気の処置をすることのこともそう言うんだけど、実は愛情を込めて手を当てるだけで、不安とか、緊張とかをやわらげたり、痛みや症状をおさえちゃったりすることができるのよ。だから、私がさっきしたのも、手当て」


「すごい…おばあちゃんの手って、魔法みたいだね」


私は、おばあちゃんのしわのある手を取って言った。この手から、おばあちゃんのあったかい気持ちが流れ込んでくるのを、確かに感じた。

だから私は、おばあちゃんの言葉を疑う余地すらなかった。

この魔法は、本当だ。


「誰かに『手当て』してもらうのが一番だけど、実は自分で胸とかをさすってあげても効果はあるのよ。
『だいじょうぶ、だいじょうぶ。おちついて』と心の中で唱えながらね」


――わたしにも、そんなにすごい手当ての魔法が使えるんだ。



素直に、すごいと思った。


それを知った私が、心からしたいと思ったのは、自分で自分を手当てすることではなかった。


ねえおばあちゃん、と私は言う。


「わたしがおばあちゃんに手当ての魔法をつかったら、おばあちゃんの病気はよくなる?」


 おばあちゃんは一瞬、目を丸くして、
それから「あっはっは」と笑った。


「ええ、そうかもね。楓ちゃんの手は本当に、楓の手。
もしかしたら私のより効いちゃうかも」


 それを聞いた私は、にんまりと笑った。


「ほんとう?じゃあおばあちゃん、ちょっと動かないでね」


私は背後に回り、背伸びをしながら、
手のひらでゆっくりと円を描くように、おばあちゃんの背中を撫でた。


よくなーれ、よくなーれ、と言いながら。


おばあちゃんは何度も、「ありがとうね、ありがとうね」と半分私を振り返りながら言った。

私もうれしくって、ずっとこうしてあげたい、という気持ちでいた。



いつからかおばあちゃんは振り返らなくなり、そのかわり、鼻をすする音が聞こえてきた。


温かい風と一緒にまた一まい、楓の葉っぱが入り込んできた。