その夜、お父さんからの電話はなかった。


看護師さんたちが遠くで忙しく動き回る音が微かに聞こえるだけで、病室内はとても静かだった。


私は電気を暗くし、カーテンを開けた。

月明かりが病院の庭に立つ樹を照らしている。

窓を開けると、生ぬるい風が私の身体を優しく撫でる。


お父さんは本当に忙しいのだと思う。

そんな中、無理して電話されるようなことはなくてほっとしている。


私は人に気を遣ってばっかりのくせに、気を遣われるのはいやなのだ。


でも、寂しい気持ちがないと言ったらウソになる。


看護師さんはウイルスに感染した患者さんへの対応で忙しく、前みたいに雑談する時間もない。


私に電話をかけてくるような友達もいない。


さらに面会もできなくなって、この入院生活での人との関わりはすっかり失われてしまった。


さっき電話で「もう高1だし」と言った自分に言ってやりたい。


高1だから寂しくなくなるって、何をもってそんなことを言ったの?


何歳になったって、寂しいものは寂しいでしょ、と。


ため息をついてから私は、窓の外に向かってつぶやいた。


「一回目とは、おおちがいだな…」


 思わず心から発せられたその言葉は、(こえ)となって私の耳から頭へ届き、
木霊(こだま)した。

それが、心をさらに哀しく震わせる。


私は振り返り、病室内を見渡した。




…きっと思い出したら、それと今を比較して、もっと哀しくなることは分かりきっている。



でも、誰とも接することができない今、過去の幸せな記憶に浸ることしか、私にはできなかった。



一回目。それは、小学二年生の秋のことだった。


喘息の症状がそれまでで一番悪化していた私は、三週間入院することとなった。



発作が起こったときは苦しかったけど、
病院にいるからいつでも症状を抑える吸入ができたし、それが安心感にもつながっていた。



それにこの二週間は、三つの素敵な思い出に溢れている――