「ち、ちちっ、青蝶! いつからそこに……」
「今っス。呼ばれたんで来たっス」
しれっとした顔つきの青蝶に、私はどの感情をぶつければよいか困惑する。しかし傑倫はそっと私を押しのけると、立てかけてあった剣を手に取った。
「……貴様か、蓮花様に怪しげな術をかけた女道士と言うのは」
産毛がチリチリするほどの殺気を放ちながら、傑倫が青蝶へと一歩また一歩と近づいてゆく。常人であればこの気迫だけで、床に這いつくばり頭をそこへこすりつけたかもしれない。しかし。
「怪しげな術なんて、心外っスわ。太后陛下のお望みを聞いた上でかけた術っスよ?」
青蝶はゆらゆらと上体を揺らしつつ、へらりと笑っている。
「た、確かに妾は若返りを望んだ。しかし」
十八の姿になった自分の胸へ手をやる。
「ここまでせよとは言うておらんぞ!」
青蝶が黒曜石のような瞳をこちらへ向ける。そして、口端をニィと吊り上げると、両手の人差し指を私へ向けた。
「ウケる🎵」
(ウケぬよ!?)
またしても理解不能な仙界語が発せられたが、感覚で返してしまった。
「女道士、貴様……」
「んぉ? 斬るんスか?」
額の前に突きつけられた刃に全く動じる様子もなく、青蝶は傑倫を見上げる。
「いっスけど、アタシが死んだら太后陛下にかけた術はとけるっスよ?」
「構わん」
(いや、待て。構う!)
確かにここまでの若返りは望んでいなかった。しかし、またあの老いた姿に戻りたくないのも本心だ。
「ま、斬られる前に逃げるし、斬られても速攻戻れるっスけど」
(まったく脅しになっておらぬではないか!)
「傑倫、剣を下ろせ。その者を斬るな」
「……御意」
渋々ながら傑倫は切っ先を床まで下ろす。青蝶は猫のように目を細めて笑った。
「男の陽の気を受けるごとに若返りたい。それって太后陛下のオーダー通りのはずっスよ」
「あぁ、そうじゃな」
もはや、「おぅだぁ」と言う仙界語の意味を問い返す気にもならない。
「確認するぞ、青蝶。この術は陽の気を受けるたび、年齢が半分になると言うもので合っておるか」
「そっス」
軽い。
「では、もしも次に妾が陽の気を受ければ……」
「今が十八だとすれば、次は九歳っスね」
先程の計算で間違いないようだ。
「のぅ青蝶よ、この姿も悪くはない。悪くはないが、もう少し手加減は出来なかったか? 妾は子や孫のために、あと十年ほど健やかでありたいだけなのじゃ」
「けどこれなら、この先何十年でもお孫さんの側で見守ってあげられるっスよ!」
ぐっと親指を立てると、青蝶はまたしても煙のように消えてしまった。
「あっ、青蝶!」
先程は名を呼べば出て来たが、続けて同じことは起きなかった。
「……ひとまず今後は、男と一切身を交わさずにいるほかあるまい。さすればこれ以上年齢が下がることは防げるからのぅ」
私はため息をつきつつ鏡に目をやる。そこにはみずみずしい乙女の姿の私が映り込んでいた。嬉しく思う反面、本来の目的が果たせぬ可能性を考えると複雑な思いだ。
「この小娘のような姿で、孫の後ろで睨みを利かせられるかはいささか不安であるが」
「……申し訳ございませぬ」
傑倫が床に這いつくばり、そこへ頭をこすりつけた。
「何の真似じゃ、傑倫」
「臣が、蓮花様をこのようなお姿にしてしまいました」
(あ……)
言われてみればそうだ。陽の気をいただくたびに若返るのだから、昨夜の段階で止めていれば、適度な若さと適度な威厳を保った状態でいられたのかもしれない。
(しかし、誘ったのは私だ)
固辞しようとする傑倫に拗ねて見せ、やや強引に褥へと誘った。
私自身が、彼と釣り合いのいいと思える体で睦みあうことを望んで。
「よい、顔を上げよ、傑倫」
「しかし」
「望んだのは妾じゃ。そちは主に対して忠義を尽くしただけに過ぎん」
「蓮花様……」
ようやく立ち上がったものの、傑倫は思いつめた表情をしている。
「その顔をやめよ」
「……は、しかし」
「見た目はこれでも妾は妾じゃ。おかしなことを考える輩もおるまいて。それに、そちが生涯全身全霊で守ってくれるであろう? なら、問題はない」
傑倫の罪悪感を取り払うべく、私は軽く言ってのける。しかし傑倫の顔色は優れなかった。
「他に気がかりでもあるのか?」
「本日、控鷹監開きの儀がございます」
うん? あぁ、そう言われれば。
「面首どもは皆、蓮花様に褥にて陽の気を捧げるためにと集められた者たちです。あってはならぬことではありますが、万が一蓮花様に不届きな真似に至る者が現れたら……」
妾は幼女となってしまうか。
「今となっては、控鷹府は蓮花様にとって毒にしかならぬ役所。撤去いたしましょう」
「待て、傑倫。控鷹府開きの当日に、それはまずかろう。面首どもはこの役目にて出世を目指し今日まで学び、鍛えてきたのであろう? 開かぬうちに閉じてしまえば、無駄足を踏まされたと不満を抱くであろうし、そうなれば本来は秘するべき真の役割を、誰かにこぼしてしまうやもしれぬ」
「ですが、蓮花様の御身に万が一のことがあってはなりません」
「しかしのぅ。控鷹府は表向き、妾が文化史を変遷する上での補佐をする役職となっておる。それが突如理由もなく撤去となれば、不審に思う人間も出てこよう」
傑倫が眉根に皺をよせ、低く唸る。
「やはり蓮花様の身の安全が第一にございます。控鷹府の面首は、《《そう言う》》目的にて集められました。いくら臣が制止しようと、隙をついて蓮花様に迫る者が出て来ぬとも限りません。控鷹府は潰すべきです」
「そうよのぅ……」
私は考える。これでも息子に代わって政務を長年こなしてきた身だ。この事態への落としどころを懸命に模索する。
「一週間でどうじゃ、傑倫。一週間後、控鷹府は閉鎖する」
「蓮花様」
「七日間だけ、妾は彼らと過ごそう。共に茶を飲み散歩をしたりのぅ。だが、本来の役割には決して至らせぬ。なに、そのような気分にはなれぬときっぱり断れば良いのじゃ」
そう、要は面首どもと肌を合わせねば良いだけのことだ。
「その上でこの役所が必要ないと判断したと伝えれば、幾分かは納得するであろう。それなりの退職金も用意した上でのぅ」
「ふむ……」
まだ、険しい顔つきのままの傑倫の肩を、私は絹扇でトンと叩く。
「建前として用意した文化史の編纂の仕事、あれもさせるとしよう。そうすれば、七日などすぐじゃ」
傑倫との打ち合わせを終え、私は扉の外の者らに声を掛けた。
「はぁああぁああぁああ!?」
入室してきた太監の馬や侍女たちは、昨日より若返った私の姿を見て大いにたじろぎ腰を抜かす。
青蝶の術による若返りだと説明したが、またしても私が徐蓮花である証明をするのに多少の時間を要することとなった。
「今っス。呼ばれたんで来たっス」
しれっとした顔つきの青蝶に、私はどの感情をぶつければよいか困惑する。しかし傑倫はそっと私を押しのけると、立てかけてあった剣を手に取った。
「……貴様か、蓮花様に怪しげな術をかけた女道士と言うのは」
産毛がチリチリするほどの殺気を放ちながら、傑倫が青蝶へと一歩また一歩と近づいてゆく。常人であればこの気迫だけで、床に這いつくばり頭をそこへこすりつけたかもしれない。しかし。
「怪しげな術なんて、心外っスわ。太后陛下のお望みを聞いた上でかけた術っスよ?」
青蝶はゆらゆらと上体を揺らしつつ、へらりと笑っている。
「た、確かに妾は若返りを望んだ。しかし」
十八の姿になった自分の胸へ手をやる。
「ここまでせよとは言うておらんぞ!」
青蝶が黒曜石のような瞳をこちらへ向ける。そして、口端をニィと吊り上げると、両手の人差し指を私へ向けた。
「ウケる🎵」
(ウケぬよ!?)
またしても理解不能な仙界語が発せられたが、感覚で返してしまった。
「女道士、貴様……」
「んぉ? 斬るんスか?」
額の前に突きつけられた刃に全く動じる様子もなく、青蝶は傑倫を見上げる。
「いっスけど、アタシが死んだら太后陛下にかけた術はとけるっスよ?」
「構わん」
(いや、待て。構う!)
確かにここまでの若返りは望んでいなかった。しかし、またあの老いた姿に戻りたくないのも本心だ。
「ま、斬られる前に逃げるし、斬られても速攻戻れるっスけど」
(まったく脅しになっておらぬではないか!)
「傑倫、剣を下ろせ。その者を斬るな」
「……御意」
渋々ながら傑倫は切っ先を床まで下ろす。青蝶は猫のように目を細めて笑った。
「男の陽の気を受けるごとに若返りたい。それって太后陛下のオーダー通りのはずっスよ」
「あぁ、そうじゃな」
もはや、「おぅだぁ」と言う仙界語の意味を問い返す気にもならない。
「確認するぞ、青蝶。この術は陽の気を受けるたび、年齢が半分になると言うもので合っておるか」
「そっス」
軽い。
「では、もしも次に妾が陽の気を受ければ……」
「今が十八だとすれば、次は九歳っスね」
先程の計算で間違いないようだ。
「のぅ青蝶よ、この姿も悪くはない。悪くはないが、もう少し手加減は出来なかったか? 妾は子や孫のために、あと十年ほど健やかでありたいだけなのじゃ」
「けどこれなら、この先何十年でもお孫さんの側で見守ってあげられるっスよ!」
ぐっと親指を立てると、青蝶はまたしても煙のように消えてしまった。
「あっ、青蝶!」
先程は名を呼べば出て来たが、続けて同じことは起きなかった。
「……ひとまず今後は、男と一切身を交わさずにいるほかあるまい。さすればこれ以上年齢が下がることは防げるからのぅ」
私はため息をつきつつ鏡に目をやる。そこにはみずみずしい乙女の姿の私が映り込んでいた。嬉しく思う反面、本来の目的が果たせぬ可能性を考えると複雑な思いだ。
「この小娘のような姿で、孫の後ろで睨みを利かせられるかはいささか不安であるが」
「……申し訳ございませぬ」
傑倫が床に這いつくばり、そこへ頭をこすりつけた。
「何の真似じゃ、傑倫」
「臣が、蓮花様をこのようなお姿にしてしまいました」
(あ……)
言われてみればそうだ。陽の気をいただくたびに若返るのだから、昨夜の段階で止めていれば、適度な若さと適度な威厳を保った状態でいられたのかもしれない。
(しかし、誘ったのは私だ)
固辞しようとする傑倫に拗ねて見せ、やや強引に褥へと誘った。
私自身が、彼と釣り合いのいいと思える体で睦みあうことを望んで。
「よい、顔を上げよ、傑倫」
「しかし」
「望んだのは妾じゃ。そちは主に対して忠義を尽くしただけに過ぎん」
「蓮花様……」
ようやく立ち上がったものの、傑倫は思いつめた表情をしている。
「その顔をやめよ」
「……は、しかし」
「見た目はこれでも妾は妾じゃ。おかしなことを考える輩もおるまいて。それに、そちが生涯全身全霊で守ってくれるであろう? なら、問題はない」
傑倫の罪悪感を取り払うべく、私は軽く言ってのける。しかし傑倫の顔色は優れなかった。
「他に気がかりでもあるのか?」
「本日、控鷹監開きの儀がございます」
うん? あぁ、そう言われれば。
「面首どもは皆、蓮花様に褥にて陽の気を捧げるためにと集められた者たちです。あってはならぬことではありますが、万が一蓮花様に不届きな真似に至る者が現れたら……」
妾は幼女となってしまうか。
「今となっては、控鷹府は蓮花様にとって毒にしかならぬ役所。撤去いたしましょう」
「待て、傑倫。控鷹府開きの当日に、それはまずかろう。面首どもはこの役目にて出世を目指し今日まで学び、鍛えてきたのであろう? 開かぬうちに閉じてしまえば、無駄足を踏まされたと不満を抱くであろうし、そうなれば本来は秘するべき真の役割を、誰かにこぼしてしまうやもしれぬ」
「ですが、蓮花様の御身に万が一のことがあってはなりません」
「しかしのぅ。控鷹府は表向き、妾が文化史を変遷する上での補佐をする役職となっておる。それが突如理由もなく撤去となれば、不審に思う人間も出てこよう」
傑倫が眉根に皺をよせ、低く唸る。
「やはり蓮花様の身の安全が第一にございます。控鷹府の面首は、《《そう言う》》目的にて集められました。いくら臣が制止しようと、隙をついて蓮花様に迫る者が出て来ぬとも限りません。控鷹府は潰すべきです」
「そうよのぅ……」
私は考える。これでも息子に代わって政務を長年こなしてきた身だ。この事態への落としどころを懸命に模索する。
「一週間でどうじゃ、傑倫。一週間後、控鷹府は閉鎖する」
「蓮花様」
「七日間だけ、妾は彼らと過ごそう。共に茶を飲み散歩をしたりのぅ。だが、本来の役割には決して至らせぬ。なに、そのような気分にはなれぬときっぱり断れば良いのじゃ」
そう、要は面首どもと肌を合わせねば良いだけのことだ。
「その上でこの役所が必要ないと判断したと伝えれば、幾分かは納得するであろう。それなりの退職金も用意した上でのぅ」
「ふむ……」
まだ、険しい顔つきのままの傑倫の肩を、私は絹扇でトンと叩く。
「建前として用意した文化史の編纂の仕事、あれもさせるとしよう。そうすれば、七日などすぐじゃ」
傑倫との打ち合わせを終え、私は扉の外の者らに声を掛けた。
「はぁああぁああぁああ!?」
入室してきた太監の馬や侍女たちは、昨日より若返った私の姿を見て大いにたじろぎ腰を抜かす。
青蝶の術による若返りだと説明したが、またしても私が徐蓮花である証明をするのに多少の時間を要することとなった。



