いざとなれば青蝶(チンディエ)が助けてくれることを期待したいが。

「早ぅ太后を抱かぬか! お前たちは出世がしたくてこの任を受けたのであろうが!」
 もはや駄々っ子の様相で、(マー)は足を踏み鳴らす。
「で、出来ませぬ」
 消え入るような声で拒否をしたのは秀英(シゥイン)だった。周りの面首たちも頷いて見せる。彼らの思わぬ反抗に馬は、眉を吊り上げた。
「つべこべ申さずやれ! この老いぼれの息が止まるまで、快楽で攻め立ててやれ! うるさい太后が消え、病弱な皇帝が亡くなれば、次の皇帝は暁明(シァミン)様じゃ。我らはその後ろ盾となる、つまりいずれ我らは皇帝以上の力を得る!」
(なんじゃと?)
 馬が私に、男の陽の気を得よと進言した真意はそこにあったのかと、ここに来て気づかされた。
(私の、回春の願いを叶えるためではなかった)
 今更ながら、無邪気にそれに従ったことに背筋がゾッと冷えた。

「我らが皇帝の後ろ盾となれば、貴様らには最初の取り決め通り、いやそれ以上の報酬をやろう。地位が欲しければ、望むがままにくれてやるぞ? さぁ、()けぃ!」
 馬の言葉に、秀英たちは迷うような表情を浮かべる。しかしぐっと拳を固めると、絞り出すような声で返した。
「い、要りませぬ……」
「貴様ら!」
「これは……、許されざることでございます!」
(皆……)
 もはや悪意を隠そうともしない馬に、面首たちは(おび)えながらも抵抗する。それに対し、馬は舌打ちをした。
「もうよいわ、役立たずどもめ。貴様らもすべてが終わったら処分してくれる。おい!」
 馬は次に、周囲でことの成り行きを見守っていた偽僧侶たちを振り返る。
「お前たちで太后を、足腰立たぬまで責めさいなんでやれ! 二度と起き上がれんようになるまでな」
 その言葉の浅ましさに、私は思わず笑ってしまった。
「そんなに(わらわ)を抱き潰したいのであれば」
 私は馬にありったけの憎悪を込めて言い放つ。
「そちが自身でやればよいのではないか?」

 それは太監(たいかん)にとって最も触れられたくない言葉だったであろう。馬の顔が怒りに赤黒く膨れ上がった。
「ころせ……」
 唇をわなわなと震わせながら馬は振り返り、傑倫(ジェルン)に刃を突きつけている宦官に言い放つ。
「そいつを殺せ! 殺してしまえ!!」
(あっ!)
「気に入りの男の死に様を見て、後悔なされぃ!」
 宦官が一つ頷き、刃を傑倫の首に当て引こうとした時。ヒュッという微かな風切り音と共に、「ぐあっ!」と濁った叫び声が上がった。
 宦官が腕を押さえ剣を取り落とす。その腕には矢が深々と刺さっていた。
「な、なんぞ!?」
 狼狽(うろた)えた様子で馬が辺りを見回す。その死角を縫うように矢が次々射かけられ、周囲の偽僧侶たちが呻き声を上げばたばたと倒れた。
「動くんじゃねぇよ、馬」
 頭上から声がする。梁の影に忍ぶ、大きな人影があった。
「俺の矢は今、てめぇに狙いを定めている。少しでも動けば、頭を射抜くぞ」
「ひいっ!?」
(この声は……!)

 馬は自らの両肩を固く抱き、直立不動の姿勢となる。私は声の主を見上げた。
俊豪(チンハオ)か」
「へっ」
 表情はよく見えないが、その声音はやわらかく頼もしく聞こえた。
蓮花(リェンファ)様、お待たせしてすみません。お助けに参りました」
 彼は猟師をしていたと言っていた。
「さすがの腕じゃな。惚れ惚れしたぞ」
「本当ですか! 蓮花様、俺に惚れてくれます?」
 いや、そうではなく。

「俊豪だけにいい格好させませんよ」
 別の場所から、少年のような爽やかな声が聞こえて来た。次の瞬間、室内の空気に埃っぽさが増す。続けて、パンッと派手な破裂音が聞こえて来た。
「ぬおっ!」
 音に追い出されるように、暗がりから一群れの影が転がり出て来る。慌てふためき衣についた火の粉を払う偽僧侶たちの中に、見知った顔があった。
(フオ)宇辰(ユーチェン)!」
 我が息子、悠宗付きの太監がそこにいた。
「あち、あちち!」
 霍もまた、焦げ目のついた服のあちこちから火の粉を払い落としている。
「な、何じゃ、今の爆発は」
 焦った様子で自身の体が無事であるかペタペタと触れて確認する霍の後ろから、人影が二つ姿を現わした。
小龍(シャオロン)! 佩芳(ベイファン)!」