傑倫は厳重に縛り上げられ、猿轡を噛まされていた。
「ちょうど薬が切れたようです。いい頃合いですな」
馬は楽しげに笑っている。
「傑倫! どうした、その姿は。傑倫!」
「むぐぅ……っ」
「はっはっは」
馬は身を反らして笑う。
「いくら文武共に優れた趙右丞相様でも、薬の力には耐えられなかった御様子で。正体もなく寝こけていたのを縛り上げるのは、実に容易いことでございました。しばらくは体も痺れておるでしょうし、ここまで縛らずともよかったのですが」
「馬! この卑怯者!」
「……うるさいですよ」
馬の目に白々とした憎悪の炎が揺れる。
「皇帝に仕える身でありながら、その母親と姦通した。許されることではございませぬ」
「それは……!」
馬が手を振ると、剣を携えた宦官が抜身の刃を傑倫の首へと添えた。
「んぐっ!」
「傑倫!」
「ふざけた男です」
馬の声はぞっとするほど冷たかった。
「陽の物でもって、嬖臣として重用されるなど。……断じて許せぬ」
「やめよ、馬!」
私が叫ぶと、馬は一転にこやかな表情を作った。
「太后陛下が大人しくしていてくださるのであれば、あの者に危害は加えませぬ」
(私が、大人しくしていれば……)
「それは、真か」
傑倫が眼を剥き呻き声を上げる。だが、私はあえてそこから視線を逸らした。
「はい」
ニコニコと目を細める馬を睨みつけ、私は考える。
(どうすればよい……)
私が抵抗すれば、すぐにも傑倫は殺される。
かといって従えば、私の体は無抵抗な子どものものとなってしまおう。
(考えるのじゃ……)
偽僧侶が、私の体から紅蓮灰の上衣を取り去る。薄い衫の姿となった私に、面首たちが息を飲んだ。
(李秀英もおるか)
見覚えのある顔が、惧れを含んだ瞳で見下ろしている。他の面首たちも、戸惑っているように見えた。
(きっとこやつらはまだ敵ではない。だが、扇動されればあちらの手駒になろう)
私は考える。
(考えよ。この状況を何とかするには……!)
偽僧侶の手が、裙の帯にかかる。その時、私は叫んだ。
「青蝶! 妾にかけた術を解け!」
帯にかかった手が止まる。馬もびくりと身をすくめ、怪訝な表情でキョロキョロと辺りを見回した。しかし、女道士が現れる様子はない。
(来ぬか……)
「ふ、はは、脅かしおって。無駄な抵抗を……」
私が落胆し、馬が引きつった笑いを浮かべた時だった。
突如、私の体に軽い衝撃が走った。
「むっ」
その途端、面首たちが面喰い後ずさる。手足を抑えていた偽僧侶たちからも、力が抜けた。私は捕らえられていた手を引き抜き、確認する、目の前には皺ばんだ枯れ木のような手があった。
(戻ったのか、七十二の姿に……)
自らの頬に触れる。そこからは、先ほどまであった張りが失われていた。
私は立ちあがり、面首たちへ向き直る。彼らは怯えた表情でさらに後ずさった。
「これが妾の本来の姿よ。驚いたか」
面首たちは小刻みに首を横に振るが、その動揺は隠しようもなかった。
(術が解けたのであれば、子どもになることはない)
「さぁ、妾は抵抗せぬぞ」
私はふてぶてしく笑って見せる。だが、面首や偽僧侶たちは一向に近づいて来なかった。
(皆、この姿に困惑しておるな)
馬の以前の振る舞いを思い出す。私が若い娘の姿になった途端、以前より威圧的に振舞うようになった。だが、この本来の姿を前にしては、色々とやりづらいものがあるのだろう。
「え、えぇい、何をしておる!」
馬が癇癪を起したように叫ぶ。
「見た目が変われど、太后陛下であることは同じではないか! お前たちはこれを抱きに来たのであろう!」
これ、とな。
「い、いや、」
「でも、その……」
面首たちはただ困り果て、じりじりと後ずさる。
(この姿では抱く気にならぬか)
ほっとした気持ちと同時に、一抹の侘しさが胸に滲む。しかし、身を護ることに繋がったのは間違いない。
(それにしても青蝶め、どこに隠れて見ておるのやら)
「ちょうど薬が切れたようです。いい頃合いですな」
馬は楽しげに笑っている。
「傑倫! どうした、その姿は。傑倫!」
「むぐぅ……っ」
「はっはっは」
馬は身を反らして笑う。
「いくら文武共に優れた趙右丞相様でも、薬の力には耐えられなかった御様子で。正体もなく寝こけていたのを縛り上げるのは、実に容易いことでございました。しばらくは体も痺れておるでしょうし、ここまで縛らずともよかったのですが」
「馬! この卑怯者!」
「……うるさいですよ」
馬の目に白々とした憎悪の炎が揺れる。
「皇帝に仕える身でありながら、その母親と姦通した。許されることではございませぬ」
「それは……!」
馬が手を振ると、剣を携えた宦官が抜身の刃を傑倫の首へと添えた。
「んぐっ!」
「傑倫!」
「ふざけた男です」
馬の声はぞっとするほど冷たかった。
「陽の物でもって、嬖臣として重用されるなど。……断じて許せぬ」
「やめよ、馬!」
私が叫ぶと、馬は一転にこやかな表情を作った。
「太后陛下が大人しくしていてくださるのであれば、あの者に危害は加えませぬ」
(私が、大人しくしていれば……)
「それは、真か」
傑倫が眼を剥き呻き声を上げる。だが、私はあえてそこから視線を逸らした。
「はい」
ニコニコと目を細める馬を睨みつけ、私は考える。
(どうすればよい……)
私が抵抗すれば、すぐにも傑倫は殺される。
かといって従えば、私の体は無抵抗な子どものものとなってしまおう。
(考えるのじゃ……)
偽僧侶が、私の体から紅蓮灰の上衣を取り去る。薄い衫の姿となった私に、面首たちが息を飲んだ。
(李秀英もおるか)
見覚えのある顔が、惧れを含んだ瞳で見下ろしている。他の面首たちも、戸惑っているように見えた。
(きっとこやつらはまだ敵ではない。だが、扇動されればあちらの手駒になろう)
私は考える。
(考えよ。この状況を何とかするには……!)
偽僧侶の手が、裙の帯にかかる。その時、私は叫んだ。
「青蝶! 妾にかけた術を解け!」
帯にかかった手が止まる。馬もびくりと身をすくめ、怪訝な表情でキョロキョロと辺りを見回した。しかし、女道士が現れる様子はない。
(来ぬか……)
「ふ、はは、脅かしおって。無駄な抵抗を……」
私が落胆し、馬が引きつった笑いを浮かべた時だった。
突如、私の体に軽い衝撃が走った。
「むっ」
その途端、面首たちが面喰い後ずさる。手足を抑えていた偽僧侶たちからも、力が抜けた。私は捕らえられていた手を引き抜き、確認する、目の前には皺ばんだ枯れ木のような手があった。
(戻ったのか、七十二の姿に……)
自らの頬に触れる。そこからは、先ほどまであった張りが失われていた。
私は立ちあがり、面首たちへ向き直る。彼らは怯えた表情でさらに後ずさった。
「これが妾の本来の姿よ。驚いたか」
面首たちは小刻みに首を横に振るが、その動揺は隠しようもなかった。
(術が解けたのであれば、子どもになることはない)
「さぁ、妾は抵抗せぬぞ」
私はふてぶてしく笑って見せる。だが、面首や偽僧侶たちは一向に近づいて来なかった。
(皆、この姿に困惑しておるな)
馬の以前の振る舞いを思い出す。私が若い娘の姿になった途端、以前より威圧的に振舞うようになった。だが、この本来の姿を前にしては、色々とやりづらいものがあるのだろう。
「え、えぇい、何をしておる!」
馬が癇癪を起したように叫ぶ。
「見た目が変われど、太后陛下であることは同じではないか! お前たちはこれを抱きに来たのであろう!」
これ、とな。
「い、いや、」
「でも、その……」
面首たちはただ困り果て、じりじりと後ずさる。
(この姿では抱く気にならぬか)
ほっとした気持ちと同時に、一抹の侘しさが胸に滲む。しかし、身を護ることに繋がったのは間違いない。
(それにしても青蝶め、どこに隠れて見ておるのやら)



