捕らえられた私は、僧たちによって後ろ手に捻り上げられる。抵抗した際に結い上げた髪は崩れ、簪の類は幾つか落ちてしまった。暴れるごとに足元で埃が舞う。
「そちら!」
私は咳き込みながら声を張り上げ、私の衣へ手を掛けた一人をきっと睨みつける。
「僧の身でありながら女犯とは、許されることではないぞ! 恥知らずが!」
「御安心くだされ」
馬がニタニタと笑いながら歩み寄ってくる。
「この者らは本物の僧ではございませぬ」
「なに……」
「かねてよりこの蓬莱宮にて后妃様方を慰めるため、僧に身をやつし忍んで来たただの男どもにございます」
「なんじゃ、それは……」
腹の底がカッと燃える。
「この蓬莱宮で、后妃を慰める男じゃと? ここは皇帝に先立たれた后妃たちが、その魂のために祈る場所じゃ。侮辱も大概にせよ!」
馬はさもおかしげに身を揺すって笑う。
「先帝の愛を一身に受け、我が子を皇帝の座につけ、国母となられたあなた様には決して分からぬでしょうな。后妃として望まれ後宮に入りながら、先帝からろくに相手にされず、この蓬莱宮でただ朽ち果ててゆくしかなかった后妃様方のお気持ちなど」
「……なに」
「愛されたかった、求められたかった、女の快楽を知りたかった。そんな后妃様方のお気持ちに応えるため、この者らは先よりここへひっそりと招かれておったのです。太后陛下、あなたはこの寺へ祈りに訪れることなどほとんどなかったゆえ、御存じなかったでしょうが」
知らなかった。まさか、先帝の魂を慰めるために祈りを捧げる神聖な寺で、そのようなことが行なわれていたとは。
「なんと罰当たりな……」
「あなた様が言える立場ですかな? 回春のために陽の気を捧げさせるなどと弁明し、若い男たちを集めて快楽に溺れようとしたあなた様が」
「そちが言うたのであろうが! 陽の気を受ければ若返り、身を健やかに保てると!」
「おや、そうでしたかな。だとしても聡いあなた様が、そのような戯言を本気で信じていたとは到底思えませぬ。私を言い訳にして、悦楽をむさぼろうとしただけでございましょう」
馬はニィと目を細める。
「今宵はそのお望みを、存分に叶えて差し上げます」
「馬!」
「そうですな。あなた様が陽の気を浴びすぎて赤子になってしまう前に、一言お礼だけでも。あなた様付きになったおかげで、私はここまで出世することができました。心より感謝申し上げます」
「そう思っておるなら、この者たちを止めよ」
しかし馬は予想たがわず、首を横に振る。
「あなた様のおかげで出世は出来ましたが、今となっては目障りなのですよ。我々の野望のためにここで消えていただきましょう」
「我々? 仲間がいるな?」
私が聞き返すと、馬はぎくりと顔を引きつらせた。
「……霍のことじゃな?」
馬は何か返そうと口を僅かに動かす。しかしすぐその顔へ、ふてぶてしい笑いを浮かべた。
「どうだってよいではないですか、そのようなこと。もう何もかも分からなくなるのですから。ほれ、お前たちも!」
馬が袖を振ると、柱の影の暗がりから見覚えのある男たちが顔を出した。
「そちらは、控鷹監の……」
「面首どもよ」
馬は芝居がかった動きで嘆いてみせる。
「お前たちを気まぐれに呼び寄せ、儚い夢を見せておきながらあっさりと放り出す。この女はそんな悪人よ」
馬は少しずつ後ろへ下がり、面首たちへ前に出るように手で促す。
「出世したかったであろう。故郷に錦を飾りたかったであろう。家族を裕福にしてやりたかったであろう。馬鹿にしてきた者たちを見返したかったであろう。そのすべての夢を叶えるのが控鷹監への登用であった。しかしそれは今日で潰える。さぞかし面目の立たぬことであろうな。全てはこの女の気分ひとつで!」
暗がりの中、彼らが何かを決意心するように、ぐっと拳を固めたのを見た。
「馬!」
「偽僧侶よりもまず、こやつらから先に思いを遂げさせてやりましょう。太后陛下へは様々な感情を抱えておりましょうから」
じり、と面首たちが近づく。彼らの思いつめた表情に、血の気が引いた。
その時、どこからともなく呻き声が聞こえて来た。
「今の声は?」
「あぁ、すっかり忘れておりました。これ」
馬が手を叩き指示を出すと、薄暗かった寺院内に灯りがともる。
私の周辺と、もう一ヶ所。
(あっ!)
灯りで照らされた中央に転がる人物を見て、私は息を飲んだ。
「傑倫!」
「むぅ……ぐぅっ」
「そちら!」
私は咳き込みながら声を張り上げ、私の衣へ手を掛けた一人をきっと睨みつける。
「僧の身でありながら女犯とは、許されることではないぞ! 恥知らずが!」
「御安心くだされ」
馬がニタニタと笑いながら歩み寄ってくる。
「この者らは本物の僧ではございませぬ」
「なに……」
「かねてよりこの蓬莱宮にて后妃様方を慰めるため、僧に身をやつし忍んで来たただの男どもにございます」
「なんじゃ、それは……」
腹の底がカッと燃える。
「この蓬莱宮で、后妃を慰める男じゃと? ここは皇帝に先立たれた后妃たちが、その魂のために祈る場所じゃ。侮辱も大概にせよ!」
馬はさもおかしげに身を揺すって笑う。
「先帝の愛を一身に受け、我が子を皇帝の座につけ、国母となられたあなた様には決して分からぬでしょうな。后妃として望まれ後宮に入りながら、先帝からろくに相手にされず、この蓬莱宮でただ朽ち果ててゆくしかなかった后妃様方のお気持ちなど」
「……なに」
「愛されたかった、求められたかった、女の快楽を知りたかった。そんな后妃様方のお気持ちに応えるため、この者らは先よりここへひっそりと招かれておったのです。太后陛下、あなたはこの寺へ祈りに訪れることなどほとんどなかったゆえ、御存じなかったでしょうが」
知らなかった。まさか、先帝の魂を慰めるために祈りを捧げる神聖な寺で、そのようなことが行なわれていたとは。
「なんと罰当たりな……」
「あなた様が言える立場ですかな? 回春のために陽の気を捧げさせるなどと弁明し、若い男たちを集めて快楽に溺れようとしたあなた様が」
「そちが言うたのであろうが! 陽の気を受ければ若返り、身を健やかに保てると!」
「おや、そうでしたかな。だとしても聡いあなた様が、そのような戯言を本気で信じていたとは到底思えませぬ。私を言い訳にして、悦楽をむさぼろうとしただけでございましょう」
馬はニィと目を細める。
「今宵はそのお望みを、存分に叶えて差し上げます」
「馬!」
「そうですな。あなた様が陽の気を浴びすぎて赤子になってしまう前に、一言お礼だけでも。あなた様付きになったおかげで、私はここまで出世することができました。心より感謝申し上げます」
「そう思っておるなら、この者たちを止めよ」
しかし馬は予想たがわず、首を横に振る。
「あなた様のおかげで出世は出来ましたが、今となっては目障りなのですよ。我々の野望のためにここで消えていただきましょう」
「我々? 仲間がいるな?」
私が聞き返すと、馬はぎくりと顔を引きつらせた。
「……霍のことじゃな?」
馬は何か返そうと口を僅かに動かす。しかしすぐその顔へ、ふてぶてしい笑いを浮かべた。
「どうだってよいではないですか、そのようなこと。もう何もかも分からなくなるのですから。ほれ、お前たちも!」
馬が袖を振ると、柱の影の暗がりから見覚えのある男たちが顔を出した。
「そちらは、控鷹監の……」
「面首どもよ」
馬は芝居がかった動きで嘆いてみせる。
「お前たちを気まぐれに呼び寄せ、儚い夢を見せておきながらあっさりと放り出す。この女はそんな悪人よ」
馬は少しずつ後ろへ下がり、面首たちへ前に出るように手で促す。
「出世したかったであろう。故郷に錦を飾りたかったであろう。家族を裕福にしてやりたかったであろう。馬鹿にしてきた者たちを見返したかったであろう。そのすべての夢を叶えるのが控鷹監への登用であった。しかしそれは今日で潰える。さぞかし面目の立たぬことであろうな。全てはこの女の気分ひとつで!」
暗がりの中、彼らが何かを決意心するように、ぐっと拳を固めたのを見た。
「馬!」
「偽僧侶よりもまず、こやつらから先に思いを遂げさせてやりましょう。太后陛下へは様々な感情を抱えておりましょうから」
じり、と面首たちが近づく。彼らの思いつめた表情に、血の気が引いた。
その時、どこからともなく呻き声が聞こえて来た。
「今の声は?」
「あぁ、すっかり忘れておりました。これ」
馬が手を叩き指示を出すと、薄暗かった寺院内に灯りがともる。
私の周辺と、もう一ヶ所。
(あっ!)
灯りで照らされた中央に転がる人物を見て、私は息を飲んだ。
「傑倫!」
「むぅ……ぐぅっ」



