「あれは少し前に建てた『控鷹監(こうようかん)』と言う施設じゃ。(わらわ)のために作った、男ばかりの後宮と言えよう」
「美女三千人ならぬ、面首(めんしゅ)三千人ってとこっスね」
「さすがに三千はおらん。せいぜい二十人ばかりじゃ。今日で養成が終わり、明後日より(しとね)にて役目を果たさせることとなっておる」
「う~ん……」
 青蝶(チンディエ)が眉間に皺を寄せた。
「どうした、女道士よ」
「やー、確かに若々しい陽の気には満ちてるんスけどね。あれをもしも立て続けに食らっちゃ、太后陛下が先に参っちゃいますよ」
「参るとは?」
「陽の気の力が濃厚過ぎるっス。過剰なエネルギーは太后陛下にとって負担が大きく、逆に陛下を蝕みかねませんな」
 《《えねるぎぃ》》。また聞き慣れぬ言葉じゃ。ただ、文脈から『過ぎれば毒となる』と言う意味合いは伝わって来た。

「太后陛下、確認させていただくっスね。太后陛下は、お孫さんのために長生きがしたい」
「そうじゃな。いくら気を強く持っても、この年齢になれば色々と不調が出てくる。出来れば、幾らか若返りたい気持ちもある」
「なるほど。そこで若返りが入ってくるんスね」
「あぁ」
 自分でも、かなり欲深いことを言っていることに気付き、苦笑してしまった。
「本当に、男の陽の気を受けるたび、若返ることが出来ればどんなに良いか」
 私の呟きに、青蝶は目をくりっとさせた。
「ふむ、御所望は男の陽の気を受けるたびに若返る体。延々と美男子たちからチヤホヤされることは望んでいない、ってことでいいっスか?」
「チヤホヤは特に望んでおらぬな。妾が若返りを望むのは、ひとえに息子や孫にとって心強い後ろ盾でありたいからじゃ」
「了解っス! なら最小限の負担で目標を達成できるよう、やってみるっス」
(了解? 目標?)

 聞き返す間もなく青蝶の右手に一枚の札、左手に白い(さかずき)が出現した。
(えっ?)
 どこから取り出したのだろうか。それらは空中から突然現れたようにしか見えなかった。
(服の中にでも隠してあったのだろうか)
「フッ!」
 青蝶が札に息を吹きかけると、それは燃え始める。炎の上がるそれを杯に放り込めば、あっという間に灰の山となってしまった。
 続けて青蝶は、これまたどこから取り出したのか白い陶器の水差しを手に取り、中身を杯へと注ぐ。軽く揺らして混ぜると、私に向けて捧げ持った。
「これをお飲みくだされば、太后陛下の望みは叶うっス」
「妾の望み?」
「男の陽の気を受けるたび若返る体になる秘薬っス」
 訝しみながらも、私は白い杯を受け取る。
(燃やした紙を水で溶いたものだったはずだが)
 杯の中で揺れているのは、金色のとろりとした液体だった。
(ままよ)
 私はそれをぐっとあおる。一瞬で喉元を通り過ぎたそれは、蜜のような味がした。
 青蝶は嫣然と笑うと、改まった礼の姿勢を取る。
「これで太后陛下の願いは叶いましょう」

 言い終わると同時に、青蝶の姿は煙のように消えてしまった。
「青蝶!?」
 私は玉座から立ち上がり、辺りを見回す。取り落とした杯が、絨毯に落ち転がった。
(……消えた?)
「太后陛下!」
 私の声を聞きつけ、馬を始めとした側仕えの者たちが部屋へと飛び込んでくる。
「いかがいたしました、太后陛下! あの怪しげな者が何やら無礼を?」
(怪しげ? 連れて来たのはそちであろうに)
 私は足元の杯を拾い上げ、僅かに内側を染める金色の液体の名残を、指でこすり取る。
「あの者は本物の道士……、いや、仙人であったかもしれぬ」
 ぺろりと指先を舐める私を、側仕えの者たちは不思議そうな目で見ていた。



 その夜、私は傑倫を呼んだ。
「太后陛下。これまで十分にお役目を果たせずにいた(わたし)など召されなくとも、明後日には控鷹監で育った見目麗しき面首たちがお役目を果たしに参ります」
「そうじゃな……。だが」
 私は傑倫の手を取る。
「目的のためとは言えど、やはり見知らぬ男どもに身を任せるのは少し怖い。傑倫、そちは信頼の置ける忠臣じゃ。最後にもう一度、そちに頼みたい」
「太后陛下……」
「傑倫、そちが良い」
「かしこまりました、蓮花(リェンファ)様」
 帯を解かれながら、私は忍び笑いを漏らす。
「傑倫、妾は陽の気を受けるたびに若返る体となったらしいぞ」
「それはおめでとうございます。ですが……」
 傑倫は私の手を取り、恭しく甲へ口づけた。
「太后陛下は、今も大変お美しゅうございます」
「ふ……」
 私は傑倫の逞しい胸へ、身を任せた。