「皇帝陛下が薬を盛られていた?」
私の言葉に、傑倫は目を見開いた。
「それは真でございますか」
「星宇の言葉を信じるなら、じゃ」
私は星宇の語った内容を傑倫へ伝える。
「それがもし本当であるなら」
傑倫は顎に手をやる。
「暁明殿下は、身をもって皇帝陛下をお守りしていたことになりますな」
(あ……!)
そうであった。
暁明は侍女が薬を運んできた時だけ邪魔をし、江淑妃が自ら作った時にはそうしなかったと聞いた。周囲は、母親には逆らえないためにそうしていると思っていたようだが、ひょっとすると暁明は母親が作った時は安全と判断していたのではないだろうか。
「悪戯が酷いと叱られながらも、暁明は邪魔をし続けていた……」
「暁明殿下は、杯の中身が皇帝陛下にとって害であるとまでは知らなくとも、飲んだ後の陛下の様子をしっかりご覧になっていたのかもしれません」
悪戯を咎めた時、暁明が目に涙をためたのを思い出し、胸が痛んだ。あれは信頼している身内に理解してもらえない悲しさの表れだったのだろう。
私が姿を変えた際、暁明は私のことを迷わず「おばあ様」と呼んだ。単純に服装や香で私だと判断しているように思えたため、それをとても不安に感じたのだが。ひょっとすると細かな仕草や表情などから、私だと見抜いていたのかもしれない。
「無邪気なだけかと思っておったが、あの子は物事をよく見ておるのだな」
「はい。とても聡明な御方であると臣も思います。次の皇帝になられるに、相応しい御方かと」
「うむ」
やはり暁明は私が守り切らねばならない。今は言葉が拙く、暁明の聡明さは周囲に伝わりにくい。だが、皇帝を傀儡にしようと企んでいる者にとって、頭の良い皇帝は目障りでしかないのだ。下手をすれば、命を狙われる。
「この体は厄介ではあるが」
私は、張りのある胸元へ手を添える。
「暁明が立派な皇帝となる日まで、側にいられる若さはありがたい」
傑倫が頷いた。
「暁明さまが次期皇帝の器に相応しいのは臣下として大変喜ばしいことでございます。が、現在の皇帝陛下のお体に関しても手を打たねばなりません」
「当然じゃ」
翌日、私は星宇を伴い黄麒宮へと向かった。
(ん? あれは……)
柱の陰に暁明の小さな姿があった。その視線の先には、侍女が手にした薬湯の杯がある。間違いなく、悠宗に飲ませるものだろう。だが、今日は侍女の周りを宦官たちが守るように囲んでいる。暁明はどうやって邪魔をしようか、考えあぐねているようだった。
「暁明」
私の呼びかけに暁明が細い肩をびくりと動かす。
「今日も悪戯か?」
「……」
眉を八の字に下げた暁明のいとけない頭を、私はそっと撫でた。
「良い子じゃ」
「え……」
暁明は目を見開く。悪戯と思われている相手に誉められたのが理解できないのだろう。
(すまぬな、暁明)
今は周囲に人が多い。暁明のしていることは、あくまでも悪戯だと思わせた方がよい。父親を守るため、杯の中身が危険物と判断して行動していると知られれば、暁明の命が危ない。
「邪魔をするぞ、悠宗」
「母上」
薬湯が到着するより先に、私たちは悠宗の架子床へ歩み寄る。息子は今日も億劫らしく、寝床へ身を横たえていた。
「このような姿でお恥ずかしいことです」
「よい、そのまま寝ておれ。それよりのぅ、一つ頼みがあるのじゃ」
「頼み?」
私は星宇を前に出す。
「これは控鷹府にて文化史編纂の任に携わっている者の一人なのじゃが、元は薬屋故、宮廷内の薬についての記録も残したいらしい。そちの飲んでいる薬湯のことも、学ばせてやってはくれまいか」
「薬湯について、ですか? それは構いませんが」
「おぉ、何と都合の良いこと」
私は振り返り、侍女の手にした薬湯を見る。
「そこの者」
「はっ、私でございましょうか」
「その薬湯、少しこの者へ見せよ。薬の知識のある者じゃ」
私の言葉に、傑倫は目を見開いた。
「それは真でございますか」
「星宇の言葉を信じるなら、じゃ」
私は星宇の語った内容を傑倫へ伝える。
「それがもし本当であるなら」
傑倫は顎に手をやる。
「暁明殿下は、身をもって皇帝陛下をお守りしていたことになりますな」
(あ……!)
そうであった。
暁明は侍女が薬を運んできた時だけ邪魔をし、江淑妃が自ら作った時にはそうしなかったと聞いた。周囲は、母親には逆らえないためにそうしていると思っていたようだが、ひょっとすると暁明は母親が作った時は安全と判断していたのではないだろうか。
「悪戯が酷いと叱られながらも、暁明は邪魔をし続けていた……」
「暁明殿下は、杯の中身が皇帝陛下にとって害であるとまでは知らなくとも、飲んだ後の陛下の様子をしっかりご覧になっていたのかもしれません」
悪戯を咎めた時、暁明が目に涙をためたのを思い出し、胸が痛んだ。あれは信頼している身内に理解してもらえない悲しさの表れだったのだろう。
私が姿を変えた際、暁明は私のことを迷わず「おばあ様」と呼んだ。単純に服装や香で私だと判断しているように思えたため、それをとても不安に感じたのだが。ひょっとすると細かな仕草や表情などから、私だと見抜いていたのかもしれない。
「無邪気なだけかと思っておったが、あの子は物事をよく見ておるのだな」
「はい。とても聡明な御方であると臣も思います。次の皇帝になられるに、相応しい御方かと」
「うむ」
やはり暁明は私が守り切らねばならない。今は言葉が拙く、暁明の聡明さは周囲に伝わりにくい。だが、皇帝を傀儡にしようと企んでいる者にとって、頭の良い皇帝は目障りでしかないのだ。下手をすれば、命を狙われる。
「この体は厄介ではあるが」
私は、張りのある胸元へ手を添える。
「暁明が立派な皇帝となる日まで、側にいられる若さはありがたい」
傑倫が頷いた。
「暁明さまが次期皇帝の器に相応しいのは臣下として大変喜ばしいことでございます。が、現在の皇帝陛下のお体に関しても手を打たねばなりません」
「当然じゃ」
翌日、私は星宇を伴い黄麒宮へと向かった。
(ん? あれは……)
柱の陰に暁明の小さな姿があった。その視線の先には、侍女が手にした薬湯の杯がある。間違いなく、悠宗に飲ませるものだろう。だが、今日は侍女の周りを宦官たちが守るように囲んでいる。暁明はどうやって邪魔をしようか、考えあぐねているようだった。
「暁明」
私の呼びかけに暁明が細い肩をびくりと動かす。
「今日も悪戯か?」
「……」
眉を八の字に下げた暁明のいとけない頭を、私はそっと撫でた。
「良い子じゃ」
「え……」
暁明は目を見開く。悪戯と思われている相手に誉められたのが理解できないのだろう。
(すまぬな、暁明)
今は周囲に人が多い。暁明のしていることは、あくまでも悪戯だと思わせた方がよい。父親を守るため、杯の中身が危険物と判断して行動していると知られれば、暁明の命が危ない。
「邪魔をするぞ、悠宗」
「母上」
薬湯が到着するより先に、私たちは悠宗の架子床へ歩み寄る。息子は今日も億劫らしく、寝床へ身を横たえていた。
「このような姿でお恥ずかしいことです」
「よい、そのまま寝ておれ。それよりのぅ、一つ頼みがあるのじゃ」
「頼み?」
私は星宇を前に出す。
「これは控鷹府にて文化史編纂の任に携わっている者の一人なのじゃが、元は薬屋故、宮廷内の薬についての記録も残したいらしい。そちの飲んでいる薬湯のことも、学ばせてやってはくれまいか」
「薬湯について、ですか? それは構いませんが」
「おぉ、何と都合の良いこと」
私は振り返り、侍女の手にした薬湯を見る。
「そこの者」
「はっ、私でございましょうか」
「その薬湯、少しこの者へ見せよ。薬の知識のある者じゃ」



